チュンチュン、チチチ……。
「ん、んん〜……」
小鳥の囀る音色と窓の隙間から差し込むオレンジ色の光。朝の空気に優しく包まれ、ぴったり閉じられていたかれんの瞼が微かに震える。
「ん、んーっ…………ん?」
まどろみの中、一つ寝返りを打とうとしたかれんは、体が思うように動かないことに気付く。
「ん……あれ…………あ、イタタ……」
まだ眠気に意識を支配されているものの、体の節々が痛みを訴えている為そのまま眠り続ける事も難しく、かれんは重い瞼をなんとか自分でこじ開けた。
「あ、あれ? ……どうなって……て、何よコレッ!?」
朝日の眩しさに目を細めながら首をひねる。と、自分がとんでもない格好で拘束されていることに今さらながら気付いた。
「ちょ、ちょっと、どうなってんのよこれ」
体を二つに折り曲げられ、両足をVの字に開いて手足をまとめてベッドにくくりつけられている。想定外の状況に頭がパニックを起こしかけたとき、胸の辺りから「すぴょすぴょ」と気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。何事かと首を起こすと、
「んん……いやん……太郎ちゃんったらそんな……私には渚が……んふふふ……すぅ……」
波音が胸に顔を埋めて、楽しい夢でも見ているのか頬を緩ませながら安らかに寝息を立てていた。
「ああ〜……そっか……そういうことね……」
かれんの脳裏に、昨晩、いや今朝方までの出来事が思い起こされる。
「うわぁ……なんか、すごい事になっちゃったなあ……」
炭酸に酔っていたとはいえ、激しい行為のほとんどは脳に焼き付いてしまっていたようで、かれんは顔をボッと赤く染める。
「とはいえ、この子はほとんど思えてないんだろうけど……はぁ……」
幸せそうに眠る波音を見ながら、かれんは一つ溜息を吐き、思わず苦笑した。ベッドの上には小さな巻き貝が転がっている。
この巻き貝、使用時は内に秘めた欲望をドンドン引きずり出すのだが、事が終わるとその記憶がおぼろげになってしまうようなのだ。特に初めて使用した時はその心地よい感触だけを体に刻みこむものの、具体的な行為の内容をほとんど覚えていないのである。それでもかれんは元来の意志の強さかそれともノエルとの初体験への思い入れ故かある程度は覚えていたものの、ノエルにいたっては散々かれんを犯しつくしたと言うのに翌朝にはいつものポケポケした表情でにっこり挨拶などするものだから、すっかり拍子抜けしてしまったのだった。
「ま、いっか。この子はこの子なりに、色々たまってたんだろうし。少しはスッキリできたのかもね」
安らかな寝顔を見ていると髪の一つでも撫でてあげようかと思ったが、両腕が動かないのではそれもできない。
「しかし、アイタタ……一晩中こんな変なポーズ取ってたんじゃ、体が……ちょっと波音、起きてよ……はうっ……」
戒めを解いてもらおうと波音に呼びかけながら自分の体を揺すってみたが、まったく起きる気配もない。体を動かしたことで肉壷内に溜まっていた白濁がドロリと溢れ出し、その奇妙な感触にかれんは思わず顔をしかめた。
「うあ、ドロドロ。まったく、どれだけされたんだか……。とにかく、誰かが来る前に波音を起こしてこの格好をなんとかしないと」
しかし間の悪いことに、かれんの耳に誰かが扉をノックする音が届いた。
「ねえ波音、起きてる〜? 朝のお散歩でも、一緒にどう?」
「ノ、ノエル!?」
それは、今この状態でかれんが一番会いたくない人物の声だった。
「あら、かれんもそこにいるの? ちょうどよかったわ。かれんも一緒にお散歩でも」
「あ、ちょ、まっ、開けちゃダメッ」
「えっ?」
ガチャリ。かれんの願いむなしく、開かれる扉。扉の前に立ったノエルは、目の前の光景にキョトンとした表情を浮かべて、そのまま固まってしまった。
「あ、これはその、ちょっと……ち、ちがうわよ。そういうんじゃなくて……」
かれんがしどろもどろに弁解を続ける間、ノエルはズリ落ちた眼鏡を直しもせず、ポカンと口を開けてベッドの上を見つめる。やがて、その拳が震え始め、その震えが全身に伝わると、ノエルは俯いたままベッドの脇まで歩みを進めた。
「あ、あの……ノエル……?」
ノエルは無言のままベッドから波音の枕を取り上げ、ゆっくり両手をかざすと。
ぼふっ!
かれんの顔面めがけて思い切り振り下ろした。
「わぷっ!」
「もーっ! これはどういうことよかれんっ! 私というものがありながらーっ!」
ボフボフボフッ。何度もかれんの顔に打ち据えられる柔らかな枕。
「ちょ、ちょっと落ち着っ、はぶっ」
「もーっ、ゆるせなーいっ! かれんは私のモノなのにーっ! もー、もー、もーっ!」
ノエルは駄々っ子のように何度もかれんの顔に枕を叩きつけた。かれんはと言えば、拘束されているため逃れることもできずただ目をつぶって受け止めるだけ。
「ふああ〜っ……なんだ、朝っぱらからうるさいなあ……」
と、ドアから眠そうな声と共にひょっこりと髪の長い少女が姿を現した。
「うあっ! な、なんてカッコしてるんだよかれん」
「あ、リナ、ちょうどいい所に来たっ。ちょっと、ノエルをなんとかしてっ」
慌ててリナに助けを求めたかれん。が、その言葉でノエルの動きが止まる。
「あ……リナ……お、おはよ……」
「あ、うん……おはよう……」
ノエルは枕を胸に抱きしめながら急にドギマギしだし、リナも頬を掻きながら微妙に視線を逸らしている。一瞬にして変わった空気に、かれんはキョトンとした表情を浮かべ……その体が、わなわなと震えだした。
「ノエル……人の事さんざん責めておいて、アンタまさか……」
「え? あ、あの、その…………エヘッ♪」
ノエルが小首を傾げ、とびきりかわいらしいポーズで微笑む。しかし。
「『エヘッ♪』じゃなーいっ!」
かれんが怒りにまかせて両腕を振り上げると、両手足を戒めていた水色のリボンがブチッと弾け飛ぶ。かれんはベッドから立ち上がり、ノエルの前に仁王立ちした。その特徴ある巻き毛が怒気をはらみゆらゆらと浮き上がって揺れている。
「あ、あはは〜っ、かれん、怒っちゃいやん。ねっ?」
「………………」
ノエルが下から覗き込むようにかれんを窺い見るが、俯いていて表情はよく見えない。だが、闘気で舞い踊る髪と握り締められた拳をみればその心中は用意に窺い知れた。
「あ、あ〜っ……そ、そうだっ。おさんぽ、おさんぽ行くところだったんだっ。……じゃ、行ってきまーすっ」
「あ、こらっ! 待ちなさいよ、ノエルーーッ!」
慌てて部屋を飛び出したノエルを、かれんが物凄い勢いで追いかけていく。
「………………なんだったんだ、いったい?」
一人部屋に取り残されたリナは、肩を落として溜息を吐く。いや、一人ではない。
「…………まだ寝てるし」
リナはベッドに腰掛け、あれだけの騒ぎの中もスヤスヤと眠り続けていた波音の頬をチョンチョンとつついた。
「んふふ……太郎ちゃん、渚……みんな、ありがと〜…………わたし、さいこうの……マーメイドプリンセスに……なった……の…………むにゃむにゃ」
その寝顔は、どこまでも幸せそうであった。
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