Un tournesol 拍手お礼SS その3

お父さんは心配性。 その1

−マスター−

注意:マスター一人称/独白
 ……心配だ。
 気前良く送り出したものの、ものすごーーく心配だ。

 俺は朱里と夜店を冷やかしながらも、どうしてもある一点が心を独占していた。
 変な事はされてないだろうか。
 変な奴らに絡まれてないだろうか。
 困った事になってないだろうか。
 なまじ男の子にしては綺麗な顔立ちをしているだけに、あの姿でこんな浮き足立った奴らが多く集う場所に出かけていって、本当に大丈夫だったんだろうか。
 直輝くんが着いてる、とは言え、彼もまたどこか剣呑な雰囲気を孕んでいる。
 あの雰囲気に惹かれて、危険な人間が近寄って来ないとも限らない。
 ……と言うか。
 あの子が惚れた子なら応援してやりたい。
 そう常々思っていた。
 だが、なんというか……。
 実際にその本人を目の当たりにすると諸手を上げて応援しようと言う気が、直輝くんには申し訳ないが、少しばかり縮んでしまったのは何故だろうか。
 彼は、いい子だ。
 あの子が選んだ男なら、きっと間違いはないだろう。
 なのに。
 何故だろうか。
 どうにも、心配でならない。
 あぁ、本当に大丈夫だろうか。
 変なことになってなければいいが……。
 そんな心配や不安ばかりが脳裏に浮かんでは、消えていく。お陰でこの賑やかで楽しい筈の祭りを純粋に楽しめずぼんやりと流してしまう。
 上手く落ち合うことが出来れば守ってやる事も出来るのだが……。
 そう思い、その辺にあの子がいないかどうか視線を走らせる。
 だが、一年に一回の花火大会は例年にない人手で。
 見回した風景全てが人で埋め尽くされているこの状態に、俺は小さく溜息を吐く。
 この人手では早々あの子を見つける事は難しいだろう。

「あなた。」

 そう思っていると、朱里がくすくすと笑いながら俺に声をかけてきた。
 その声に朱里の方を向くと、すこぶる意地悪な顔で俺を見ている。

「何だ。」
「心ここにあらず、って感じね。……そんなに蒼衣ちゃんの事が心配?」

 くすくすくす……と楽しそうに笑いながら俺の顔を覗き込む。朱里の意地悪に歪む顔を見下ろしながら、俺は小さく肩を竦めた。

「お前は心配じゃないのか? あんなに気合の入った化粧まで施して……。変な奴らに目を着けられて絡まれたらどうするんだ。そうでなくても蒼衣くんは……。」
「あら、直輝くんが着いてるもの。大丈夫よ。変な人達は蒼衣ちゃんに近づく事も出来ないわ。」
「……どうだか。彼自身がそいつらを呼び込む危険性だってあるかもしれないじゃないか。」

 俺が心配に思っている事をそのまま口に出すと、朱里はまた狐のように瞳を細め意地悪な顔で笑った。そして、俺の心配がどれだけ杞憂なのか、と言外に忍ばせてそんな風に言い切る。
 朱里のやたらに自信満々な言葉に、俺はまた小さく肩を竦ませ、直輝くんの不満を少しだけ表に出してしまった。
 それが不味かった。
 朱里は俺の顔をまじまじと見返した後、にまり、と嫌な笑い方をする。

「……なんだよ。」
「すっかり蒼衣ちゃんのお父さん気取りね。」
「悪いか?」
「別に悪くはないわよ。私だってあの子は可愛いもの。……でも、だから、あの子の幸せはどんな形であれ、応援するって決めたんじゃい。それなのに、いざ彼氏が出来たからって、やきもちでそんな風に彼氏を批判するのはどうかな〜って思っただ・け。」

 最後の、だけ、と言うのをやたらに強調して、朱里は少しだけ俺に冷ややかな視線を向けた。
 そりゃ解っているさ。
 あの子の今まで生い立ちを考えたら、あの子はこれから先幸せにならなきゃならない。
 だから、あの子が幸せになるのなら、それがどんな形であっても応援する。
 それが俺と朱里があの子に初めて会った時に取り決めた事。
 だが。
 あの子は確かに直輝くんを好きみたいだが、直輝くんはそこまであの子の事を想っていないような気がする。
 両想いで、尚且つ、直輝くん自身からもあの子を大切にする、と言う意思が感じられれば、そりゃ、俺だって彼との交際には反対はしないさ。
 しかし今日見た限りじゃ、今まで俺がからかって来たまんま、明らかにあの子の片想いじゃないか。
 まぁ、確かに直輝くんは俺に、あの子を泣かさない、と約束はしてくれた。
 だが、大切にするとは一言も言ってない。

「……俺は、直輝くんが今のままならこの交際は反対だ。」

 朱里の言葉と、そして今日初めて会ったあの子の想い人との会話を思い出しながら思わずムッとしてそう言い返す。
 すると、朱里はちょっと驚いたような顔をして俺をまじまじと見た後、ころころと笑い出した。
 何故朱里がそんな風に楽しそうに笑うのか解らず、俺はますますムッとしてしまう。

「何故笑う。」
「あら、だって……ぷ、くすくす……、本当にあなたって上辺だけしか見てないのね〜って思って……くすくす、……あぁ、可笑しいっ。」

 ころころからケラケラに変わり、朱里は立ち止まって笑いながら俺を笑いすぎて涙で少しだけ潤んだ瞳で見上げる。
 そして、俺がますますムッとしたのを見て取ると、まるで機嫌を取るように俺の腕にその腕を絡ませた。

「……あなたと直輝くんって良く似てるわよ。だから、きっと大丈夫。直輝くんは、きっとちゃんと蒼衣ちゃんをあの子なりの視点で見てるし、大切にしてるわよ。」

 うふふ、となにやら意味深な笑い声を漏らし、朱里は俺に甘えるようにその頭を擦り付けてくる。
 そんな朱里の言葉に俺は顰め面をしながらも、それでも、朱里の言葉にも一理あるか、と少し思いなおす。
 あの時、直輝くんはあの子の事を泣かさないと俺に言った。言い切った。
 そして。

 あいつと一緒に居るとなんかすっげぇ楽しいんですよ。

 爽やかにそう笑って言ったあの言葉に裏には、あの子を大切にしたい、と言う想いが込められていると信じて。
 そんな事を思っていると、空が突然明るくなった。
 ドーンッと言う音共に空には大輪の華が咲く。

「あら、あなた花火始まったわよ。やっぱり綺麗ねぇ〜。」

 朱里が空に浮かぶ華を見上げながら、楽しそうな声色でそう少しはしゃぐ。
 その声につられて俺も空を見上げ、どこかであの子達もこの空を見上げて喜んでいるんだろうか、と思う。
 願わくば。
 あの子がこの空を見ながら、直輝くんと共に幸せな笑顔をしていればいい。




 翌日。
 蒼衣ちゃんは、珍しく遅刻ギリギリに店に滑り込んできた。
 裏口から、ごめんなさ〜い、と慌てたような声で俺達に謝りの言葉を述べた後、どたどたと二階に着替えに上がる。
 そして、恐らく超特急でこの店の制服に着替えて化粧もして彼は降りてきた。

「おはよう。どうしたんだ、珍しいね。」
「あ、えと……夕べ夜更かししちゃって……。」

 俺がそう声をかけると、蒼衣ちゃんは困ったような、照れたような顔でそう何か誤魔化すような響きを持って遅刻しそうになった理由を述べる。
 その言葉と声の響きに、俺はん? と思い、蒼衣ちゃんをまじまじと見た。
 すると蒼衣ちゃんの華奢な首に、似つかわしくない絆創膏が何枚か貼ってあり、ますます、ん?、となる。

「どうしたの、それ。怪我でもしたの?」
「っ、あ、あ、あのっ、む、虫に刺されちゃって……っ! 掻いたら、その……っ、血が出たから……っ。」

 何気なく聞いた言葉に蒼衣ちゃんはいつになく過剰反応を返す。
 本当に蒼衣ちゃんは嘘が吐けない。そこが可愛いところでもあるのだが、なんとなく不穏なものを感じ更に追求しようとすると、朱里がひょいっと俺の後ろから出てきて、蒼衣ちゃんの前に立った。

「はっはーん……さては、昨日直輝くんとイクとこまでイっちゃったのかしら〜?」

 そんなからかい交じりの意地悪な言葉を蒼衣ちゃんにかけ、朱里は真っ赤になった蒼衣ちゃんが反応を返す前に、えいっ、とその首筋に貼っていた絆創膏を一気に剥がした。
 流石に、おいおい、と思い、朱里の行動を咎めようと口を開きかけたが、その前に朱里の行動に驚き固まってしまっている蒼衣ちゃんに目が行き、俺は蒼衣ちゃん同様固まってしまう。

「……あらら〜……。」

 しかも絆創膏を剥がした張本人も少し困ったように、そんな声を漏らした。
 だが朱里のその声に蒼衣ちゃんよりもいち早く俺の呪縛が解ける。
 そして俺は。

「あの男をここに呼べーーー!! 成敗してくれるーーーーっ!!! 許さんっ!! 許さんぞーーーーっ!!!!」

 頭に一気に上った血液と共に、そんな事を叫んでいた。
 可愛い可愛い一人娘を汚されたような、そんな怒りではらわたは煮えくり返り、俺は朱里が止めるのも聞かず蒼衣ちゃんの手にある携帯電話を奪うと、馬の骨に電話をかける。

「まっ、マスターーっ!! 止めて、止めてくださいーー!!」
「ちょ、あなた、それはダメだってーー!!」

 蒼衣ちゃんと朱里が一斉に俺を止めようと飛び掛ってきたが、俺は怒りのまま蒼衣ちゃんの携帯電話を握り締め離さない。
 るるる……るるる……と数回の呼び出し音の後に、漸く通話ボタンを押した音が聞こえてきた。

「……どうした〜、忘れもんでもした?」

 電話向こうに聞こえてきた間の抜けた声に、俺の怒りの沸点はあっさりと超える。

「よくも俺の娘を傷も……もごっ○△×□$〜〜〜っ!!??」
「わーーっ、直輝くんっ、ごめんっ!! 後でまた連絡するっ!! ……え? あ、あのっ、マスターが乱心して……っ、うん、ごめん、ごめんね……っ!!」

 ありったけの文句を言ってやろうとするが、その途中で蒼衣ちゃんに携帯を奪われ、そして朱里に口を押さえられ、羽交い絞めにされた。
 そして蒼衣ちゃんは電話を握り締めて謝りの言葉を叫びながら、電話に向かってぺこぺこと頭を下げている。
 何故蒼衣がそんな風にあの男に謝らねばならん。謝るのはあの男の方ではないか。
 そう思うと、俺はまたはらわたが煮えくり返るような思いをしてしまう。

「ん、がーーーっ!!」
「きゃぁっ!」

 俺を押さえつけている朱里の腕を振りほどき、また蒼衣の手に握っている携帯に手を伸ばした。
 だが、蒼衣はいち早く俺の手から逃げ、携帯を切り折りたたむと俺が手の出せないメイド服のスカートのポケットの中にそれをしまいこんだ。

「マスター、落ち着いてくださいっ。落ち着いてっ、僕、娘じゃないですからーーっ! それに直輝くん何も悪い事してないですからーー!!」
「許さんっ!! ゆるさぁああああああんんんんんっ……! お父さんはあの男は許しませっーーーがっ!!??」

 俺を宥めようとする蒼衣に向かって許さんを連呼していると、後ろから朱里に思いっきり叩かれた。
 多分、厨房においてあったフライパンで。
 ゴーーーーンッと言う酷く鈍い金属音が頭の中を鳴り響き、俺はそのまま厨房の床に倒れこみ、そこで記憶が途切れた。



 結局、俺が記憶を取り戻して落ち着いた後、蒼衣は俺と朱里に直輝くんとの関係の馴れ初めから話をしてくれた。
 それを聞いても俺はとてつもないショックを受けた。
 いや、蒼衣の過去を振り返ればそれもありうるかもしれない、とは思う。
 思うが……。
 だが。
 蒼衣。
 何故にそこでその選択肢が出てくる。
 そして、なんであいつもそれを受け入れる。
 その上、なんでこの関係を続けている。
 もう、なんというか。かんというか。
 蒼衣の世間知らずっぷりに俺は脱力し、それになにより、そんな曖昧なままそんな濃い関係をあの男ともう後戻りできないくらい深く築いてしまっている二人に、俺は怒りを通り越して呆れてしまった。
 しかも何故かその話を聞きながら朱里が妙に乗り気になり、キラキラと瞳を輝かせて蒼衣とあの男との関係を応援すると力説して居る事の方も問題だ。

「……とにかく。俺はこんな不純同性交遊など断固許しません。蒼衣は、俺にとってはもう息子のようなものだ。だから大切な息子を恋人でもないのに、なるつもりがあるかどうかも解らないのにそんな不埒な行為に及ぶ男は許しませんっ。」

 なんだか勝手に盛り上がっている朱里にも釘を刺すつもりで、俺はそうはっきりときっぱりと宣言してやる。
 すると、朱里がじっとりと嫌な眼で俺を睨んだ。

「ふ〜ん……そんな事言うんだぁ〜。あなたが〜? へぇぇえええ、えらくなったものねぇえええ???? アタシと付き合ってた癖にアタシ以外にも同時進行で大勢手を出しまくってきたあなたがねぇぇえええ……へぇえええええ???」

 凄く嫌な声色で俺を睨みつけながら、もんのすんごく嫌な笑みをその唇に浮かべてそんな風に俺を批判してきた。
 なんとも言い難い迫力と若気の至りを今更ながらに穿り返されて、俺は座っていたソファから体を浮かす。
 だが、朱里はじりじりと俺に近づいてきて、俺との馴れ初めから結婚までの行動をちくちくと蒼衣の前で責め始めた。
 結局、その場は朱里の皮肉と怒りとでそれ以上蒼衣に釘を刺す事が出来ず、お客さんも来店し始めて、なし崩し的に俺達は二人の交際を見守ると言う事になってしまった……。
 だがっ、俺は密かに決意する。

 あの男がこの店に現れたら、塩をまいてやる。説教をしてやる。と。

 それが俺のせめてもの意思表示だ。
 しかし俺のそんな決意をまるで嘲笑うかのように、あの男は時折この店に当たり前のように現れるようになった。
 俺がどんだけ追い出しても、塩を捲いても、蒼衣と朱里が結託してあの男をすぐに店に入れてしまう。
 あぁ、もう。
 本当にこう言うのを、親の心、子知らず、って言うんだ。
 はぁぁああ。
 全く、俺はこの子達の行く末が、本当に本当に心配で心配で堪らない……。


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