「あーっ、あっついなぁ。ちくしょうっ」
悪態をつきながらカチーナはまたグラスをあおっていた。
ラーダに体を折り曲げられてから、なんだか体が火照ってしかたない。
「さっきの、アサナ、だっけ?本当に美容にいいのかよ?」
言いながらラーダの肩に腕を回そうとしたが、スルリと腕の中から抜け出てしまった。
「そうね。まわりまわって、美容にもいいかしらね。中尉の見た目も変わってくると思う
わよ」
そう言って、さりげなくポジションをヴィレッタの隣に移した。
「なんだよ、回りくどいな。アタシはそういう回りくどい言い方、嫌いなんだよ」
そしてまた、グラスを開ける。
「……ねぇ、エクセレン。カチーナ中尉、本当に大丈夫なの?」
「う〜ん、なんだかちょっと、不安になってきちゃったかも」
隅でこそこそと話していたガーネットとエクセレンの背後に忍び寄ると、カチーナはま
た二人の頭を脇に抱えた。
「なんだ〜、またひそひそ話しやがって、言いたいことがあるんならはっきり言えよっ」
「あわわわわ、中尉、なんでもありませんって」
「そうそ、次、次いきましょ。アヤ大尉〜」
「へっ?わ、私?」
全く不意をつかれたという様子で、アヤは驚いて声をあげた。
「そそ、衣装とくれば、アヤ大尉でしょ」
「え〜、何それっ。エクセレン、スタイリストのこの私を差し置いて、どういうことっ」
プライドを傷つけられたのか、ガーネットが不平を漏らす。
「もちろんガーネットのセンスは信用してるわよん。でも、今回のテーマは、大人のオ・ン・ナ、だもの」
「……な〜るほどね」
「え、どういうこと?」
ガーネットには伝わったものの、当のアヤには伝わらなかったようだ。
「まぁまぁ、これからアヤ大尉の部屋で衣装選びしましょっ」
「えっ、私の衣装を着るの?」
「そうよん。アヤ大尉なら、カチーナ中尉を大変身させるコスチューム、いっぱい持って
そうだし」
「ささ、カチーナ中尉も、立って立って」
「んあ〜」
顔を見合わせて愉快そうに笑うと、エクセレンはアヤを、ガーネットはカチーナの背中
を押して部屋の出口へ急かす。
「じゃ、お姉さま方っ、楽しみにしててねんっ」
二人の背中を押して部屋を出ると、エクセレンは首だけ扉から出し、ニマッと笑って言
った。
「……面白いことになりそうね」
ウィスキーの入ったグラスを傾けながら、ヴィレッタがクスリと笑みを漏らした。
「お待たせしました〜んっ。大人の女に大変身しました、カチーナ中尉の登場で〜す。拍
手〜」
エクセレンが皆を煽り、続いてカチーナが部屋に入ってきた。普段は冷静なヴィレッタ
もラーダも、この時ばかりはポカーンと口を開けて見つめるしかなかった。
「……どう?」
照れ隠しか、カチーナは誰もいない壁なんかを見ながら尋ねた。
酒の回りが早すぎるせいか、それとも恥ずかしさからか、カチーナの顔はゆでだこのよ
うに真っ赤になっていた。
「……変われば変わるものねぇ」
「……本当に」
カチーナは、パツンパツンのワンピースタイプの真っ赤なボディコンを着込んでいた。
スカート部分は膝上十センチほどで、ちょっとでもかがめば下着が見えてしまうだろう。
脇腹も脇も腹も背中ももくり抜かれ、臍は丸見え。ある意味水着より恥ずかしい格好に思
える。体にピッタリとフィットしているせいで、意外に滑らかな体のラインがくっきりと
浮かび上がってしまっていた。
「……それって誉められてんのか?」
微妙な反応に唇をとがらすカチーナ。その顔もまた、濃い目のメイクが施されている。
くっきり引かれたアイライン、濃い目のアイシャドウも、派手には感じるものの、元来目
鼻立ちのクッキリしたカチーナの顔にはよく映えた。このあたりは、ガーネットが施した
のだろう。
「もっちろん、誉めてるに決まってるじゃな〜い。ねぇ、お姉さまんっ」
「……そうね。見違えたわ。ただ、大人の女というよりは、どちらかというと、しょうば」
「ストーップ。そこから先は言いっこなしなし。中尉も自分で鏡見て、悪くないって言っ
てたじゃな〜い。自信持って」
「ん……まあ、な」
カチーナはポリポリと、頬をかいた。
「それにしてもアヤ、すごい服もってるわねぇ」
感心したように、ラーダが尋ねた。
「そ、そうかしら?」
「ホント、アヤ大尉のクローゼットの中、すごいわよっ。私でも持っていないような服、
たくさんあるんだもん」
ガーネットはウンウンと頷き、カチーナを眺めた。
「ホント、カチーナ中尉に着せてみたい服、まだまだいっぱいあったんだけど。一番イン
パクトがあって、なおかつ中尉のパーソナルカラーである赤を基調にしたコレを選んだの
よ」
「う〜ん、今回の作戦にここまでピッタリの服が出てくるなんて、さすがはアヤね。軍服
もパイロットスーツも、オリジナリティ溢れてるだけあるわん」
エクセレンの遠まわしな言い方に、ヴィレッタは思わず苦笑した。つまり、露出過多だ
と言いたい訳だ。もともと何を着せるつもりだったのやら。当のアヤはといえば、二人の
言葉を額面どおりに受け取って照れている。やはり彼女には、あの露出が多く見える格好
も普段から別段意識しているわけではなく、彼女にとっての「普通」なのだろう。
「じゃ、せっかく変身したんだし〜。これで終わりじゃ、つまらないわよねん」
エクセレンがニヤリと笑う。
「そうそう。じゃ、お披露目といきましょーか」
すかさずガーネットも同調。二人でカチーナの背中をグイグイ押して、部屋の外へ向け
る。
「オ、オイッ。待てってっ」
「待たないわよ〜。タスク君たちに吠え面かかせてやらなくっちゃぁ」
「吠え面ってオマエ等、絶対面白がってるだろがっ」
「いーからいーから。ささ、中尉の新しい魅力が爆発よ〜っ」
なんだかんだ文句を言いながらも、結局部屋の外まで押し出されてしまったところを見
ると、案外まんざらでもないのかもしれないわね。そんなことを考えながら、ヴィレッタ
はグラスを再び傾けた。
「じゃあ、続きはアヤの部屋で飲みなおしましょうか」
良い事を思いついた、と手をパンと叩いて、ラーダが笑いながら言った。
「わ、私の部屋で?」
騒ぎながら部屋を出て行った3人を呆然と見送っていたアヤは、急に水を向けられて慌
てて尋ね返した。
「ええ、アナタの部屋のすごい服っていうの、興味あるもの。私たちにもぜひ見せてほし
いわ。ねぇ、ヴィレッタ」
「そうね」
「ヴィレッタさんまで……別に、普通の服なのに……」
やはりアヤにとっては、秘蔵のコスチュームを見られるのが恥ずかしいというより、そ
れを「スゴイ」と評されることが納得いかないようだった。
「ところでラーダさん、ずっと気になってたんですけど」
「なにかしら?」
「カチーナ中尉に教えたアサナって、何の効果があるんですか?」
不思議そうに尋ねるアヤ。
「ああ、あれ?子作りよ」
「こ、子作り!?」
「ええ。あのアサナは、本来淡白な夫婦向けに考え出されたものらしいの。体が燃えるよ
うに熱くなって、したくてたまらなくなるらしいわよ。私も以前試したんだけど、疼きを
抑えるのに苦労したわ」
「そ、そんなの試して大丈夫なんですか?」
「ん〜、エクセレンが言うには、『カチーナ中尉はストレスがたまってるから、パーッと
ヤッちゃった方がスッキリしていいんです』って。まあ、気負いすぎてる感じもするし、
たしかにたまにはいいんじゃないかしら」
「ヤッちゃってって……」
アヤは顔を朱に染めてモジモジし出した。あんな大胆な格好を平気でできるわりには、
こういう話にはウブなところが可愛らしいわね。ヴィレッタは微笑んで、立ち上がった。
「ともかく、カチーナ中尉の事はあの二人に任せて、場所を代えて飲みなおしましょう」
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