「さあ祐巳、お出しなさい」
祐巳はブンブンと首を横に振る。その顔は蒼白。冷や汗さえ浮かべながら、必死で歯を食いしばっている。
「どうしたの?苦しいのでしょう?さあ、早く!」
「できません!!」
姉に背く日が来るなど、祐巳は想像さえしていなかった。
この凛とした声で命じられれば、どんな内容でも喜んで受け入れられる、はずだった。
憧れのお姉さま。思いがけない幸運で姉妹の契りを交わしてしまったが、本来ならば声をかけるだけでもおこがましく、遠くから見つめてさえいられればよかった存在。
けれど、お姉さまが命じられた内容は、踏み絵よりも残酷で。それはマリア様のお姿を踏みつけるより、遥かに酷な命令だった。
「なぜなの?祐巳、私のお願いを聞いてくれないの?」
「う……」
命令口調が、憐れみを含んだ懇願に変わっていた。
(お姉さまが、こんな風に私にお願いされるなんて……)
普段なら、1も2もなく首を縦に振っただろうが、だが、この願いは……。
「で、できません!私、やっぱり、こんな、くうっ!?」
グルルルル……。
以前、薔薇の館で薔薇様達に聞かれてしまった空腹を示すお腹の音よりも、数段大きくてはしたない音が、パンパンに張って今にも破けてしまいそうな、祐巳の白い下腹から響き渡る。
「ああ、祐巳、もう苦しくてたまらないのでしょう?我慢しないで、早く出してしまいなさい」
まるでお酒にでも酔ってしまったような艶かしい声が、祐巳の耳から入り込み理性を嬲っていく。
(おかしい、こんなのおかしいよ)
いつもの斜め上の位置からではなく、自分の下から聞こえてくる美しい声が奏でる誘惑に、危うく流されそうになりながらも、祐巳はかぶりを振って腹に力を入れ直した。
祐巳は、ともすればリリアンの生徒だとは思えないようなはしたないポーズで、腹部を襲う激痛と懸命に戦っていた。
首には鎖を繋がれ、二の腕はそれぞれ手枷を填められ天井から釣られている。身動きがとれぬようにこれまた両足首を枷で繋がれながらも、へたり込まぬよう必死でその両足に力を入れて踏ん張っていた。
脂汗をたらしながらガニ股で踏ん張るその姿はとても淑女の卵とは思えないが、そんな事を気にしている場合ではない。
(……お姉さま)
首をひねり愛しの姉の姿をうかがい見れば、背中に一本芯が通っているようにシャンと背筋を伸ばし、きちんと組まれた正座にはわずかな揺らぎもない。これで着物でも着込んでいれば、茶道の家元とでも言われれば誰も疑うものなどいないだろうが、その扇情的な出で立ちがそれを許さない。
それは、服というよりもベルトに近いようなシロモノだった。鈍い黒光りを放つその革ベルトは、本来隠すべき部位をわざと避けて通っている。白い下腹に形の良い臍が覗くだけならまだしも(それだって、普段のお姉さまからすれば考えられないことなのに)、重力に逆らうようにまっすぐ突き出た豊かな丘の頂に立つ淡い桃色の突起も、そして下方にある秘められし場所を覆い隠す黒い繁みさえ露わになっていた。
もしもお姉さまが立ち上がって今の祐巳と同じはしたないポーズをとれば、本来人前に晒すことのない、晒してはならないその神秘の場所さえ容易に覗きこめてしまうだろう。
普段は見る事のできない扇情的なコスチュームに身を包んだお姉さまは、頬を桃色に染めながらやはり普段は見せる事のない陶然とした顔をしている。
そこで、はたと気づく。お姉さまのうっとりとした視線、その先にあるものは……
「い、いやあぁぁっ」
祐巳は顔をゆでだこのように真っ赤にして、自由にならない体をメチャクチャに揺すった。ジャラジャラと鎖が波打つ。
「あん、祐巳、暴れてはダメよ。枷の痕がとれなくなってしまうわ」
そう思うなら、早くこんな格好やめさせて下さい。
「それに」
お姉さまは目の前でプリプリと揺れている桃に顔を寄せると、フゥッと息を吹きかけた。
「ひぃっ」
「あなたの可愛い蕾が見えないじゃない」
だから、見て欲しくないから暴れているんですってば。
妹の想いを察してくれないお姉さま。その不意をついた一撃に、祐巳の緊張が一瞬緩んだ。
「あひゃっ!?」
開きかけてしまった菊の蕾に慌てて力を入れ直すも、もう時間の問題だった。今にも大輪の花を咲かせようと、パクパクと閉じたり開いたりしている。
「ああ、いよいよね。さあ、祐巳、苦しかったでしょう?もう我慢しなくていいの。私に全てを見せてちょうだい」
優しいお姉さまの声音。こんな状況でなければ、すぐにもすがりつきたいのに。
「どうして……」
「え?」
「お姉さま、どうしてこんな事を……」
もう自分でも耐えられそうにないのはわかっている。ならば、こんなわけのわからないままではなく、せめて理由だけでもお聞きしたい。
蒼白な顔で振り返る祐巳の目には、まるでマリア様のように慈悲深い、お姉さまの微笑み。
「……祐巳の全てを受け入れたいの」
「私の……全て……?」
「そう。祐巳の恥ずかしい所もみっともない所も全てを見たうえで、それでも私は祐巳を愛する事ができる。私はそう信じているわ」
「…………」
今まで散々恥ずかしい所も見られてきたけれど、今回はさすがに恥ずかしさの桁が違う。誰にも見られたくない、見せる事は許されない一番恥ずかしい姿。でも、お姉さまはそんな姿さえ愛することができると言う。その笑顔にすがりついてしまいたい反面、拒絶されて閉まったらと思うと。下腹を襲う鈍痛と合わさり、体の震えが止まらなくなってしまった。
「祐巳は、私の事が信じられない?」
「そんなっ!そんな、事……」
もうどうしたって我慢できないんだ。このままお姉さまに全てを委ねてしまおう。そう頭で判断しても、体はお姉さまを失ってしまうかもしれない恐怖に捕らわれ、踏ん張った両脚から力を抜くことができない。
「さあ、祐巳……」
ピトリと、お姉さまの両手のひらが祐巳のお知りに触れる。そしてゆっくりと、その谷間を割り開いていく。
「あ、ああ……」
露わにされてゆくすぼまりに、お姉さまの視線を感じ、頭のてっぺんからつま先まで甘い痺れが走り抜けた。
「……愛しているわ」
お姉さまの告白。そして、蕾に触れた、柔らかな唇の感触。
聖女の接吻は、理性も、筋肉も、何もかもを蕩けさせた。
「ん……ふあああああぁぁぁーーーーーっ!!」
物凄い音をたてて、祐巳の蕾から茶色い物体が溢れ出した。ビタビタと床を叩くその音は、まるで台風でも訪れたかのよう。堤防を打ち破った奔流は、今まで溜め込まれていた祐巳のお姉さまへの想いのように、後から後から噴き出していく。
「あ……ああぁ……ああ……」
迸る間中、祐巳の口もだらしなく開き、喘ぎとも呻きともつかない声をもらし続けている。時折唾液すら零れ落ちているその様を見れば、汚物と共に頭の中まで溶けて流れ出てしまっているようにすら思える。
永遠に続くかと思われたその時も、時間にしてみればわずかな間でしかなく。やがて勢いは弱まり、空気と共に吐き出されてはブビュッブビュッと耳障りな音を名残惜しそうに響かせた。
雨に濡れた犬のように全身をブルブルと震わせると、頭からも体からも全てを放出しきった祐巳は、力が抜けてしまい膝を折った。鎖で繋がれた両手を掲げたまま、膝立ちになった祐巳は深い呼吸を繰り返した。
流れ切ってしまったかと思われた脳ミソもまだ少しは残っていたようで、うなだれていた首をわずかに上げると、開いているだけで何も映していなかった瞳も、ぼんやりと焦点を結び始めた。
「……わたし……何を……?」
瞳に移る冷たい石壁。一点に集中していた感覚もそれぞれ持ち場に戻り始め、鎖に引っ張られている両手首にも鈍い痛みを感じ始める。
石床のひんやりとした感触が両膝から伝わり、火照った体を徐々に冷ましてゆくのが心地よい。
体から遅れること数瞬、頭にも徐々に血が巡り始める。
「鎖に繋がれて……恥ずかしい格好で……それで……」
祐巳はハッとして、せっかく戻ってきた血の気をまた一瞬で引かせ、物凄い勢いで後ろを振り向いた。そこには……。
「あ……あああっ……」
そこには、祐巳の大好きな、美しいお姉さまは存在しなかった。いや、たしかにいるのだ。ただ、その美しい面差しは茶色いパックで覆われていて……。
「い……イヤアアアァァァーーーーーッ!?」
お姉さまを、大好きなお姉さまを、穢してしまった!そう頭に認識が飛び込んできた瞬間、両足がガタガタと震え、その振動は全身に即座に繋がり、抑えきれないほどブルブルと揺れだす。
「ヒィ……ヒイィィィ……」
全身から血の気が失せる。胸が猛烈に締めつけられる。苦しい。イヤだ。もう逃げ出したい。
そう願っても、体はしっかりと拘束されていて。いや、それ以前に、体が動かない。指一本動かすことすらできない。
視線も、こんなお姉さまの姿、見たくないのに、外す事ができない。
「あ……あうぁ……うぁぁ……」
意味不明な言葉が口から漏れ出る。
もうダメ。おかしくなりそう。いや、おかしくなるんだろう。お姉さまをこんな風に穢れにまみれさせてしまった私が、正常でいられるはずがない。むしろ、このまま狂ってしまえたら……。
罪の意識に苛まれ、呼吸することすらままならない。体もバラバラに引き裂かれてしまいそうだ。……かえってその方が幸せかもしれない。もうすぐ私は消えてなくなるのだ。こんな私は、存在する事さえ、許されないのだから……。
意識も、存在さえも、希薄になってゆく。瞳に映る、穢れてしまったお姉さまの姿。焦点を結ばぬ視線の先にぼやけて映るその姿は、現実感を伴わない、幻影なのか。
……そうだ。そうに違いない。決まっているじゃない。美しくて、凛々しくて、切れ長の瞳が印象的な、私がこの世で一番大好きな、大切な人。私がお姉さまを穢してしまうなんて、そんな事、ありえっこない。
これは夢。夢なんだ。どうりで頭がぼうっとすると思った。
そう、もうすぐお姉さまの声が聞こえてくるはず。「祐巳、何をぼんやりしているの?」って。ちょっとあきれた口調で。
でも私は、お姉さまが叱ってくれるのさえ嬉しくなっちゃうから。えへへって照れ笑い返して。それでお姉さまが、「変な子ね」って。歩き出すお姉さまの後ろを、遅れないようについていかなきゃ。そうだよ。もうそろそろ、目をさまさなくちゃ……。
瞼が、ゆっくり落ちていく。
変な夢、見ちゃったなぁ。こんな夢、誰にも話せないよね。せっかくお姉さまが出てくる夢なんだもん、もっと楽しい夢がいいな。二人でデートに出掛ける夢とか。
でも、夢よりも、現実にお姉さまとお会いしたほうが、ドキドキして、ワクワクして、幸せになれるから。だから、次に瞼を開いたときが、すごく、楽しみ……。
ゴキュリ。
静かな空間に、何かを飲み込むような音が響いた。唐突な物音に、祐巳もピクリと反応し、閉じていた目を思わず開いた。
ング、ゴクリ。
白い喉がグビリと動いた。何かを嚥下しているのだろうか。わずかに目線を上にずらすとそこには、蟲惑的な朱の唇。
もちろん見覚えがある。一番大好きな人の唇。もう少し目線を上げてみるが、よく見えない。最初は寝起きで目がぼやけているせいかと思ったが、どうも違うようだ。
(まるで、泥でもかぶってしまったみたい)
そんなバカな。祐巳はすぐに思い直した。だって、あのお姉さまが、頭から泥をひっかけられるなんて事があるだろうか?あるわけがない。不肖の妹を持ったせいで、代わりに泥をかぶってくれている部分はあるだろうけど、て、意味が違う。
それに、泥にしては茶色が薄いし、まるで、ウン……。
ゴキュリ。
「……ひ……ひぃ……うひぃやああーーーーー!?」
飲んで、お姉さまが、私のウンチ、飲んで!!
「ヒィ……ヒイィ……イヒィィィ……」
錯乱した祐巳が意味をなさない悲鳴を漏らしている間も、お姉さまの白い喉は2・3度動き、やがて口内の物体を全て飲みほしたのか、大きく舌を出して口のまわりをベロベロと舐めはじめた。
口のまわりに付着したモノを一滴たりとも残すまいとするように、舌で大きく円を描く。こぼれた自身の涎ごと、ジュビュルルルッと音をたてて飲み込んだ。
「ン……ング……フハァァ……」
口のまわりに付着した汚物を全て舐め尽くすと、鼻から上に積み上げられているソレを両手でぬぐいとり、手のひらにこんもりとのったソレに、むしゃぶりついた。
「ア……アヒ……ヒイィ……」
お姉さまが手づかみで物を食べるなんて、私の下品なところがうつっちゃったのかなぁ……。半分機能停止してバカになっている祐巳の脳ミソは、そんなどうでもいいような感想を思い浮かべてしまう。
「ング……ハフ……ゴキュ……ムグ……」
ジュルル……ピチョ、ペチュ……ゴキュン。
祐巳が焦点の定まらない瞳でその悪夢のような光景を眺めている間も、お姉さまはソレをむさぼり続ける。
やがて積みあがったソレを全て胃の中に収めてしまうと、指に付着した残りに吸い付いた。
ズジュルル……ゴキュン……ジュル、ジュブルルル……。
はしたない咀嚼音を響かせながら、指をねぶり倒す。ほぼ全てを胃の中に収めた後、お姉さまはゆっくりとこちらを向いた。
「ヒィ!?」
祐巳は思わず顔を背けた。直視できなかった。どんな顔をして、お姉さまと向き合えばいいと言うのか。
「祐巳」
「…………」
「ねえ祐巳、こっちを向いて」
……振り向けなかった。振り向いて、その瞳に覗きこまれれば、次にお姉さまが口を開くまで、私はもう視線をはずすことができなくなってしまう。それは、必然的に、来たるべき絶望的な拒絶の言葉から、逃れる術をなくすということになる。
「祐巳……」
……それでも。お姉さまの呼びかけを、無視し続けられるはずもなく。
ゆっくりと動かした視線のその先には。
優しい瞳でこちらを見つめる、お姉さまの慈愛に満ちたお顔があった。
(え……?)
覚悟していた叱咤も罵倒もなく。ただ優しく、祐巳を見つめている。
(なぜ?)
どうしてお姉さまがそんな優しげな表情をしているのかはわからない。が、怯えて縮こまっている祐巳の心を優しく包んでくれる、そんな微笑みだった。
「言ったでしょう」
「え……」
「貴方の全てを、受け入れるって」
そう言ってニコリと微笑む祥子さまを見たら、
「あれ?」
ぽろぽろと、両目から雫が溢れ出してきた。
「バカね、どうして泣くのよ」
「あれ……あれぇ……?」
双眸から溢れ出す奔流をせき止めることができないでいる祐巳を、お姉さまは優しく抱き締めてくれた。
自分の汚物を頭からかぶってしまったお姉さまに抱きとめられているのだけれど、不思議と嫌な心地はしなくて。ただ、お姉さまの温かさだけが伝わってきた。
ひとしきり泣いて、ふと視線を上げる。
自分を見つめるお姉さまの視線と、祐巳の視線がからまる。
すると、その瞳は、ゆっくり閉じられて。自然と、魅惑的なその赤い唇に、自らの唇が吸い寄せられていた。
そのキスは、普通に考えれば、綺麗なものとはとても言えるわけがないけれど。でも、なぜか、とっても甘い味がした。
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