Un tournesol 拍手お礼SS その4


高鳴り

−直輝−

注意:直輝一人称/独
 驚いた。
 バイト先のバックヤードから出てきた蒼衣を見て、本当に驚いた。
 てっきりいつもみたいな、普通の、地味な、あの男の姿ででてくるものだとばっかり思ってた。
 だから。
 その姿は。
 俺の予想の範疇を大きく超えていて。
 あまりにびっくりしすぎて、目の前に立つ蒼衣に対して何のリアクションも取れなかった。
 だからか、蒼衣はそのアイラインとマスカラで彩られた瞳を不安で潤ませ、顔を今度は羞恥で真っ赤に染め上げて、俺にごめんなさいっ、と謝って俺の前から消えようとする。
 慌てたのは俺の方だ。
 急いでカウンターを回り込み、厨房から出てきたマスターにぶつかってそこから先に進めなくなってる蒼衣の細い腕をがっしりと掴む。その俺の手をマスターと勘違いして、離して、と訴える蒼衣だったが振り返って俺の姿を見て、驚きで固まってしまった。
 だが、俺の顔を見て俺が怒っているとでも勘違いしたのか、蒼衣は更に謝りの言葉を述べ、着替えてくる、とまで言い始める。
 その瞳は、本当に涙目になっていて。
 素直に、蒼衣への感想を口にできない自分が少し情けなかった。
 だが、周りにはマスターとマスターの奥さんの目もあり、どうしても俺は蒼衣に素直に、綺麗だ、とは言えない。
 必死になって俺の手を振りほどこうとしながら、急いで元の恰好へと戻ると言っている蒼衣に、俺は結局ぶっきら棒に「待てねぇ」だなんて言ってしまった。
 言った後に、しまった、とは思う。
 案の定蒼衣は俺の顔を見て、更に泣きそうに顔を歪めた。
 そんな蒼衣に、だが、俺はやっぱり素直になれなくて、ただ無言でその手を強く引っ張る。
 驚いたような顔をして、俺を見て、蒼衣は、いいの、なんて聞いてきた。
 当り前だろう。
 そう言って笑えばいいのに。
 そんな簡単な言葉。そして、安心させる微笑み。
 だが、何故かそれを言うのが、笑うのが恥ずかしくて、俺は無言でその手を更に引っ張る。そんな俺に、いいの、と聞いてくる蒼衣に、また反射的にぶっきら棒に高圧的に、行くぞ、四の五の言わず着いてこい、なんて勝手な事を言い放って蒼衣の手を無理矢理に強く引っ張った。
 俺の無茶苦茶な言い分に、だけど、蒼衣は少し納得したのかもしれない。
 抵抗する力は弱まり、マスターとマスターの奥さんの声を背に、蒼衣は俺の後を着いてきた。



 本当は、驚いただけじゃない。
 本当は、見惚れていた。
 あまりに、蒼衣が綺麗で。
 あまりに、浴衣姿が似合ってて。
 あまりに、扇情的で。

 心臓が、酷く高鳴った。



 折角の、夏祭り。
 折角の、花火大会。
 楽しみにしていた、初めてのイベント。

 しかし、俺はそれどころじゃなかった。
 隣に今まで見た事ない位綺麗な蒼衣が並んで歩いている。
 いつも俺に見せる女装姿とはまた違う、色っぽさの増した蒼衣。
 いつもの蒼衣が白だとすると、今目の前に居るのは小悪魔っぽさを前面に出した艶やかな赫。
 化粧を施したのが蒼衣自身ではなく、マスターの奥さんだと聞いて、この色っぽさの理由が解る。
 赤みの強い、艶やかに色の乗った口紅が言葉の形に動く度、心臓が強く脈打つ。
 綺麗に引かれたアイラインと、マスカラに彩られた瞳が嬉しそうに微笑む度、更に心臓が壊れそうなくらいドクドクと高鳴る。
 こんな感情、胸の高鳴りを覚えたのは初めてだ。
 そして、気がついた。
 人ごみの中、蒼衣を見詰める人の多さに。
 背が高い事もある。
 そして、そこらへんの女よりもよっぽどしなやかな仕草や動作をする蒼衣。
 化粧でますます綺麗になってるその顔。
 そのどれもが、男も、女も、とにかく周りの人間の視線を集めた。
 恐らく本人は全然気が付いていない。
 羨望と嫉妬と欲情と野卑た視線に。
 女どもの視線の大半は嫉妬に近い羨望。
 男どもの視線の大半は欲情に塗れた羨望。
 女どもの視線は実際にはどうこうするものでもないから、気にしない。
 だが、男どもは。
 すきあらば取って食おうとでもするかのように、じろじろと蒼衣を見詰め、俺に睨みを利かせてくる。
 その男どもの視線を睨みで返しながら、牽制しながらの祭りは、当然のことながら楽しいものではなかった。
 そのせいか。
 俺の横で最初ははしゃいだようにきょろきょろとあたりを見ながら楽しんでいた蒼衣が、いつしか元気なくその背中を小さくしていた。
 蒼衣自身も口数が少なくなり、俺自身も周りを牽制する事に意識が行っていてそんな蒼衣を気遣う余裕などなかった。
 それが不味かった。
 俺がちょっとトイレで蒼衣の傍を離れただけで、まるで灯りに集まる蛾のように蒼衣にはわらわらと女に飢えた男どもが集まってしまう。慌てて俺が戻って来たころには蒼衣はすっかり男達に囲まれ、困ったような表情をしながら、ごめんなさい、を繰り返していた。
 恐らく蒼衣自身はそれらの男達がナンパをしているなんて思いもしていないのだろう。
 おろおろと困ったように視線を泳がせ、声をかけてくる男達にひたすらごめんなさいを繰り返している。
 俺が戻って来た時、俺の姿を認めた時の蒼衣のあの安堵した表情。
 それを見て俺は決心をした。
 こんな風に人の多い場所で蒼衣を一人にさせてはいけない、と。
 そして、出来れば一刻も早くこの場所から遠ざかって欲に塗れてギラギラと光る瞳を持っている男達から遠ざけなければならない、と。
 だから俺は、蒼衣をナンパしている奴らを追い払った後、蒼衣を別の場所へと誘導した。

 最初は下ごころなんてなかった。
 ただ、蒼衣が他の奴らにそういう目で見られるのが嫌だっただけだ。
 ただひたすらに、人気のない所へ。
 人目のない所へ。
 蒼衣と二人っきりで花火が見られて、落ち着ける場所へ。
 そんな思いに駆られて、前にチラリと伝え聞いていたある神社へとやってきた。
 だから、その場所がどういう目的で使われている、なんて暫くは思いだせなかった。
 着いた当初に脳裏にあったその場所の情報は、人気がなくて、静かで、恋人同士ならゆっくりと出来る。その程度だ。
 だが、蒼衣と二人、恐らくこちらに座れば花火が観れるだろうと言う場所に腰を据えて落ち着くと、不意に、この情報を教えてくれた友人のもう一つの言葉を思い出した。

 青姦神社。

 この神社の名称である青守(あおかみ)神社をもじって付けられた、この街で暮らす人達なら知っている通称。
 まったくもってこの神社を管理している奴らにとっては甚だ不名誉なその通称に、しかし、若い恋人達の中で野外プレイを試みる奴らが夜な夜な出没するらしい為、結局それはそのまま若い人間の間では公然の秘密となっている。
 それを思い出して、隣で何か妙に落ち込んだような風情で小さくなっている蒼衣に悪戯をしかけ始めた。



 嫌々、と顔を振る蒼衣に、悪戯は悪戯で済まなくなってしまう。
 そうでなくてもセックスを始めると妙な色気が纏う蒼衣が、この状況に緊張し、不安になり、そして妙に興奮し始めているのを感じてしまえば後はもうなし崩し的だ。
 可愛く控えめな声で喘ぐ蒼衣をもっと喘がせたくなり、更に大胆に蒼衣の体を浴衣の上から弄る。
 ダメだよ……、人に見られたら通報されちゃうよ……、そんな蒼衣の声は無視して、蒼衣が俺を求めるように仕掛けて行く。
 だが、蒼衣の言葉を笑い飛ばした俺に、蒼衣は酷く驚いたような、意外そうな顔をした。
 その顔を見て直観的に蒼衣が俺の言葉を信じていない事に気が付く。
 そもそも、蒼衣は普段鈍感な癖にこういう時だけはやたらに鋭い。俺がこの場所がその為の場所だと知った上で言い放った言葉に、蒼衣はまるで俺が実際は見られて困ると思っていると思ったのだろう。
 確かに、蒼衣とこうしていちゃついている姿を人に見られるのは、不味いとは思っている。
 だが、それはあくまでも蒼衣の可愛い姿を俺以外の人間に見せるのが嫌なだけだ。
 俺自身は蒼衣とのこの関係が無関係な人間にどれだけ見られようと驚かれようと本気でどうでもいい。
 そんな事を思っていながら蒼衣にそれを追及していると蒼衣は必死になって否定する。その否定の仕方がまた完璧に俺が人目を気にする男だと、そう語っていて、思わず蒼衣を睨んでしまった。と、不意に、蒼衣のバイト先でマスターに聞いた言葉を思い出す。
 男のお客さんに告られて蒼衣が困っている。
 と、言う事は、だ。
 つまり蒼衣は、俺が傍に居ない間、あの店でバイトしている間、他の男どもにそーいう目で見られているってことか。
 今更ながらにその事実に気が付き、俺は、今ここで自分自身の事を蒼衣に追及している場合ではないと思い知った。
 もし、俺がはっきりと蒼衣に、蒼衣に対する想いの答えを言わない間に、俺の知らない誰かに蒼衣を奪われるかもしれない、と言うその可能性に思いつく。
 蒼衣にその事を尋ねてみれば、蒼衣は相変わらず他人の恋愛感情には疎いらしくそれらの告白を全て冗談だと受け流していたらしい。それらが本気だと知れば、きっと流されやすい蒼衣は、下手したらそいつらにもこの可愛い顔やあの笑顔を向けるかもしれない。
 それだけは、――結論を先延ばしにしてこういう行為を蒼衣に強いている俺が言うのも勝手な話だが――、なんとしてでも阻止しないといけない。
 だから、蒼衣の首筋に。
 わざと目立つ場所に。
 魔除けの、赤い印を、くっきりと付けた。



 本当、勝手な話だよな。
 肝心な事は蒼衣にひとっことも言わないで。
 こんな風に、ただただ自分勝手に蒼衣に寄ってくる虫どもを排除しようとする。
 そんな自分の自分勝手さが、少しだけ憎かった。
 それでも、目の前でいやらしい顔をして俺の誘いに乗った蒼衣を見ていると、独占欲が後から後から湧きだしてくる。
 好きだとも、愛している、ともまだ伝えれない俺に、それでも顔を紅潮させ、いやらしい顔で俺を求めて、身悶える蒼衣は、確かにその全身で俺を受け入れ、受け止めていた。



「蒼衣。また、来年も来ような。」

 野外でのやたらに興奮したセックスを終えた後、周りから聞こえる他の恋人同士の喘ぎ声に顔を真っ赤にして俯いてしまった蒼衣に、そう、伝えなきゃいけない言葉を、違う言葉に変えて伝える。
 だが、ちょうどタイミング悪く大空に大きな大輪の華が、ドーンッ!、と言う音を響かせて咲いた。俺の声は、その音に掻き消され、蒼衣には残念ながら届かなかった。
 それでも、目の前で初めて花火を見たように嬉しそうにはしゃぐ蒼衣を見ていると、また後で伝えればいいや、と言う気持ちになる。
 隣にこうして蒼衣が居る事が、不思議と俺の心を穏やかにさせて行く。色とりどりの光が暗い空にちりばめられ、空に浮かぶ星ぼしとの境目をなくして、何度も何度も浮かび、そして、消えて行った。
 空に花咲く大輪の花火を見上げながら、このまま二人だけの時間が続けばいいのにな、なんてガラにもない事を思う。
 と、横から蒼衣の視線を感じ、隣を見れば、妙に真剣な表情で俺を見詰めている蒼衣と視線が絡まる。
 どした、なんて聞くと、蒼衣は照れたように、えへへ、といつもみたく笑い、そっと控えめに俺の肩にその頭を乗せてきた。
 肩に感じる蒼衣の頭の重さ。
 それが妙に心地よくて、蒼衣の言葉に俺は一も二もなく頷く。更に蒼衣の頭を少し強めに自分の肩に寄せる。
 俺の無茶ですっかり髪留めが取れてしまい、少し汗で湿った蒼衣の髪が俺の肩と首にかかった。その感触が少しくすぐったいな、と思っていると、蒼衣の手が俺の手を取り軽くその手のひらにキスをされる。薄く触れた蒼衣の唇の柔らかさと、吐息に、俺の心臓はまた馬鹿みたいに高鳴る。
 ありがとう、と照れて笑いながら俺にそう言いながら、もう一度俺の手にキスをする蒼衣が、抱きしめたくなるほど可愛かった。
 だがその衝動を必死になって抑えつける。
 今さっき蒼衣を抱いたばかりだっつーのに、俺の下半身は心臓の高鳴りと連動するかのように血液を集めていた。
 しかし、それを蒼衣に気づかれるのは不味い。
 だがもう一度、嬉しそうに、ありがとうね、と言う蒼衣はやっぱり可愛くて。
 でも、どこか寂しそうで、不安そうで。
 その不安と寂しさの原因が自分だと解っているだけに、俺はただ蒼衣の手を強く握りしめ、大丈夫だ、とでも言うように蒼衣の頭に軽くキスをした。

「また、来年も来ような。花火見に。」

 そして、先ほど伝えそびれていた言葉をはっきりと蒼衣に伝える。
 これで少しでも蒼衣の中にある不安が消えればいいと思いつつ。
 そしてその思いは通じたようだったった。
 蒼衣の表情が、解り易い位明るくなる。
 この言葉は正解だったな、そんな風に自画自賛をしていたが、だが、すぐに蒼衣の瞳が戸惑うように揺れた。
 まだこの期に及んで蒼衣には様々な不安が胸の中にわだかまっているらしい。
 不安そうに、僕となんかで本当にいいの……、なんて愚にもつかない馬鹿な質問をしてくる。
 それに対して一瞬呆れてしまい、反論しようかとも思ったが、それは止めた。
 蒼衣は俺とは違い繊細なんだ。そもそもがあんな生い立ちを背負っていれば俺の言葉を疑いたくもなるだろう。
 だから、俺はただまっすぐに蒼衣を見て、今自分が思って感じた事を素直に伝えた。



 蒼衣と居ると、知らなかった自分が見えてくる。
 こんなにも他人に対して心が踊る事なんて、今まで一度としてなかった。
 一緒に居て、ただ隣に居るだけで、こんなに楽しいと思う自分にもびっくりしている。
 他の奴に言われても全く響かなかった言葉が、蒼衣が口にするだけでどうしようもなく照れたり、嬉しく感じてしまう自分もいた。
 しかも。
 蒼衣の笑顔を見れば、自分の心臓じゃねーみたいに妙に脈拍が早くなる。
 これが俗に言う、胸の高鳴り、ってやつなんだろうか。
 これが、恋、って奴なんだろうか。
 うっすらとそうは思ってもまだまだ俺はその感情よりも蒼衣に対する欲情の方が上なんだろう。
 だから、まだ、答えははっきりとはしない。
 自分がこんなに優柔不断だと言う事も、蒼衣と一緒に居るようになって初めて知った。
 だが、不思議とそんな自分が嫌だとは思わない。
 蒼衣を待たせている事に関しては、確かに胸も痛むし、罪悪感も感じる。
 しかしこうしてもっと蒼衣と微妙な関係を続けて行ってもいいかも、と心の端で思っている自分もいる。
 いつか我慢が出来ない位蒼衣に対する気持ちが膨れ上がれば、俺の事だから、待たせた事が嘘のようにあっさりと蒼衣に告るだろう。
 それまでにもっと蒼衣の事を知り、自分の新たな面を知りたいとも思う。
 ドキドキしたり、ソワソワしたり、幸せだったり。
 この不確かな胸の高鳴りを、もう少し楽しみたいと、そう自分勝手な事を思った。



「蒼衣。」

 名前を呼べば、笑顔で俺の顔を見る。
 可愛くて、エロくて、愛しくて。
 その全てを抱きしめて、愛し尽くしたいとそう思えるその存在に、俺は確かに、胸の高鳴りを今この時強く感じていた。


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