「なによ波音、こんな所に呼び出して」
 もうすぐ夏も終わり。日中の蒸し暑さが嘘のように、夜になれば涼しい海風が通り抜けてゆく。
 長いようで短かった夏休みはあっという間に過ぎ去って、ここパールピアリに遊びに来ていた三人のマーメイドプリンセス、かれん・ノエル・ココも明日には各々の国へ帰らねばならない。明日に備えて今日は早めに休もうか、そう考えていた折、こちらはパールピアリに住み込んで暮らしている南大西洋のマーメイドプリンセス・波音にかれんは呼び出されたのだった。
「ふっふっふ。よく来たわね、かれん」
 波音はパールピアリの裏庭で壁に寄りかかりながら、目を閉じ両腕を組んでかれんを待っていた。
「あたし、明日の準備もあるから用事なら早く済ませてよね」
 気が乗らないといった感じで同じく壁に寄りかかるかれん。波音は体を起こすと、左手を腰に当て、右手でかれんをビシッと指差して言い放った。
「かれん。今日こそ決着をつけるわよ!」
「………………ハァ?」
 波音の言葉の意図する所がわからず、キョトンとするかれん。
「決着って……何の?」
「色々よ。あなたにだって思い当たるフシがあるでしょう」
「ん〜……なんかあったっけ」
 一応考えては見たものの、さっぱり思い当たらずにかれんは首を傾げる。
「例えば! 昨年の夏、マーメイドコンテストがあったでしょう」
「ああ。そんなイベントもあったわね」
「その時、私たち三人が水妖を追いかけてコンテストを抜けた間に、優勝したでしょう。この優勝候補筆頭の私がいない間に優勝をかっさらうなんて、やり方が卑怯だわ」
「なに言ってんのよ。勝手に抜け出したのはアンタ達三人でしょ。知ったこっちゃないわ」
「他にも! 太郎ちゃんを誘惑して危ない目に合わせたでしょう」
「あれはあの人が勝手についてきたんじゃない。迷惑かけられたのはこっちよ」
「えっと、他には……そうだ! もんじゃ代払わされたり」
「いいじゃないの。もんじゃの一人前や二人前くらい」
「五人前よっ! とにかく、かれんには一度、誰がマーメイドプリンセスのリーダーなのか、はっきり分からせてあげなくちゃ」
「はあ? なんでアンタがリーダーなのよ」
「それはもちろん、マーメイドプリンセスの中で一番カワイくて、歌が上手くて〜」
「……はいはい」  うっとり自己讃美をする波音に、かれんは肩をすくめる。
「むーっ。何よその態度。いいわ、じゃあ勝負しましょ。私が勝ったらリーダーだって認めなさいよね」
「別にアンタがリーダーでも何でも構わないわよ。まったく、大した用事じゃないなら部屋に戻るわよ。明日は早いんだから」
 背を向けて部屋に戻ろうとするかれんに、波音はポソリと呟く。
「ふうん。逃げるんだ」
 その言葉に、かれんの肩がピクリと震えた。
「……なんですって」
「私と勝負して、勝つ自信がないんでしょ。つまり、やっぱり一番のマーメイドプリンセスは私で決まり、ってことね」
「……その言葉、聞き捨てならないわね」
 かれんがクルリと振り返る。そのこめかみには青筋が浮いていた。
「いいわ。あたしに勝負を挑んだこと、後悔させてあげる」
 かれんがスッと腰を落とし、右手の指先を揃えて手刀を構える。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ。誰もケンカで決着をつけようなんて言ってないでしょ」
(いくら必殺マーメイドデコピンがあるとはいえ、かれんに肉弾戦を挑むのはちょっとね……)
「じゃあ、どうすんのよ」
 拍子抜けしたようにかれんが構えを解く。
「私たちはマーメイドプリンセスなんだから、決まってるじゃない。これよ」
 波音が胸元の貝殻のネックレスを両手でそっと包むと、中の水色の真珠から光が眩いばかりに溢れ出す。
「みずいろパールボイスッ」
 波音の全身が一瞬にして光に包まれる。光が薄れた次の瞬間には、アイドルのようなヒラヒラのコスチュームに身を包んだ波音がそこに立っていた。
「さあ、これで勝負よっ!」
 波音は右手に握ったマイクをかれんに向けて突き出す。
「いいわ。受けて立とうじゃない。パープルパールボイスッ!」
 波音の挑戦を受け、かれんもまた紫の真珠の光の中、波音よりは若干大人びたコスチュームに変身する。
 変身を終えた二人は一瞬睨み合った後、マイクを胸の前に構える。するとどこからか、各々の持ち歌のイントロが流れ始めた。
「教えてあげるわかれん。誰が最高のマーメイドプリンセスなのか」
「フン、返り討ちにしてあげる」
 二人はマイクを固く握ると、左手を前にかざしてライブの開始を宣言する。
『いくわよ! ピチピチボイスでライブスタートッ』
「それはーえーばぶーかがやくー」
「あっさっひが、うーれしっくてっ」
 二人が目を閉じ熱唱を始めたまさにその瞬間。
「なにやってるの二人ともっ!」
 庭の窓がガラッと開け放たれ、怒声が飛んできた。
「に、にこら……」
 そこにはパールピアリのオーナーであり、人間界に暮らす3人のマーメイドプリンセスの姉代わりでもあるにこらが、腕組みをしながら仁王立ちしていた。
「こんな時間に大声で、近所迷惑でしょう!」
「い、いや、あのね」
「そんなに唄いたければパールピアリの営業中にお店で唄ってちょうだい。こんな時間に外で唄われても何も良い事ないんだから!」
 にこらは鋭く言い放つと、ピシャンと窓を閉めて部屋に戻ってしまった。
「にこら……なにかあった?」
「う〜ん……最近お客さんの入り微妙だし……3人が遊びに来たことで食費も増えた、とかなんとかブツブツ言ってたような……」
「あ、あたしたちのせいなわけ……」
 すっかり気勢を削がれた二人は、肩を落としてうなだれる。
「……どうすんの。もうやめる?」
「ダメ、ダメよっ。私はこの機会をずーっと待ってたんだからっ」
 問いかけるかれんに、波音は首をブンブン振って答える。
「かれん。あなた18歳でしょ。多少夜遊びしても大丈夫よね」
「え〜、まだやる気なの? もういいんじゃない」
「なによ、逃げる気? それに、どうせ国に帰ったってロクな仕事してないくせに」
 波音の挑発に、かれんはまたカッとなる。
「言ったわねえっ。いいわ、白黒はっきりつけようじゃない」
「ふん。必ずギャフンと言わせてやるんだから」
「今時ギャフンなんて誰も言わないわよ」
「いいのっ! 誰も言わないから言わせてやるのっ。じゃあ、まずは、カラオケ勝負よ。カラオケボックスへレッツゴー!」
「おーっ!」

 意気揚々とパールピアリから出かけていく二人を、るちあは二階の自分の部屋の窓から眺めていた。
「ふ〜ん……仲良しだねっ、波音とかれんって」
 メロンプリンを頬張りながら、るちあは幸せいっぱいといった笑顔を浮かべていた。

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