「ん……うぅん……」
目が覚めると、そこは真っ白な部屋だった。見覚えがあるような気がしたが、思い出そうとしても記憶が淀んでいてうまくいかない。
(あれ……私、いったい……)
ひとみは額を押さえながら体を起こした。大きなイベントにキャンペーンガールとして出演し、成功に終わった事までは覚えている。それはつい先程の事の様にも思えるが、しかし随分前の事のようにも思えた。
「おはよう、ひとみちゃん」
傍らから涼やかな声が掛けられ、ひとみはそちらへ振り向く。
「あっ。れ、麗子さんっ」
そこには憧れの永瀬麗子が、彼女に最も良く似合うキャンペーンガールの衣装を身につけて、ひとみに向かって優しく微笑んでいた。
「あ、あれっ。私、イベントが終わって眠っちゃったのかな。す、すみませんっ」
憧れの先輩の前で無防備に寝顔を晒していた事が恥ずかしく思えて、ひとみは縮こまる。そして、初めて自分もまたキャンペーンガールの衣装に身を包んでいる事に気づく。
(……アレ?)
しかし、それは自分の記憶の中で最後に身につけていた衣装とは異なっていた。今ひとみが身につけているのは、黒いシルクサテンの二の腕まであるロンググローブと、黒いオーバーニーソックス、そして蛍光グリーンと黒のボディコンワンピースである。確かにひとみの代表的な衣装の一つであったが、この日のイベントではもう一つの代表的な衣装、オレンジのボディコンワンピースを着ていたはずだ。
「どうしたの、ひとみちゃん」
首を捻って思案するひとみの顔を、麗子が覗き込む。間近に迫った憧れの美女の美しい面差しに、ひとみの心臓がトキンと跳ねた。
「あっ。い、いえっ。な、なんでもありませんっ」
ひとみはブンブンと首を横に振ると、再び縮こまる。そんなひとみの様子を見て、麗子がクスクスと笑う。ひとみは恥ずかしくなり、空気を変えようと、咄嗟に思いついた疑問を口にする。
「あ、あのっ。イベントが終わってからの事、私、全然覚えてなくて。ど、どうして麗子さんが、その……私と、一緒にいらっしゃるのか……。あ、あのっ、私、麗子さんと一緒にいられて、今すごく嬉しいんですけどっ。でもっ、その、どうして一緒にいてくださるのか、理由がわからないっていうか、あの……」
しどろもどろになっているひとみを、麗子はただ優しく見つめている。
「そ、それに、ここ、どこなんでしょうか。麗子さんのお部屋……にしては……何にも物が無いし、生活感が無いって言うか……あ、ご、ごめんなさいっ」
もし本当に麗子の部屋だとしたら、失礼な物言いだったのではないか。そう思い、ひとみは慌てて頭を下げる。
「ウフフ。気にしなくていいわ。ここは私の部屋じゃないもの」
「あ、やっぱり、そうなんですか」
微笑みながらそう教えてくれた麗子に、ひとみはホッと胸を撫で下ろす。
「あ、それじゃ、ここはいったい……」
首を傾げるひとみに、麗子は答える。
「そうね……。ここは、私がひとみちゃんと二人きりになる為に、用意された部屋、かな」
「えっ……それって……」
麗子の言葉に、ひとみの胸が早鐘を打ち始める。ひとみは麗子に非常に強い憧れ、ともすれば恋愛感情に近い想いすら抱いていたものの、しかし麗子にとっては数多いる後輩達の一人にしか過ぎないと思っていた。実際、それほど沢山話す機会も無かったのだから。
しかし、麗子のその言葉は、麗子もまたひとみに興味を抱いてくれていたといいう意味に取れる。ひとみの胸が、喜びと期待に満ちていく。
「ねえ、ひとみちゃん……」
麗子は椅子から立ち上がると、ベッドの縁に腰掛ける。近くなった二人の距離に、ひとみの胸のドキドキはますますスピードを上げる。ふわりと漂う大人の香りに、ひとみは思わずぽ〜っとなってしまう。
「手袋フェチって……知っているかしら?」
『手袋フェチ』その単語を聞いた途端、ひとみの心臓がドキンッと大きく跳ねた。初めて聞くはずの単語であるのに、なぜか耳にしただけで、体の芯が熱くなり、息が荒くなってゆく。
「し、知らない、です……」
ひどく耳に残る単語ではあったが、しかしその意味を正確に答えられる訳ではなかったひとみは、素直に首を横に振った。
「手袋フェチって言うのはね……」
麗子がひとみの耳元に唇を寄せ、艶のある声で囁く。耳たぶをくすぐる温かくわずかに湿った吐息。ひとみは口から心臓が飛び出そうなほど、ドキドキと高鳴らせてしまう。
「言葉の通り、手袋に対してフェティッシュな感情を抱く人の事よ。男性の中には、女性の手袋を填めた姿を見て、性的興奮を覚える人がいるの。わかりやすく言うと、女性の手袋を填めた姿を見るだけで、オチンポを大きくしてしまう人の事よ」
「お、オチッ……!?」
その単語を耳にした瞬間、ひとみの体に電撃が走った。まさか、あの麗子の唇から、オチンポなどという卑猥な単語が零れるとは思ってもみなかったのだ。麗子はそんなひとみの反応を妖しく見つめながら、尚も言葉を続ける。
「そして、その手袋を填めた手に硬くなったオチンポを握らせて、シコシコと扱かせ、ベッタリと精液で汚してやりたいと考える人もいるわ。ひとみちゃんも、手袋を合わせた衣装が多いものね。貴方のファンの中にも、貴方の手袋を精液で汚してやりたいと思っている人が、いるかもしれないわ。……もちろん、私のファンにもね」
その事実を告げられた時、ひとみの体がビクビクッと震えた。ひとみは黒いシルクサテンのロンググローブを填めた自身の手を見つめる。その光沢のある滑らかな布地と、そこに包まれている柔らかな腕やしなやかな指先が、欲望の対象にされているという事実。これまで自分を美しく見えるアクセントとしてしか考えた事の無かった手袋が、今は自身を妖しく彩る淫らなアイテムにすら思えてくる。
そして、麗子もまたそういった男達の欲望の視線に晒されているのだとしり、愕然とした。こんなにも美しく素敵な女性を、そんな目で見るなんて……。ひとみの胸に、段々と怒りがこみ上げてくる。しかしその怒りは、続く麗子の言葉により、霧散してしまう。
「でもね……。女性にも、手袋フェチは存在するのよ。しなやかな二の腕を、手袋に優しく包まれて、うっとりと蕩けてしまう女性。男のギラギラした欲望の視線を手袋を填めた手に一心に浴びて、恍惚とした表情を浮かべてしまう女性がいるの。……知っていたかしら、ひとみちゃん」
ひとみは小さく、首を横に振る。しかし、今のひとみには、そう言った感覚が理解できるような気がしていた。
「彼女達は、手袋姿を視姦されながら、全身を発情させるの。乳輪をぷっくり膨らませ、乳首をはしたなく勃起させて、子宮を震わせオマンコをクチュクチュに濡らしながら、倒錯した悦びにゾクゾクと体を震わせるの」
「はふっ……んぅっ……」
麗子の唇から再び零れた、淫ら極まりない単語。ひとみは興奮し、喉をカラカラにしながら、熱い吐息を漏らす。
「やがて彼女達は、弛緩されるだけでは我慢できなくなるわ。手袋を填めた手であらゆる部分を撫で擦ってご奉仕したい、手袋ごとベロベロと舐めしゃぶられて唾液でグチョグチョに汚されたい、そして沢山の欲望の証をぶちまけられて、匂いが染み込むほどジュクジュクに汚され穢されたい……そんなことばかりを考えてしまうようになるの」
「はぁん……はひ……ふくぅ……」
麗子の淫蕩な言葉に、ひとみは息を荒げて興奮してしまう。ボディコンワンピースの下で、パンティは染み出た愛液によりグッショリと汚れてしまっていた。
「そうなってしまった女性達は、もう、手袋フェチとは呼べないわ。……彼女達は、手袋マゾ。手袋を汚され、嬲られ、蹂躙されるのが嬉しくてたまらない、変態マゾとなるのよ」
ひとみは極度の興奮に頭をクラクラさせながら、自分の手を見つめてみる。はたして、自分の手は、どうなのだろうか。手袋を填めるのは、嫌いではない。いや、むしろ好きな方と言える。意図的に、そういうコスチュームを選んできたのも事実だ。しかしそこに、男達に視姦されたいと、そして欲望に染め抜かれたいという、秘めた願望はあったのだろうか。そんな意図は無かった、とは思うものの、内心そんな想いが隠されていなかったかと尋ねられると、自身を持って首を横に振る事は、今のひとみには出来そうも無かった。
それにしても、どうして麗子は、そのような話をひとみにしたのだろう。ひとみの秘められていた性癖を、露にしたかったのだろうか。
「ひとみちゃん……」
麗子は左手を手のひらを上にして、ひとみの前に差し出す。初めはその意味がわからなかったものの、ぼんやりと麗子の意図が伝わってきたような気がしたひとみは、その手のひらに、自身の右手を手のひらを下にして重ねる。まるで、舞踏会にて貴族の男性が女性をエスコートするかのように、白手袋を填めた麗子の手の上に重ねられる、黒手袋を填めたひとみの手。
「あふっ」
滑らかな布地同士が触れ合ったその瞬間、ひとみの体がプルプルッと震えた。
「ウフフフ……」
麗子はさらにひとみの手の甲の上に、手のひらを下にして右手を重ねる。そして、うっとりとした表情を浮かべながら、優しく優しく、ひとみの手を何度も撫でる。
「アンッ……くっ……ふぅんっ……」
手の甲を撫で上げられるたび、ひとみはヒクンヒクンと反応しながら、かわいらしい喘ぎを漏らす。
「ねえ、ひとみちゃん。こうして、手袋を填めた手を撫でられるの、気持ちいいかしら」
「あふんっ……そ、それは……」
麗子の愛撫はとても優しく、布同士の擦れるスベスベとした感触も相まって、腰から蕩けてしまいそうなほど心地良かった。しかし、正直に答えて良いものか、ひとみは逡巡してしまう。ひとみ自身の口により、手袋フェチの、手袋マゾのいやらしい嗜好を語られたのだ。もしここで気持ち良いと答えてしまえば、ひとみもまたそういったいやらしい存在であると、麗子に告げる事になってしまう。それでもし麗子に嫌われてしまったらと思うと、恐ろしくて、とても本心を口にする事はできなかった。
麗子の優しい手袋愛撫に、フルフルと耐え続けるひとみ。麗子はそんなひとみを見て微笑むと、そっとその耳元に唇を寄せ、小さく囁く。
「ひとみちゃん……私、今、とっても気持ちいいの……。貴方の手袋を填めた手を撫で擦りながら、蕩けそうな心地になっているのよ……」
思いも寄らぬ麗子の告白。ひとみは震える瞳で、麗子を見つめる。その頬はほんのりと赤らみ、瞳はウルウルと潤み、唇はしどけなく半開きになっている。それは、快感に打ち震える、牝の顔。
そして、麗子のひとみの中には、同じく手袋愛撫を前に蕩けた表情を浮かべた自身の姿が映し出されていた。
「わ、私も……麗子さんの、手袋を填めた手で……私の、手袋を填めた手を、スベスベと撫でられるの……気持ちいい、です……」
声を震わせながら、ひとみはとうとう、本心を告白した。そして、唾を飲み込むと、麗子の次の言葉を待つ。
麗子は本当に嬉しそうな、見ているこちらの胸がキュンキュンと躍り出してしまうような満面の笑顔を浮かべると、ひとみの手を頬に近づけその手の甲に柔らかな頬を当てながら、うっとりと言った。
「嬉しいわ……。ひとみちゃんも、私と同じ、手袋フェチになってくれた……。私の願い、本当に叶ったのね……」
「麗子さん……」
布地越しに触れた麗子の頬から、その想いが伝わってくる気がする。彼女もまたひとみを思ってくれていて、しかし手袋フェチという枷がそれを口にする事をためらわせ。しかしひとみもまた手袋フェチとして目覚めた事により、その秘めた想いをようやく伝える事が出来たのだと。
昨日までは知らなかった、手袋フェチという感覚。しかしこうして、憧れの麗子と想いと感覚を共有できるのならば、自分の中にその素質が眠っていて、そして今この時にこうして素質が開花した事に、何の後悔も罪悪感も無い。むしろ、ひとみは感謝すら抱くのだった。
「ひとみちゃん……」
麗子はひとみの手の甲から頬を離すと、触れ合っていた手も離す。そして、瞳に向かって、両の手のひらを向ける。ひとみは、麗子の手のひらに、それぞれ手のひらを重ねる。ピッタリと重なる、白と黒の手袋を填めた二つの手のひら。こうして手のひらを重ねているだけで、二人は蕩けるような心地良さにフルフルっと体を震わせてしまう。
手のひらを重ねたまま、麗子が瞳を閉じ、唇を寄せる。ひとみもまた、鼓動がドキドキと早くなるのを感じながら、瞳を閉じる。そして、二つの手のひらと同じく、唇もまた重なった時、二人の体はヒクヒクッと震え、同時に絶頂を迎えるのだった。
(続く)
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