あの後、二人仲良く意識を失ってしまったようで、ポップが目を覚ました時、ダイはその横で気持ちよさそうに眠っていた。無意識だろうか、相手の腕がまるで、自分の身体を包み込むかのように回されている。その事に気付いたポップは、そっと笑った。
こうしていると、兄弟仲良く眠っているようにしか見えないのに、その実、一線を越えてしまった仲なのだと、一体誰が気付くだろうか。そう思うと、笑いがこみ上げて来る。
首を伸ばして、ダイの髪に唇で軽く触れると、ポップは相手を起こさないようそっと、その腕から抜け出した。
「っ……」
動いた衝撃で、鋭い痛みが身体を打つ。本能的に息をつめてやり過ごした。暫くそうして、痛みが通り過ぎるのを待つ事にする。
「んんっ、ポップ……」
不意に名を呼ばれ、驚いたポップは身を硬くする。物音を立てないようにダイの様子を覗き見ると、口元をもにょもにょと動かしているのが目に入った。その後、目覚める事無く機側正しい寝息をたてる相手に、ポップは胸を撫で下ろす。
「脅かしやがって……」
幸せそうに眠るあどけないその表情に、ポップは頬を緩ませた。
ダイの寝顔を暫くの間眺めていたポップであったが、簡単に衣服を羽織ると、小さく浮遊移動呪文を唱え、洞窟の外へと出る。
あの時、降り続いていた雨は、すっかり上がっていた。頭上を覆う緑のせいで、ポップから見ることは叶わないものの、空は青く晴れ渡っている事が、用意に想像できる。その証拠に、木々の隙間を縫って、幾筋もの日の光が森に差し込み、草葉を伝う雫が、その光を受けてキラキラと輝いていた。その眩しさに目を細めつつ、木漏れ日の中をポップは浮遊したまま進んでゆく。
暫くして、洞窟からそう遠くもない場所に水辺を見つけたポップは、その水で身体を清め、衣服を整えると洞窟へと戻り、未だ目覚める気配のないダイの傍に転がった。
身体が休息を求めている。目を閉じると、心地よい睡魔はすぐに訪れた。
□□□
次に目を覚ますと、傍にいたダイの姿が消えていた。気配を探ってみるものの、洞窟内に相手の気は感じられない。いたはずの場所に手で触れてみると、温もりはすでに失われていた。
自分はどうやら、かなりの時間眠っていたらしい。先ほどの失敗を踏まえて、ポップはゆっくりと上体を起こした。裂傷した下肢に違和感は感じるものの、さほど辛さはない。元通りとは言えないが、身体を休めた事によって、体力が回復しているようだった。
「ポップ起きた?」
声をかけられ、その方向を見れば、満面の笑顔を浮かべたダイの姿があった。その腕には、沢山の果物らしき物が抱えられている。どうやら、自分が寝ている間に、洞窟の外へ行っていたようだ。危なげない足取りでやってくると、すぐ傍に胡座をかいて座り込む。もの凄く上機嫌に見えた。
「お腹空かない? 雨がやんだみたいだから、近くの木から貰ってきたんだ」
そう言って、にっこり笑ったダイは、その一つをポップへと差し出す。何も考えず、反射的に受け取ってしまったポップは、それをマジマジと見つめた。
一見林檎のようにも見えるその実は赤く、瑞々しかった。顔に近づけると、ほのかにたつ、甘い香りが鼻孔をつく。試しに齧り付いてみると、口いっぱいに甘味のある果汁が広がった。
「あ、美味い……」
「本当?」
その様子を見守っていたダイは、ポップの正直な感想を聞いて、嬉しそうな笑顔を浮かべる。そして、「適当に食べてね?」と言い置いて、自分も一つ手に取り、かぶりついた。
知らず腹が減っていたのだろう、二人は瞬く間に果物を胃に収めてゆく。その間、示し合わせたかのように、言葉を交わすことはなかった。
昨日の事を思い出し、火照る顔を俯かせ、ポップは果物を食べる事に専念する。自分から誘うと言う、大勝負をかましてしまったという事実に、恥ずかしさを覚えずにはいられなかった。
そっと、横目でダイの方を窺い見る。昨日の様子とは打って変わった、清清しい表情を浮かべ、口を動かす事に必死な相手の姿があった。その旺盛とも言える食欲に呆れつつ、だんだんと落ち着きを取り戻していったポップは、口元に笑みを形作り、手の中の果物を片付けてゆく。そして腹がいっぱいになったところで、各々旅支度を整え始めた。
「……ポップ、平気? なんなら、おれ……お前のこと背負って――」
「いいってば。歩きづらかったら、トベルーラするし。それによ、よく寝たから体調はいいんだ」
「………でも」
ダイは心配そうにこちらを見ている。身支度を手早く整え、火の後始末をし終わった相手は、のろのろとした動きで支度を続けるこちらの様子が気になって仕方なかったのだろう。申し訳なさそうな面を下げて、今にも手を貸したそうにしていた。
ポップは苦笑し、ゆっくりとした動作で立ち上がる。
「あーんじゃ、荷物持ち。おれ手ぶら……オーケー?」
こくこくと頷いたダイは、ポップの分も合わせて己の荷物を抱え込んだ。軽々と持ち上げるものの、それでも納得がいかないのか恨みがましい目を向けてくる。こんなところだけ妙に頑固で融通の利かない相手に、ポップはこっそりと溜息をついた。
「わーった、わーったよ。辛くなったら、お前の世話になってやっから」
「本当!?」
「あぁ、おんぶに抱っこ。なんでもさせてやっから……」
その言葉にダイの表情が太陽のように輝く。その眩しい笑顔に目を細め、ポップはしばし見入った。暗い表情など、ダイには似合わない。これからも、ずっと笑顔を絶やさないままでいて欲しいと、切に願う。だから、ポップはダイに告げる。
「ダイ」
「なに?」
笑顔のまま不思議そうに首を傾げるダイ。
「お前は……なんでも一人で背負い込むな。一人じゃないんだぞ? おれが……おれ達が、何のためにお前の傍にいると思ってんだ」
ダイの顔から一切の表情が抜け落ちる。ポップは相手の瞳を真っ直ぐ見つめながら、言葉を紡いだ。
「魔物を殺したくないかもしれない。でも、誰かがやらなければ、人々が襲われ悲劇が生まれる。だから殺さなければならないんだ。それでも、お前は魔物の命を奪う事が罪だと言う。なら――」
そんな事は、間違っているのかもしれない。魔物達に罪の意識など、ないに等しい。けれども、誰かがやらなければ、誰かが犠牲になって誰かが悲しむのだ。偽善と言われようが構わない。魔物達の襲来により、親を亡くした子や、子を亡くした親達の姿をみかけるたびに、ポップの胸は張り裂けそうなほどの痛みを訴えた。そんな光景を少しでも無くすために、自分に出来る事の最善を尽くしていこうと思う。
ポップはダイに向かって、力のかぎり腕を伸ばした。ダイの視線がその手に注がれる。
ポップの口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
「なら、おれが一緒に背負ってやるぜ。その罪も、受ける罰も……お前の半分、おれに寄越せ」
「………」
「地獄にだって、一緒に堕ちてやる。だから、だから……」
言いたい事はたくさんあった。けれど、その大半は上手く言葉にする事が出来ず、ポップはもどかしい気分になる。そんなポップの目に飛び込んできたのは、ダイの柔らかな笑顔。
「ありがとう……ポップ。おれ、お前となら………どこまでも、いける気ががするよ」
ダイの瞳に、もう迷いはなかった。
「行こう、ポップ! ゴメちゃん達が待ってる」
差し伸べられた手を掴み、しっかりと握り締めたダイは、ポップを促した。頷いたポップは足を前へと進ませる。
ポップの心は決まっていた。けれども、ダイにこの想いは伝えない。伝える必要はないのだ。言葉など、いらない。
もしもこの手が、再び自分に伸ばされた時、自分は迷わずその手を取るだろう。
恋ではない、愛ではない……この想いにつける名前など、ポップには考え付かなかった。それでいいと思う。自分が分かっていれば、それでいい――
ダイの答えも聞かない。
繋がれたこの手こそ、何よりの証だから――
−完−
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