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NOVEL

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エピソード6 01

注意事項:特になし

 酷く、どろどろとした夢を見ていたような気がする。
 もがいてももがいても出られない泥の中で、僕は必死になってその中から出ようと足掻いていた。
 だけど足掻けば足掻くほど僕の体は泥に捕まり、ゆっくりと沈んでいく。
 誰かに助けて貰おうと手を伸ばすけど、周りにはただ暗闇が重く凝っているだけ。
 それでもどこか一縷の望みを賭けて、僕は誰かの名前を呼んでいた。
 その突き出した手が完全に泥の中に沈む、その瞬間まで。何度も何度も。
 そいつがもう僕の前に顔なんて出さないって解っているはずなのに。
 目が覚めた時に、その不快な夢のせいで気分はすこぶる悪かった。
 相変わらず煌々と白熱灯が灯っているリビングの中で、僕はのそりと身を起こす。
 そして辺りを見渡して、深く諦めの溜息を吐く。
 部屋の中は凄まじく荒れていた。
 床に敷いていた白いラグは血液や精液、汗などで汚く変色し、ぐちゃぐちゃに乱れている。
 ソファも最初置いていた場所とはかけ離れた場所に移動し、部屋の真ん中にあった筈のテーブルも遥か彼方に斜めになって置かれていた。
 そして、そこかしらに散らかっている丸まったティッシュや、使い終わったコンドームの数々。
 それに。
 今まで使った事もなかった、所謂大人の玩具って奴があちらこちらに転がっている。
 ピンクローターに、バイブ、アナルビーズ、エグネマ、オナホール……などなど。
 この余りの惨状に僕はもう笑うしかない。
 野々村達に初めて後ろを犯されてから早一週間。
 そして後二日で、この長くて辛かった冬休みは終わる。
 そうすれば学校が始まり、僕の復讐は成就し、この腐った日常は終わりを告げるだろう。
 そう、野々村達に犯された後のこの一週間は本当に腐った日々だった。
 あの日以降、あいつらは大晦日も正月も関係なく、自分達の性の玩具として僕の体を使って、色々な事を試し始めた。
 どこから仕入れてきたのかは解らないが、さっき挙げたような大人の玩具を使って僕をいたぶり、そして、最後には必ず自分達のその性器を僕の尻に突っ込んでその旺盛な性欲を満足させる。
 あの日からまだ一週間しか経っていないのが不思議なくらい、酷く時間の流れが緩慢で、なかなかこの悪夢とも言える時間は過ぎて行ってはくれなかった。
 実際さっきまで僕はあいつらに好きなように弄ばれていたのだから。
 寝不足か、それともセックスのし過ぎでか、ふらふらする頭と体に鞭を打って、僕は立ち上がる。
 あいつらは多分僕の部屋と客間を占領して寝ているのだろう。
 本当ならあいつらに初めて輪姦された日から一週間後、つまり昨日か今日には、母さんが帰ってくる筈だった。
 だけど母さんは、一昨日の晩、僕の携帯に『仕事の関係で後、一週間、滞在期間が延びたの。ごめんね。』とだけメールで送ってきたきり、音沙汰がない。
 お陰で母さんが帰ってこないって知った野々村達は本当に僕の家でやりたい放題だった。
 母さんが僕の為に置いて行った生活費は使い込むし、僕の家にある物は問答無用で私物のように扱う。ゲーム然り、僕の部屋や客間然り。
 いつもなら母さんが居なくても僕が掃除洗濯をして、清潔に保っていた部屋も今じゃすっかり乱雑に汚れ、荒廃した雰囲気が漂っている。
 こんな状態の部屋に母さんが帰ってきたら一体どんな顔をするだろうか。
 僕の置かれた状況を漸く理解するだろうか。それとも、今までみたいに見なかった事にして仕事に向かうのだろうか。
 そんな事を思いながら人気のないリビングを抜け、僕はぎしぎしと痛む体を引き摺ってバスルームへと向かう。風呂に湯を張る為に。

「……っ、くそ、あいつら、無茶ばっかりしやがって……。」

 体から湧き上がる痛みと悪臭に思わず小さく悪態を吐く。
 そして、とりあえずバスルームに入ると、浴槽に湯を入れるためからんを回す。
 温かいお湯が蛇口から出て居る事を確認すると僕はまたリビングへと戻る為に、バスルームを出た。
 その途中完全に野々村達がそれぞれの部屋で熟睡している居る事をそっと確認すると、僕は、足音を殺してリビングに戻り、部屋の隅に置いてある観葉植物の中に手を突っ込む。そのまま手に触れた超小型ビデオカメラを取り出し、状態を確認した。
 流石に録画内容まではこのままでは確認できない為、僕は一度電源をオフにすると、自分の鞄を引き寄せ、その中から新品のメモリーカードを取り出すとカメラの中に挿してあるメモリカードを取り出し、それを変わりに差し込む。
 そしてまた観葉植物の中へとそれを戻した。
 録画がされているメモリカードは自分の鞄の中にある別の袋に放り込んでおく。
 その後、他にも数箇所同じように設置してあるビデオカメラ全てのメモリカードを入れ替えると僕は漸く体を洗う為に、リビングを後にした。
 バスルームに入り、僕は浴槽の中にお湯がしっかり溜まっている事を確認するとからんを回して湯を止めた。
 かけ湯をした後、体をしっかりと洗う。
 一度目はたっぷりと泡だてたボディーソープを全身に擦り付け、体にこびり付いていた精液やあいつらの唾液、ローション、汗などを洗い流す。
 そして二度目は、手のひらにボディーソープの原液を垂らすとそれを僕の尻穴に塗り込めた。
 ぴりっとする痛みと、傷口がずくずくと疼くような痛みの両方を覚えながら、熱をもったようになっているその入り口からボディーソープを潤滑油代わりにゆっくりと指を中へと挿し込む。
 あいつらに散々玩具やその性器で弄ばれているそこはもうすでになんの抵抗もなく僕自身の指を飲み込んでいく。その事に我ながら呆れたような笑みを口元に浮かべながら、体内に排泄されたあいつらの汚い精液を指で掻き出すようにして尻穴から出していった。
 何度も何度も指をそこに突っ込み、シャワーで洗い流す事を繰り返した後、僕は漸く温かい湯船に体を浸す事が出来た。
 その温かさに思わず僕は、安堵したような深い溜息を吐く。そうする事で体に染み付いている疲れや痛みが引くような気さえした。
 実際あいつらの相手は僕にとっては笹川とするよりも遥かに重労働だった。
 一人対多人数。
 それだけでも大変だというのに、相手は笹川以上にバケモノなのだ。
 野々村は一度突っ込むとやたらに射精までが長いし、いつまでも僕の中を擦り続ける。しかもあの巨根だ。こいつとセックスする度に重い負担が体にかかり、寿命を縮めているような気がする。
 西は短小だがとにかくしつこい。笹川とはまた違ったしつこさでいつまでも僕の体をねちねちと玩具を使っていたぶり続けた。
 沢崎は性器の大きさは平均だが、早漏。それ自体はとても助かる。だけど、こいつもまた西と一緒になって色々な玩具を僕の体に使いたがった。
 あれは本当にウザイ。
 無機質な玩具に与えられる快楽なんて、苦痛以外の何者でもない。
 まぁ、だからって血の通ったこいつらの性器で犯されるのも、苦痛なんだけども。
 そして、コータ。
 コータは、なんというか、他の奴らに比べればあっさりしているというか、余り僕を抱こうとはしなかった。いや、寧ろ抱く気は全くないのかもしれない。
 何を考えているのかは解らなかったが、大方、僕としなくても性的欲求は周りに群がる女の子で満たされているからそれ程僕とのセックスを重要視してないんだろう。
 そのせいか、他の奴らが僕とシていてもコータは後ろの方で本を読んでいたりゲームをしている事が多いし、よく外へふらりと出て行く。そしてそのまま当分帰ってこない事も多い。
 そんなコータが僕とセックスする時は、大体野々村に命令された時だけだった。
 しかも野々村に命令されて僕とシなきゃいけない時も、本当にやる気のない感じで、面倒臭そうにしている。
 それにそういう時は大抵他の奴らがシた後だから、僕の後ろを慣らす必要もなかったし、僕もぐったりしてる時だったからコータは軽く僕のナカに挿入した後は、適当に腰を動かして、射精するでもなく、そのふりをするだけですぐに終わらせていた。
 だからコータとする時が唯一僕は気が抜ける時でもあった。
 相手を感じさせなきゃいけないという気負いもないし、いつまでも相手をしなくていい、とっとと終わってとっとと離れてくれる、そんな気軽さ。それがコータにはある。
 まぁだからと言って別にコータに対して何かしらの感情がある訳では決してなかったけど。
 それでもコータとするのは、楽で。
 それを思うと、もう本当にコータ以外の野々村達の相手は疲れるから、もう嫌だ、という感情しか浮かばない。勿論、コータとだったらシてもいい、シたいって訳でもないけど、あいつらの中では全然マシだったから、するならコータとした方が早く終わるし体も楽でいい、ってだけの話。
 別にコータのセックスが気持ちいいっていうのとはまた別の話で。
 気持ちいいって言えば、やっぱり、僕は笹川とシてた時が一番気持ちよかったような気がするし。
 湯船に浸かりながら、ぼーとそんな事を思っていると頭の中に笹川の顔が浮かぶ。すると僕の頭はごく自然にコータから笹川の事に思考をシフトする。
 ……あいつ、笹川、今なにしてんのかな……。元気にしているんだろうか。
 そんな思いがふと頭の中をかすめた。
 ――そんな事、僕が知ったこっちゃない。
 だけど、あれから野々村や西達が話している事を盗み聞きした限り、笹川は僕が野々村達に始めて口を犯された日以降、本当に家にも帰っていないようだった。大晦日も、正月も家には戻ってきてない、そんな話を一旦僕の家から着替えなどを取りに帰った奴が野々村に話していた。
 ちなみに野々村達のメンバーは毎日、朝から晩までずっと僕の家に居る訳ではなくて、日によってバラバラに来たり、来なかったりする。野々村だけは何故かずっと僕の家に居るけど……。
 それで、野々村以外の奴が僕の家に来ない時に、一応、こいつらなりに笹川の行方を捜しているらしい。
 こいつらが笹川を捜す理由は僕には解らなかったが、こいつらなりに何か考えて動いているらしい。ただ言える事は、こいつらが笹川を捜す理由は決して心配している訳ではないという事だ。
 じゃあ、なんで捜しているんだろう、と僕だって思う。
 だけどそれを僕から聞き出す事はなかなか難しかったし、それを聞くと必ずこいつらは物凄く疑り深い目で僕を見る。
 だからあまりしつこくは聞かず、外に出てた奴が戻ってきて野々村が居ればその報告を野々村の耳に囁いている、その漏れ聞こえる言葉を拾うくらいだ。
 それでもこいつらが野々村に囁く言葉で一番多いのはやっぱり、依然行方不明、それだけで、少しだけ僕らしくもなく胸の中がざわめく。
 別に笹川の安否を気遣っているわけではない。
 ただ、知りたいのだ。
 笹川がどうして行方を眩ませているのか、そうする必要がどこにあったのか、その理由を。
 この寒空の下、何を思って家にも帰らず、どこに行っているのか。そんなアテがあいつにあったのか。
 そして、何が笹川をそういう行動に走らせたのか。
 原因といえば、やはり僕が他の奴等に笹川の目の前であんな風に口を犯された事だろうか。
 だが、僕と笹川の間にはセックス以外の感情的な交流なんてない。
 それにたかが、口、だ。
 今みたいに尻までこいつらに犯されて、その痛みにのたうちまわっている姿を、不快感にえづく姿を見せてた訳じゃない。
 それに、僕がこいつらに犯された所で笹川が失踪する理由になんてならない筈だ。
 さっきも言ったが僕と笹川にはセックスをする、という交流くらいしかない。
 あいつとは確かに二人きりで会っていた間でセックスをしていない時には普通にゲームで遊んだり、話だってしたし、口調なんかもかなりフランクなものにも変化していた。だけど、それは僕がセックスを利用してあいつの上位に立ったからであって、別に心の交流が何か特別あった訳じゃない。
 だから僕が野々村達に口を犯された位であいつが失踪するなんて考えられない。
 じゃあ、なんで? そう思い、笹川が居なくなった理由に対して思考をフル回転する。
 だが、この疲れ果てた中ではたいした結果は導き出せずに、結局僕は溜息を一つ吐くと湯船のお湯を手ですくって自分の顔にバチャッとかけた。
 その時だ。
 突然バスルームのドアが開けられる。
 ガラリ、と音を立てて開けられた事にまず驚き、僕は小さく、ひっ、と悲鳴を上げてしまった。

「……なぁに、びびってんだよ。幸田。」

 視線を上げるとそこには全裸のコータが立っていて、僕が驚いた事が余程可笑しかったのか、その軽薄な美貌を歪ませてくつくつと笑っていた。
 そしてそのまま浴室内に入ってくる。

「な、何……? どうしたの……?」

 狭い湯船の中で僕は体を端に寄せて、近寄ってくるコータを見上げると、コータは細い眉をひょいっと上げると、そのままザブン、と僕と同じ湯船の中に入ってきた。
 ざぁああ……、と男一人分の容量が増えたことで湯船の中の湯が溢れ、外へと零れていく。それを眺めながら、コータはその顔に似合わず、あ゛ー……、なんてオヤジみたいな声を挙げて気持ち良さそうな顔をした。
 しかも何を思ってかコータは狭い浴槽の中、僕の足にその足を絡め、僕を動けなくしてしまう。
 そのせいで僕は浴槽から出るに出られなくなり、この狭い浴槽に男二人で浸かる羽目になった。
 なんなんだろう。
 そう思う。
 だけどコータは特に何を言うでもなく、ただ、気持ち良さそうに風呂の湯を堪能していた。
 そんなコータをじっと見るわけにも行かず、僕は所在なさげに視線を左右に彷徨わせながら、ゆっくりと顔を半分くらい湯に沈めて、小さくブクブクと息を漏らすしかない。

「……僕がお風呂入るの、煩かった……?」

 だけど暫くそうやって二人で無言のまま湯に浸かっていたが、間が持たず思わず僕はそう聞いてしまう。
 するとコータはまたひょいと眉を持ち上げた後、もう一度バチャリと顔に湯をかけて擦った。

「んにゃ。うとうとしてたら風呂場から湯が入る音が聞こえたからな。お前が入るんだろうと思って起きてきたんだよ。――お前に聞きたい事があってさ。」
「……え?」

 コータが少しの間の後答えた言葉に僕は、間抜けな面を見せてその意味を聞き返す。
 僕に聞きたい事?
 一体何なんだろう。
 寝てたのにわざわざ起きてまで僕に聞きたい事なんて。
 それに、それは今聞かなきゃいけないものなんだろうか。野々村達が居たら聞けない事なんだろうか。
 一気に僕の頭の中にはそんな考えがよぎる。
 そんな僕にコータは濡れた顔を僕に向けまじまじと僕の顔を見た。
 そして突然ザバァッと湯の中から手を出すと、僕の頭を掴みぐいっと僕の頭をコータの顔の方へと引き寄せる。

「こ、コータ、くん……?」

 そのまま間近でコータに瞳の中を覗かれ、戸惑ってしまう。
 だが次の瞬間、僕は今まで以上に戸惑う羽目になった。

「……お前さぁ、笹川のコト、結構本気だったりした?」

 突然、思いも寄らなかった事を聞かれる。
 一瞬絶句し、そして、頭の中まで何故か真っ白になった。
 僕が、なんだって……?
 笹川の事が、なんだって……?
 本気?
 一体、何に対して?
 さっきまで頭の中で考えていた事を見透かされたような気持ちになり、視線が不必要に揺れ、目の前にあるコータの顔もまた揺れる。
 頭の中はぐるぐると今コータが言った言葉が回り、その意味の答えを求めてひたすらその言葉の上辺だけを追いかけていた。
 だからかいつまで経っても答えは出なくて、僕は目の前で揺れているコータの顔さえ見れなくなっていく。

「……な、なんでそんな事、聞く、訳……?」

 俯き、また顔を湯船に少し沈めながら、僕は上目使いにコータを見て、そう逆に尋ねた。
 するとコータは小さく苦笑した後、湯船に沈みかかっている僕の顔を無理矢理引き上げ、もう一度僕の目の中を覗き込むように見つめる。

「お前さぁ、ここん所俺にあいつの事聞くじゃん。そんなにあいつの行方が心配なのかなーって思ってよ。」

 にやにやと少し意地の悪い笑みを浮かべながらも、その瞳は真面目なものだった。
 コータの言葉に僕は、まさか違うよ、と小さく答える。

「ただ、笹川が居なくなるその理由が理解できなくて……、それで、聞いてるだけで……別にあいつの事、心配してる訳じゃなくて……、」
「ふぅん? 心配してる訳じゃねーんだ?」

 僕の言い訳じみた言葉に納得がいかないように小首を傾げ、コータは瞳を眇めた。
 だけど今の僕にはそう言うしかなくて、コータの言葉に、うん、と小さく頷く。するとコータの顔がますます近づいてきて、僕は避けることも出来ず、ただどんどんと近づいてくるコータの整っている顔を見返していた。
 そして、コータの唇が僕の唇に薄く触れ、僕は飛び上がるほどびっくりする。
 ビクンッ、と体を強張らせて、目をギュッと閉じ、薄く触れるコータの唇の感触にどう反応していいか戸惑う。
 そんな僕にコータは触れた唇から、ふっと笑ったような息を吐いたかと思うと、ぐっと僕の頭を抱き寄せて深く唇を合わせてきた。

「……っ、ん、んんん……っ!?」

 ぱくっ、と唇を食べられた、と言った表現が合うようなそんなキスに僕は閉じていた目を開け、思わずコータの肩を押して逃げようとする。だけども、コータの唇は当然のように追いかけてきて、息苦しさから薄く開いた僕の口の中にその舌までもを進入させてきた。
 くちゅ、と音を立てて舌を吸い込まれ、絡まれ、僕はこの突然のキスにただただ戸惑い、逃げようともがく。
 そんな僕をからかうかのようにコータは僕の手を押さえ、体をその腕の中に閉じ込め、深く唇を合わせてくる。
 頭の中はひたすら、なんで?!、と言う言葉で一杯で、バチャバチャと水しぶきを上げながら僕は必死になってコータに絡め取られている体をじたばたと動かし続けた。
 だけど幾ら野々村グループの中では細身の方ではあっても、チビでガリな僕よりは体格の良いコータの腕は外れなくて、僕の足掻きは本当に無駄な徒労でしかない。
 しかも唇に感じるコータの舌はやけに熱くて、そして、やけにねちっこかった。
 逃げる僕の舌を追いかけ、捕まえ、絡め取る。唇の角度を変えながら、舌を吸い、舐め上げ、舌だけでなくその歯や唇も巧みに使って僕の唇に刺激を与えてくる。
 その今までした事がないキスの感覚に僕の頭は段々とのぼせてきて、じたばたともがく手や足の動きが鈍っていく。

「は……っ、ふ……ぁ……っ、んん……、ん……っ。」

 コータが唇の角度を変えるたびに、パチャッ、と肩まで浸かっている湯が跳ねる。
 力が入らなくなっていく体を不思議に思いながら、それでも僕はコータが何を考えてこんなキスをしてくるのが解らなくて、力が入らないなりに弱々しく何度も何度もコータの肩を押して拒絶を示す。
 すると僕の頭をその両手で抱えていたコータの片手がその僕の手を掴むと、何を思ったのかそのままコータの首に回すように僕の手の位置を変えた。
 そして、コータの手はそのまま湯の中に沈み、僕の胸を、いや、僕の乳首にその手を最初は薄く手のひらを押し当てた後、指で摘むようにして挟み、くりくりとねじるような動きをする。
 そのコータの行為に僕の体が驚いたように跳ね上がり、激しく水が跳ね上がった。

「っ……や……っ、な、何す……っ?!」

 必死の思いで顔をずらし、コータの唇から逃げると僕は上がる息を抑えながらコータに対して疑問と戸惑いの声を挙げる。
 それにコータはニヤリと笑って見せ、また顔を寄せてきた。
 コータの整った顔がどアップになりそのまま僕が顔を背けるよりも前に、僕の唇をコータの唇が塞ぐ。
 もう、本当になんでこんな事……?!
 そんな思いだけがぐるぐると頭の中を回る。
 今更キス位で戸惑う自分も自分だとは思うけど、笹川はともかくとして、コータも野々村も他の奴も僕とスる時には一度もキスなんてしてこなかった。いや、コータとは最初に一度はしてるけど、でもあれは野々村の命令であって、コータの意志ではない。勿論、その後コータからは一度として僕にキスはしてこなかったし、野々村だってコータにキスを命令した事なんてない。
 それに何より、コータは僕とこういう行為をするのを嫌がってた筈。
 野々村達の前では本当に僕とセックスする時は、面倒臭い、って顔をして、おざなりな態度だったんだ。
 なのに、何故……?
 なんでこんな事……?!
 湯の熱さと、コータの唇から感じる熱に僕は段々とのぼせていき、頭がボーとして考えが全然纏まらない。
 しかもコータの手は僕の抵抗が薄くなった事をいい事に、更に大胆に僕の胸を触り、気がつけばもう一方の手も僕の下半身へと伸びていた。
 僕の萎えて小さくなっている性器をその手の中に握りこむと、柔らかく、優しく、ぐにぐにと揉む。
 思いもしなかったそのコータの行動に僕は更に驚かされ、必死になって顔をコータから背けようと暴れた。

「や……っ、やだ、止め……っ、なんで……っ?!」

 パニックに陥っている僕は、なんとかコータの唇から逃げるとそう半ば叫ぶようにコータに疑問を投げつける。
 するとコータはまたニヤリと笑った後、僕の体を脇に手を入れて持ち上げた。
 ざばっ、と音がして僕の半身が湯の中から出て、そのまま浴槽とその後ろにある壁に体をもたれさせる形に体を押しあげられる。ひやりと冷たい感触が背中に辺り、その冷たさに僕の体が微かに震えた。
 コータの行動にパニックになり、背中に当たる壁の冷たさに更に僕はおろおろとコータの腕からもがくようにじたばたと手足を動かす。
 だけどコータの手は巧みに僕の両手を僕のお臍の辺りで束ね、片手で難なくそこに抑え込む。
 しかもそんな僕の股間にコータは顔を寄せた後、後ろにある窄まりへ、僕の手を抑え込んでいる逆の手のその長くて細い指を伸ばして、触れた。

「っ、やっ、コータくん……っ?!」

 コータの指の感触に僕が裏返った声を出し、身を捩って逃げようとする。だけどやっぱりコータは僕を逃がす事はしなかった。
 僕の腕をしっかり掴んで、僕の足もその場にその肩などで押さえつける。
 たったこれだけで僕の体は身動きが取れなくて、コータに後ろと前を見詰られる恥ずかしさと、自分の非力さが悔しくて唇を噛む。
 そんな僕をコータは上目使いに見上げたまま、口を開いた。

「すげぇなお前のココ。赤くなってて、入口が捲れて盛り上がってるじゃん。……なぁ、笹川もココに挿れまくってたんだよなぁ……?」
「……っ。」
「あいつ、セックス巧かった?」

 ぐにぐにと僕の肛門をその指先で揉むように、皺を伸ばすように触る手の感触に僕が体を固くする。
 そんな僕にコータは相変わらず意地悪な顔で僕を上目使いに眺めながら、いやらしい質問をしてくる。
 一体こいつは何が聞きたいんだろう?
 なんでこんな事をするんだろう?
 そんな思いが頭の中をぐるぐると回る。
 だけどそれをそのまま口に出して言うには、コータが与える指の感触が妙に熱くて、言葉にならなかった。
 一体いつ以来ぶりだろうか。
 後ろの穴をこんな風に指で触られたのは。
 コータの質問に答えるよりも僕の頭の中はそんな下らない事でいっぱいになる。
 しかもコータが囁いた、笹川、と言う言葉が頭の中をくるくると回り、僕にあいつとのセックスを思い出させた。

「なぁ、幸田。あいつ、お前とどんなセックスしてたんだ? ココ、こんな風に触られた事もあんのか? 笹川とキスしながら?」
「……っ、ふ……、や、な、んで……っ。」

 コータの言葉に僕の頭の中は笹川とのあの爛れた性生活が呼び起され、それに伴って勝手に体の体温があがって行く。
 そんな僕をコータは僕の顔を上目で見つめながら、その唇を僕の太ももに這わせたり、足の付けを舌で舐めたりと、まるで僕の中にある笹川との記憶を寄り濃く思い出さそうとするかのように、笹川の名を出しあいつとの行為の事を執拗に聞いてきた。
 そうしながらぐりぐりと後ろの穴もその指で触られ、そこから湧き上がってくる快感に僕は自分の体の淫らさに嫌になる。
 だけど、コータの指はまるで笹川のように的確に僕の感じる所を探り当て、触り方をして、僕の体を更に弛緩させていく。
 それに何故、と思う。
 なんでコータの指を笹川のようだと思うんだろう。
 あいつはもう僕にとっては過去の人間だ。
 ずっと顔も見てないし、声も聞いてない。
 そんな奴の名前を出されて、似たように触られて、どうしてそれだけの事で僕の体はこんなに簡単に弛緩してしまうんだろう。

「幸田、ほら、勃って来たぜ……? 野々村達とスる時はほとんど勃たねぇのにな。やっぱあいつとの事、思い出すと感じるのか?」

 僕の股間を見下ろしコータが意地悪な言葉と顔で僕に僕の性器が反応を見せた事を伝えてきた。
 それに恥ずかしさを覚え、僕はコータから視線を外し、顔も横へと背ける。
 だけどコータはそんな僕の顔を立ち上がってその手で掴むと、無理矢理コータの方へと向け直させられた。

「やっぱあいつが忘れられねぇか? 幸田?」

 そう僕の耳に囁くとコータはまた僕にキスをしてくる。
 だけど僕はコータに囁かれた言葉に気を取られてしまい、コータのキスを拒む事さえ忘れてしまう。
 笹川が忘れられない……?
 そんな馬鹿な。
 ただあいつとの行為は、僕にとって何もかもが初めての経験だから、それが強く記憶に残っているだけだ。
 冬休みが終わって、学校が始まって、僕の復讐が完結さえすれば、もし学校であいつの顔を見たとしても、復讐の一手段として使っていた笹川の事なんてすぐに記憶に残っている残滓さえも全て消えうせる。
 それだけだ。
 ……そりゃ、確かに笹川との行為を思い出したら、あいつらとセックスしててもただ気持ち悪いって思ってた行為が快感に変わる事は多かった。
 だからって、それを忘れられないとか、そんな馬鹿な事があるか。
 そう否定を頭の中で繰り返す。
 だけど否定を繰り返す同じ場所で、笹川の顔が浮かび、奴が僕の体を抱く時の仕草や動作がフラッシュバックのように点滅する。
 唇に感じる熱は確かにコータの物なのに、僕の体はまるで笹川にキスをされている時のように熱く火照り、拒みたいのに拒めず、ただ濃厚に舌を絡めとられ、唾液を流し込まれていた。

「ん……っ、む……、はぁ……っ、ん……ん。」

 自分でもだらしないと思うけど、コータに与えられるその熱に僕は、僕の体は勝手に溶けていく。
 そしてコータの手が、指がゆっくりと僕の肛門に挿入されていく感覚にヒクリと体が揺れ、ぞくぞくとした快感が背骨を伝って這いあがってきた。
 その感覚に僕は浴室の壁に上半身をもたれかけさせ、股間を突き出したような不安定な姿勢である事も忘れ、思わず腰を無意識のうちに揺すってしまう。解放された両手で浴槽の縁を握って、一生懸命自分の体重を支えようとするが、非力なせいか、それともこの無理な体勢のせいかその両手がぷるぷると小さく痙攣する。
 だけどそれに構ってなんていられなかった。
 必死になって震える両手で自分の体を支え、つま先立ちの状態でコータの指が更に奥に入るように腰を持ち上げる。
 そうする事で背中が少しずり下がった事で少し体重を支える両手の負担が楽なった。

「……ふ、ココ、気持ちイイのか? 幸田?」
「っ……ん、ぅん……、はぁ……っ、あ……っ。」

 そんな僕にコータは交じ合わせていた唇を薄く離すと、唇を笑みの形に歪めながらそんな事を聞いてくる。それに僕はいつも野々村達としている時の癖でコクコクと頷き浴槽の縁にかけていた片手を持ち上げるとコータの首に回した。
 その瞬間、コータは僕の尻穴の中からその細く長い指をずるりと抜く。
 コータの指が抜けるその喪失感に、僕はふるふると頭を振り、薄く瞳を開けて目の前にある整った顔を見つめた。

「は……っ、ん、やぁ、コータ、く……っ。」

 誘うように小さく目の前にいる男の名を口にすると、コータは少し僕から顔を離すとその瞳を眇めて僕を見返す。そして、コータは僕の足をその両手にかけた。
 え、と思う暇もなくコータの腕に足を持ち上げられると、僕の体は更に壁に押し付けられ、そのままコータは僕の体を折るようにしてまた僕の唇にその唇を合わせてくる。その唇の感触に僕は瞳を閉じ、自分から積極的にコータの唇に唇を押しあて、挿しこまれてくるコータの舌を絡め取った。
 薄く合わせた唇の隙間からは、コータの興奮したような息が漏れる。
 それを感じながら、僕の脳は勝手に笹川の顔を瞼に映し出していた。
 なんでこんな時にあいつの顔がこんなにもくっきりと浮かぶのだろうか。そして、なんで微かな痛みが胸に走るのか。
 その理由なんて到底思い当たらなくて、僕はその痛みも笹川の顔も振り払うためにコータの唇を貪る。
 コータの唇は僕以上に熱かった。
 その熱に溶かされるように互いの唇を擦り付けるように合わせ、舌をいやらしく絡め、唾液を互いの口の中で混ぜ合わせる。それだけで僕の心臓は欲情から早鐘のように打ち鳴り、コータの性器が僕のナカに入ってくるのを心待ちにしてしまう。
 コータの勃起した性器は僕の尻穴に強く押し当てられていて、それが焦らすように僕の入り口へゆるゆると擦り付けている。その動きにもどかしさを感じ、僕は自分から腰を押し付けるように突き出すと、何故かコータは少しだけ腰を引く。
 ずくずくと疼くソコは、さっきコータが指で解していただけにもう熱く蕩け、そしてあいつらが散々色々な玩具で広げ開発しただけに、もう一気にコータの熱を突き刺して欲しくて僕はコータの首にしがみつきながら、早く、早くと腰を揺する。 
 だけど、やっぱりコータは僕のナカにその性器を挿入させようとはせず、僕をのらりくらりとかわしていた。

「はっ……っ、やぁ、コータく……っ、挿れて……っ、おちんち……挿れて……っ。」
「……。」

 無理矢理コータのキスから自分の唇を離すと、僕は恥も外聞もなくそうコータに哀願する。
 するとコータは僕の顔をまじまじと覗き込み、一瞬ふっと笑った後、僕の首筋にその唇を落とした。
 そして何を思っているのか、そのまま僕の首筋にキスを繰り返し、その舌でざらざらと皮膚を舐めあげる。しかも、僕の足を抱き上げている腕は器用に僕の尻にその手を這わせて、肉を揉む。もう片方の手は僕の太ももを撫で、足の付け根にまでその指を這わせていく。
 そのコータの手の動きに僕は、声が浴室内に反響する事も構わず、淫らな声を上げ続けた。

「ぁ……っ、あぁ……っ、や、だ……、や……、お願……っ、コータくん……、はぁ、あ……っ、挿れて、よぉ……っ、ねぇ……っ、あぁ……ん、ん、ふぁ……っ。」

 一体なんでこんなに焦らされるのか解らず、そしてコータが僕の体を抱き上げていながら、僕の体にその手で唇で愛撫を加えているのかも解らず、僕は体の中に溢れる性急な欲情にただ耐えるしかなかった。
 首筋や太もも、尻からはコータの手や唇によって絶えず甘い痺れが僕を襲う。
 そして肛門にはコータの熱い性器が押し当てられたまま、その先端だけを僕の穴の入口へ押し付け緩く上下に動かされていた。
 その熱さが更に僕の体に火を点け、僕は自分ではどうにも出来ないもどかしさに狂う。

「な、んで……? ね、なんで……? コータくん……っ、どうして……っ? お願い、挿れてよぉ……っ。なんでも言う事、聞くからぁ……ねぇ、コータ、くん……っ。」

 思わずコータの首にしがみつきながら、そんな事まで口走ってしまった。
 口にした後、自分の馬鹿さ加減に内心舌打ちをしたけれど、それ以上に僕の体は肉の欲求が強く、笹川としていた時のように、もうどうにでもなれ、的な感覚になる。
 そんな僕にコータは僕の首にキスを繰り返しながら、その鼻を鳴らしてくすくすと笑った。
 そして一度強く僕の首に吸いついた後、漸くその顔を挙げて僕の顔を見下ろす。

「もうすっかり穴奴隷っつーか、肉便器だな、お前。そんなに欲しいか? これ。」
「っ……はぁ、あぁ……っん、んふ……っ。」

 これ、と言ったと同時にコータは僕の尻穴にぐっと強くその性器を押し付ける。そして、その先端を浅く僕のナカへ潜り込ませた。
 その熱い、押し広げられる感覚と快感に僕の体がふるふると震え、喉からは自分のものとは思えないくらい甘ったるい声が漏れる。
 コータが口にした侮辱の言葉にも、自分を貶める事に変な快感が体に走る。
 そんな自分を浅ましいと思いながらも、後ろを広げられ浅く挿れられたコータの性器をもっと奥まで突き刺して欲しいと思っていて。僕はコータの首に更に強くしがみつくと、その唇に自分から唇を合わせながら、その隙間に小さく、欲しいよ、もっと挿れて、と囁く。
 すると目の前にあるコータの目が笑ったように細められた。

「ちゅ……っ、なら、幸田。俺の質問に答えろよ。そーしたらすぐに、これ、深く挿れてやるからよ。」
「ん、ん……、うん……っ、答えるから……っ、早く……っ。」

 浅く挿入された事で僕の中にある欲情と欲望が一気に膨れ上がり、零れ落ちていく。コータの言葉にコクコクと頷きながら、軽いキスを繰り返し、その合間に僕は腰を自分で動かす。だけど、コータは巧く調節して入口以上にはソレを挿入させないようにしていた。
 そのじれったさに僕はいやいやをするように首を振り、コータが口を開くの待ち続ける。
 コータが僕に一体何を聞きたいのかなんて、全く解らない。
 こんな事までして僕から何を聞きだしたいのか。
 何か意味がある事なんだろうか。
 そんな事を思いながら僕は、だけど待つしかなかった。コータがその質問というのを口にするのを。

「……お前さ、あいつと、笹川と連絡取ってたりすんじゃねーの? 実の所、あいつがどこに居るかも知ってんじゃねぇの?」

 そして漸く口を開いたコータが口にした言葉に僕は目を見開いてしまう。
 なんで、と言う疑問がまずまっさきに頭に浮かんだ。だから、頭をふるふると振ってその言葉を否定する。

「し、知らないよ……。知ってる訳ないじゃないか。連絡だって、あれから一度も僕のケータイにメールも電話もない。僕だって、送ってない。だから、僕はみんなに笹川の事、聞いてて……なんで、そんなこと、聞くの?」
「……。」

 頭を振る速度と同じ速度で、僕は言葉でもコータの言葉を否定した。
 だけどコータは僕の瞳を疑い深い瞳で見返しながら、ゆっくりとその腰を引く。
 後ろの穴からゆっくりとコータのモノが引き抜かれる感覚に僕はふるりと体が震え、与えられる快感が途切れるのが怖くて僕はコータの首にしがみついて、嘘じゃないよ、と何度も真剣に伝える。

「知らないよっ! 本当だって! 笹川が何処にいるかなんて、僕の方が知りたいよ……! だから、本当に知らないから……っ、や、ぬ、抜かないで……コータぁっ……!」
「……ふーん……どうやらマジで知らねぇみたいだな。」
「っ、はぁ、は……、知らないよ……、知らない……っ、だから、ねぇ、コータくん……っ。」
「まぁったく、女でも早々こんな淫乱な奴いねぇぜ?」

 僕の言葉に一応納得したらしいコータは僕の後ろにまたその先端を押し付けてきた。
 それに僕は自分でも浅ましいと思うほど自分から腰を押し付けようともがく。だけど、やっぱりコータは僕の後ろにその先端を浅く挿入しただけで動きを止め、僕を苦笑を交えた顔で見下ろす。
 そして鼻から漏れるくすくすと言う笑い声を耳の奥に残したまま、僕の唇にその唇を重ねてきた。
 コータの熱い唇がまた僕の体に火を点ける。
 深く唇を交ぜ合わせながら、体は発情したように火照り、浅く挿入されたコータの性器を深く挿入して欲しくて自分の意志で腰を揺する。
 こんな風に相手を求めてしまうのは一体いつ以来だろうか……。
 そんな事を頭の隅で思いながら、コータのキスを受け入れ、受け止め、僕はコータの腰に自分から足を絡ませて、ぎゅう、とコータの体にしがみついた。
 背中が浴室の壁から浮き、恐らくコータの両腕に僕の全体重が乗ったような気がする。それなのにコータは割合涼しい顔で僕の体を持ち上げたまま、僕に深く口づけていた。
 幾らガリでチビな僕でもそれなりに体重はある。
 それなのにコータはその細く見える腕で僕の体を支えていて、それがまた変な話、笹川を思い出した。
 あいつも、そう言えばよく僕をこんな風に持ち上げてエッチしてたっけ。
 そんな思い出まで脳裏に引き起こされ、僕はふるふると頭を振った。
 なんでさっきからあいつの事がこんなにも脳裏に蘇るんだろう。
 たださっきまでのコータの言葉に触発され、今まで忘れていた事が偶々蘇っているだけなら別にいいんだけど。
 コータの舌を感じながらそんな事を思っていると、不意に、コータが僕から唇を離した。

「今、誰の事を考えてたんだ? ……笹川か?」

 つぅっと唇と唇に渡った唾液の糸を切るように、コータが瞳を細めて僕を見ながらまるで今僕が脳裏にあいつの事を思い描いていたのを見透かしたかのようにそんな事を聞いてくる。
 そんなコータの言葉に僕は自分でも驚くほど何故か動揺してしまった。
 瞳を一瞬見開き、そして泳がせる。コータにしがみついていた腕の力も抜けて、とん、と背中がまた浴室の壁へぶつかった。
 そのままずるずると落ちて行きそうになる僕の体をコータはその大して太くもない腕で器用に支えると、僕の足から手を移動させ僕の背中に両手を回して僕の体を抱え込むようにして抱きしめてくる。

「やっぱあいつの事、忘れられねぇ……?」

 しかも最初に聞いた同じ言葉をまた耳元に囁かれた。
 そんな訳がない。
 忘れられないとかそんな事じゃない。
 ただ、あいつとの記憶は全てを消去するほど昔でもなければ、簡単な事じゃなかっただけだ。
 そして封印するような記憶でもない。
 大体が、僕の初めてのキスの相手はあいつだ。
 初めてのセックスの相手もあいつだ。
 初めてオーガズムを感じた相手もあいつだけだ。
 だから、ただ単にそれらの印象が強くて、強すぎて、つい事ある毎に記憶を掘り起こされるだけ。
 そう言いたかった。コータに伝えたかった。
 だけど僕は何も言えなかった。
 ただコータの首にしがみつき直し、ぎゅっと目を瞑る。

「……まぁ、いいさ。お前がマジで今、あいつと繋がってないならそれでいい。野々村もずっとそれを疑ってる。お前とあいつが共謀して何かするつもりじゃないかってな。」
「……え?」

 僕の動揺にコータは軽く笑うと、そう言いながら僕の耳に舌を這わせてきた。
 そのコータの言葉に僕はさっきとは違う意味で驚き、顔を起してコータの顔を見る。

「ふ、俺がお前にこんな事を教えるのが可笑しいか? ……ま、別に隠すようなこっちゃねーから教えてやるよ。野々村はあれで結構な小心者でさ、お前がやけに俺達に従順すぎるって疑ってんだよ。笹川もあれからずっと行方不明だから、よけーにな。だから西や沢崎や俺を使って笹川の家見張らせたり、あいつが行きそうな所を交代で捜し歩いてるってー訳だ。」

 どこか自嘲気味な、それでいて誰かを嘲笑うかのような笑みをその整った顔に張り付けてコータが僕にそんな事を教えてくれた。
 どうしてそんな重要な事を教えてくれるのか、その理由は解らないけど、これは結構利用できる話かもしれない。
 僕はそう判断すると、コータの話を聞く態勢になる。
 だけどコータはそこで一旦言葉を切ると、僕を見下ろした。
 そして、何とも言えない顔をして軽薄に笑う。
 なんだろう、そう思っているとコータは突然抱きとめていた僕の体を離し、僕の足を湯船の中に落とすと、そのままコータはその首に絡みついている僕の腕も外し、僕の体を反転させた。そして、僕の上半身を壁に押し付け、僕の尻をコータに突き出す形で僕の腰を掴む。

「……っ、コータくん……?」

 驚いている僕にコータは無言のまま尻の割れ目にその固く勃ちあがっている性器を押し当ててきた。

「続きは後で教えてやるよ。こんな話してちゃ、折角勃てたのに萎えちまうからな。」

 くすくすと笑いそのままコータはあれだけ僕を焦らしていたのが嘘のように、一気に僕の尻穴にその性器を挿入させる。お湯で濡れて、さっきまでコータの指で解されたそこはコータの性器をゆっくりとだが、確実に奥まで飲み込んでいく。

「っ……あ、あぁ……っ、はぁ……っ。」

 思わず僕の口から妙に満ち足りた声が漏れた。
 ぐぐぐ……とそこを性器に広げられる快感に僕はふるふると頭を振り、そして、自分からも進んでコータに腰を押し付ける。
 コータの股間の感触が僕の尻肉に感じると、堪らない喜悦が僕の体を侵していく。

「はぁ……っ、あ、あ……っ、全部、入った……っ、コータくんの……、はぁ……っ、ぁあ……、ふぁ……っ。」

 尻の中に全部男を迎え入れた事がなんでこんなにも嬉しいのだろう。
 きっとそれは僕自身いつの間にか、さっきコータが言ったように肉奴隷とか肉便器として扱われる事に慣れてしまい、そんな自分を自分で受け入れてしまっているからかもしれない。
 ともすれば挿入された事だけで上げそうになる淫らな声を僕は自分の指を口に入れる事で誤魔化しながら、だけど、ぶるぶると震える体は止められなかった。

「っ……すげぇな。お前の尻、俺のにすげぇ絡みついてくる……っ。」

 コータが僕の後ろでそんな今まで聞いた事のないような感極まった声で言い、それがまた僕には堪らない快感になる。
 女をそれこそ飽きるほど抱いていると思われるコータが僕のアナルに性器を突っ込んでこんな声を出すなんて、今まで想像した事もなかった。
 いつもはやる気なさそうだったし、実際ヤル気もなく、散々野々村や西達が遊んで緩んだ僕の後ろにおざなりに挿入していた時はこんな声なんて出した事がなかったから。大体、そういう時のコータは大抵半勃ち状態で、こんなコータのフル勃起した性器を突っ込まれたのは今が初めてかもしれない。
 口でする時は完全に勃起する事も多かったけど、僕と後ろでするのは半勃ちがデフォだったから僕とスるのは嫌なんだとずっと思ってた。
 だけど、じゃあ、なんで今こんな風にコータは僕の尻に勃起した性器を挿入させているのだろう。
 そんな疑問が一瞬湧き上がるが、すぐにどうでも良くなった。

「ぅ、ん……っ、ね、コータくん……っ、動いて……っ、僕、もう、欲しくて堪んない……っ。」
「……どうして欲しいんだよ?」
「っ、どうって……っ、動いてよ……っ、奥を突いて、掻き回して……っ、コータくんのシたいように、シていいから……っ、早く……っ、ねぇ……っ。」

 挿入されては居てもなかなか動こうとしないコータに僕は焦れて顔をコータの方へと向けながら自分からそう言いだす。
 それにコータはくすくすと笑いながら意地悪な事を僕に聞いてくる。そんなコータに僕は一瞬唇を噛んだけど、すぐに僕はコータが望んでいるであろう模範的な解答を口にした。
 すると、コータはひょいっと細い眉を持ち上げると、僕の腰を抱くようにしてその体を屈める。

「ふ〜ん、なるほどねぇ。……奥ってのはこの辺の事か? ん?」
「ひぁ……っ、あ、ぁ! はぁっ、ん、んん……っ、そ、そう……っ、それ……そこっ。」
「ふぅ〜ん。なるほどなぁ……。じゃあ、掻き回すってーのは、こうしろって事かよ?」
「はぁ……あああぁ……っ、あ、あぁ……っ、い、きもち、い……っ、あぁ……っ、お尻、きもちいい……っ。」

 僕の体を抱きしめるようにしながら僕の耳にその唇を寄せると、さっき僕が言った言葉をそのまま反復しながらその言葉通りに僕の後ろを奥まで突き刺したり、掻き回したりしてきた。
 その痺れるような甘い快感に僕は男なのにあられもない声を上げてコータの言葉を肯定し、自分からも尻をコータの股間に押し付けてコータの動きに合わせて強弱をつけて揺らす。
 するとコータは更に僕の腰を強く掴むと、最奥に一気に突き刺してきた。
 腸壁の一番奥をその固くて熱い先端で強く押される感覚に、僕はがりがりと浴室の壁に爪を立てる。そうしながらコータが腰を引くのを引きとめるように自分から腰をぐいぐいと押し付けていく。

「っ……、幸田……っ、お前、エロいな……っ、やべぇ、止まらねぇかも……っ。」
「ん、んん……っ、はぁ、ぁ、あ、いぃ……っん、いい、よ……っ、好きに、犯して……っ、ぁ、あぁ……っ、コータくん……、気持ち、いぃ……っ、お尻、きもちいぃ……よぉ……っ。」

 コータの唇が僕の耳を食みながら欲情で興奮した掠れた声で囁く。
 その声に言葉に僕は更に体を燃え上がらせて、パシャッパシャッと水音を立てながらコータがやり易いように足を軽く開き、コータをもっと咥えこもうと尻を突き出した。
 そんな僕にコータは一旦、僕の上体に預けるように折り曲げていた上半身を起こすと、がっちりと僕の腰を掴み今までにないくらい激しく僕の尻にその性器を出し入れ始める。
 西や沢崎や野々村では与えられなかった快感が溢れるようにコータと繋がっている部分から湧き上がり、僕を飲み込んでいく。
 そのせいか僕の分身である僕の性器はいつの間にか自分の腹にぶつかるほど勃起していて、その先端から透明な雫を風呂の中へ滴らせていた。

「俺の、気持ちいいのか? どうだ?」
「ぅん……っ、き、もち、ぃい……っ。」
「……じゃあ、笹川とどっちがいい?」
「……ぇ……っ、っ! はぁ……っ、あ、あぁ……っんっ!」

 僕が甘く啼くのが余程コータの気を良くしたのか、コータは僕の尻をぐちゃぐちゃに突き刺しながら気持ち良いかどうかを聞いてくる。
 それに僕は迷うことなく頷き、言葉でもそれを伝えた。
 だけど。
 コータは突然僕の尻を犯す動きを止めると、また体を折り曲げて僕の耳に囁くようにしてあいつの名前を出して聞いてきた。
 驚き身を捩ってコータを見ようとした僕に、コータは意地の悪い笑みを見せたかと思うと、今まで触りもしなかった僕の性器をその手に握りしめる。
 下半身から湧き上がる抗えない男としての快感と、今しがたコータに囁かれた言葉の意味深さに僕の心臓は早鐘のように脈を打ち、どくどくと体を震わせた。

「っ、な、なんで……、んっ、……そんな、こと……っ。」
「大した意味はねぇよ。……ただ、そうだな……、なんとなく聞いてみたくなっただけだ。なんとなく。」

 僕の動揺が面白かったらしい。
 コータはくすくすと僕の耳に軽い笑いを吹き込みながら、また腰を動かし始めた。
 だけどその動きはさっきまでの勢いがあるものではなく、なんというか、ねちっこい動きに変わっていて僕は喘ぎながらも、何故事ある毎にコータが笹川の名前を出すのか不思議に思う。
 だって、コータはまるで僕の中にある笹川の記憶をこれでもかって引き出したがっているように僕には思えて、今言った、ただなんとなく、っていう言葉ほどコータはなんとなく僕に聞いた訳ではないような気がした。
 何か思惑があるのか、それとも、コータが笹川に固執している何かがあるのか。
 そんな風に想像はしてみるが、コータが抱える思惑なんて僕には解らない。
 ただ今解る事は、コータは明らかに僕から笹川の『何か』を引き出そうとしている、それだけ。
 それが一体何を指し示しているのかは解らなかったが、僕はコータに後ろを突かれながら、喘ぎ声に交って言葉を絞り出した。

「ぁ……ぁ、……ね、コータ、く……っ、もし、僕が、コータくんの、ほぅ、が、……あっ、あ、いい……っ、って言ったら、っふぁ……、どうす、る……?」
「……別に、どーもしねぇよ。」

 素っ気ない声に交る、微妙な変化。
 それを僕は嗅ぎつけると、少しの間思考の海に沈む。そして、快楽に溶けているその中に沈んでいた今だ醒めた理性を無理矢理起して、働かせる。
 きっとコータは笹川の何かを知っている。それがあるからこうやって僕に笹川の事を聞き、少しでも自分を有利に持っていこうとしているのだろう。
 じゃあ、一体何を知っているというのだろうか。
 それを聞き出せば、今のこの現状から僕が計画している復讐をもっと有利に進ませる事が出来るかもしれない。
 そう思うと、僕はコータとのセックスに意識を集中する。
 コータは僕の後ろをねちっこくその性器で掻きまわしたり、突きいれたりしていた。
 流石に女慣れしているだけあってそのピストン運動は程度を心得ていて、僕の体にとめどない快楽を刻んでいく。
 こんな風に抱かれる女は、そりゃ堪らないだろうな。しかもこのルックスだ。僕が女ならコータに全てを捧げても可笑しくない。そんな事まで思ってしまう。
 だから僕は、体を捩り僕の耳の後ろにあるコータの顔を見た後、自分からコータの唇を求めて顔を寄せる。
 僕の意図を汲み取ったのかコータは更に体を折り曲げるようにして僕の方へ顔を近づけてきた。
 最初は薄く唇を合わせ、そしてすぐにコータから深く唇を合わせてくる。
 無理な体勢な為、正常位でキスをする時ほど深くは唇は合わせられなかったが、それでも互いの舌を突き出すような形で舌を絡め、唾液を擦り付けあう。
 唇から感じるコータの唇と舌はやっぱり凄く熱くて、その巧みなキスに僕は溶かされそうになる。

「ふぁ……っ、ん、コータくん……っ、ちゅっ、はぁ、キス、気持ち、いぃ……、コータくんの、キス、蕩けそうに、なっちゃ……っ、ぁ、ん、ん……っ、はぁ、んむ……っぅ。」

 唇から感じる快感をそのまま言葉に乗せ、唇を合わせる合間に相手に伝える。
 するとコータは、ふっ、と笑った後、僕の胸板に手を這わせ僕の上半身を起こすようにして深くその唇を僕の唇に沈めてきた。そのままいつもするように舌を絡め、意識が遠のきそうになる甘いキスをコータは僕にする。
 そして、コータの手はまるで女を抱くように僕の胸を弄り、人差し指と親指で僕の乳首を挟むとそれを押し潰すように捏ねくった。

「ぁ……っ、あ、あぁ……っ、ん、や、コータ、く……、そこ、ダメっ。は、あぁ……っ!」
「ふぅん? 乳首も感じるのか?」

 コータが捏ねくる乳首からジンジンした電流が僕の体に走る。ビクンッと体が跳ね、折角合わせた唇は外れ、あがってくる快感に僕は戸惑い気味にコータに制止を伝えた。
 だけどコータは僕の言葉にニヤリと笑うと、僕を煽るように更に乳首をその指で弄り、もう片方の手もそこへ持ってくると引っ張ったり、指の腹でぐにぐにと回すように押しこむ。
 両方の乳首を弄られ僕の体が馬鹿みたいにビクンッビクンッと何度も跳ね上がる。それに追随するように風呂の中の湯も跳ね上がり、僕の尻や腰に湯が跳ね返った。
 コータのその愛撫で僕の尻は更に強くコータ自身を咥えこむようにきゅぅっと閉まる。
 それにコータが僕の後ろで小さく唸った。

「……っう、……やべっ、幸田、そんな締め付けるなよ……っ。」
「はぁ……っ、だって、コータくん、が、乳首……っ、いやらしく、触る……からっ……ぼく、僕……っ、ぁ、あぁ……っ、やぁ、もぅ、だめ……っ。」
「なにがダメなんだよ? んん?」

 コータの感極まった声に僕の体はぶるぶると快感で震え、全身にまたどうにもならない甘い痺れが走る。そのまま僕は甘えた声を挙げて、コータの手に感じているんだと感極まったように伝えた。
 するとコータは僕の言葉ににやにやと笑いながら僕の胸を更に弄り、ぐぃっと乳首を引っ張る。
 その微かな痛みのような、快感のような感覚に僕は、甲高い声を挙げて頭をふるふると振った。

「あ……っ、あぁ……っ! はぁ、気持ちいぃよ……っ、コータく……、こんなの、初めて……ぇ、あ、ふぁ……っ、あ、あぁ……ん。」
「……初めて? ふぅん……、あいつはここは弄らなかったのか?」
「あいつ……? んん……っ、誰……のこと?」

 僕が上げた嘘の言葉にコータは巧く引っ掛かりまた笹川らしき相手の事を口にする。
 それにわざと聞き返すと、コータは苦笑をした。

「なんでもねぇよ。……もっと良くしてやろうか? ん?」

 僕の聞き返しにコータはそう誤魔化すと僕の胸から片方の手を離し、また僕の股間へとその指を絡ませる。
 あからさまなその誤魔化し方に僕は内心で苦笑をし、コータの指から与えられる雄の快感に身を捩った。

「ぁ……っ、あぁ……んっ、ん、コータくん……っ、あぁ……っ。」
「やっぱお前も男なんだなよなー。ココ、ガチガチじゃねぇか。……ほら、気持ちイイか?」
「ふ……ぁ、いぃ……、気持ち、ぃい……っ、あ……ぁっ、……も、ダメ……ぇ、はっ、感じすぎて……、可笑しくなっちゃう……っ、ぁあ……あん……あ、はぁ、こーたく、ん、こーた、く……っ。」

 コータは巧みに僕の半身を扱き、僕の理性をドロドロに溶かしていく。
 このままコータの手に、性器に溺れて理性を全部溶かしてしまったら、コータが何を考えているのかが解らないままになってしまう。
 だけど、コータの手は本当に巧く僕の性器を扱き、その指で僕の先端を撫で上げ、そして、僕の尻もぐちゅぐちゅといやらしく掻き回す。
 その男として湧き上がる堪らない快感に、そして、尻から与えられる男とは思えない快感に僕は手を伸ばし浴槽の淵を強く掴むと、口から涎が零れるのも構わずひたすらあられもない声で啼く。
 コータの名を何度も何度も呂律が回らなくなり始めている声で呼び、コータが僕の尻を突き刺し、捏ねくり回すのを自分から求めて、腰を押し付ける。
 そんな僕にコータも段々と息を上げ始めたらしい。
 僕のうなじにコータの唇が触れると、そこを強く吸われた。ぴりっとした痛みにも似た電流が走り、次にコータの歯がそこに食い込む本当の痛みに僕は顔を顰める。
 だけどそれを振りほどく気にはならず、僕は馬鹿みたいにリズムの狂った声を上げながら、コータにもっと、もっととねだっていた。

「ひぁ……っ、こーた、こーたぁ……っ、いっ、いっちゃう……っ、ダメぇ、お尻も、前も……、はぁ……っ、あぁ、ん、んん……っ、い……ぁっ!」
「はぁ……、はぁ……、いいぜ? いけよ。気持ちいいんだろ? イっていいぜ……?」

 僕の言葉にコータは更に激しく僕の後ろを突き上げ、前を扱く。
 それにどんどんと僕は追い詰められ、僕はふるふると頭を振って嫌々をする。
 だけどコータはそんな僕に興奮した声で絶頂を促し、僕のうなじに舌を押し付けて舐め上げながら、ちゅうちゅうと僕のうなじの一点に吸いついていた。
 そのコータの舌と吸いつかれる感覚に僕はひくひくと体を引きつらせ、性急に高まって行く絶頂への快感を止める事が出来ない。

「っん……っ、は、やぁ、も、……だぁ……めぇっ、こーた、く、の……ぉ、手……っ、汚しちゃ……っ!」
「っ、いいぜ、汚せよ。ほら。」

 このままではコータの手の中に精液を出してしまいそうで、必死になって僕は自分の手を股間へ下ろすと、それを引きはがそうとする。
 だが、コータはそんな僕の手を逆に掴んで離すと、そのまま壁に僕の手を縫い付けた。
 そして、コータは一気に僕の股間を上下に擦り、僕を追い詰めていく。
 ビクンッ、と大きく体が揺れ、僕は結局我慢が出来ずにコータの手で、コータの手の中へと精液を思いっきり射精してしまう。
 強く握られたコータの手の中から僕の出した白い液がぼたぼたと零れ、風呂の湯の中へと落ちそのまま湯の表面には広がらずに一度ちょっとだけ沈んだ後、すぐに浮く。
 射精したばかりの朦朧とした頭で、だけど、はっきりと後ろを犯し続けるコータの性器の快感に僕の体が更にのぼりつめようとしているのを感じていた。

「ぁ、あっ……っ! あぁっ! はぁ、はぁ、あ……っ、また、お尻、でっ、い、ちゃぅ……っ、こーたくん……っ、はぁあ……っ、こ、た……く……っ!!」

 ごつごつと最奥をコータの性器の先端でえぐられ、そして、腰を引かれる度に僕の感じる一点をコータの性器が擦って行く。そのびりびりとくる感覚と快感に、僕は体を仰け反らせながら射精をしたと言うのに後ろから湧き上がる性器で感じる絶頂とは違う絶頂に身を任せた。
 そんな僕を今までの余裕ある態度とは違う興奮した鼻息をコータは僕のうじなに吹きかけながら、僕の萎えかけている性器をコータはしつこく擦り上げ、僕の尻穴を強くその固くそそり立っている性器で突きまくっている。

「っ、はっ、幸田……っ、すげぇよ、お前のケツ、吸いつく……っ、ぅ……、幸田……っ、こうだ……!」
「ひ、はぁ、……あぁ、あ、ああぁあああ……っ! こーたく……んん……っ!」

 僕の体を強く抱きしめコータは一層強く深く大きく僕の尻にその性器を打ち込む。
 そして僕のうなじを噛むその歯の力が強まり、そして、はぁはぁと荒い息を漏らしながら、僕の名を何度も呼び、僕の最奥にお湯よりも熱い精液を勢いよく吐き出した。
 コータの熱さに僕はビクンッと今まで以上に大きく背を仰け反らせ、尻で絶頂を迎える。
 そのままコータとは繋がったまま、コータはゆるゆると僕の尻に射精したばかりの性器を擦りつけるように出し入れさせ、僕はそんなコータの性器を逃がさないように自分から腰を押し付けてくねくねと腰をくねらす。

「ぁ、あ……っ、コータ、く……、きもちぃい……っ、こんなにとけちゃいそうなの、ひさしぶり……っ、はぁ、はぁ……っ、あぁ……っ、ん、すごい、よぉ……っ。」

 両方の絶頂を迎え朦朧とした頭で僕は後ろに感じるコータの体温の高さにうっとりと無意識のうちに呟く。
 と、ゆるゆると出し入れしていたコータの動きが止まった。

「……? こーた、くん……?」
「……久しぶり、ね。それって笹川とのセックスを言ってるんだよな。野々村じゃぁねーだろうし。ましてや西や沢崎でお前が満足してるとは思えねぇモンな。なるほどね。」
「……え?」

 呆れたような、やっぱり、とでも言うような声で呟かれた言葉に、僕はハッとする。
 だけど今僕が零した言葉はコータにとって何か重大な事だったようで、コータはふぅっと溜息を吐くと、僕のナカからすっかり萎えた性器をずるりと抜いた。
 その埋まっていたモノが引き抜かれる感覚に僕は、ふるり、と頭を振りそのまま崩れ落ちるように湯船の中に体を沈める。
 パシャリ、と水が跳ね、大分温くなってしまった湯が顔に跳ねた。

「……幸田、お前さぁ、本当のトコ、笹川の事どう思ってたんだ?」

 僕が湯船の中に体を沈めてしまう姿を、コータは浴槽の縁に腰をかけた格好でまだ紅潮した顔を僕に向け、だけど、少し苦いものが交った顔で見ながらそう尋ねる。
 それに僕はどう答えていいものか悩み、顔の半分を温くなってしまった湯船に浸け、ぶくぶくとあぶくを出した。
 そんな僕にコータは苦笑を深くすると、体を折り曲げて僕の顎に手をかけ僕の顔を湯の中から脱出させる。
 そしてそのまま顔を寄せて口づけてきた。

「……こーた、くん……?」
「ま、別にいいけどな。お前があいつの事どー思ってようと。」

 浅く口づけられ、その唇が完全に離れる前に僕が彼の名を呼ぶと、コータは苦笑をまた色濃くその薄い唇に浮かべてさっき聞いた事を軽い口調で翻す。
 そしてぼりぼりと頭を掻き、濡れた前髪を掻き上げた。
 そのまま、ひとつ溜息のような息を吐くと、ちらりと僕を見る。

「……だが、もし、後二日、このまま何事もなく学校が始まって、またあいつがお前の前に姿を現したら、お前はどうする?」
「……え?」
「野々村から逃げて、あいつの所に行くか?」
「……。」

 コータの言っている意味が正直理解できなかった。
 僕が野々村達から逃げる?
 笹川の所に行く?
 そんな事……。
 瞳を頼りなさげに揺らし、僕は答えに窮する。
 頭の中は、もし笹川が目の前にまた現れたら、というシミュレートを重ねるが、全く実感もなく、そして、その先はただただ闇のように真っ暗だった。

「……解らないよ……。そんな事……。それに、野々村くんから逃げるとか、そんなの……、出来ない……。うぅん、こんな状態になって、学校も同じなのに、どうやって野々村くんから逃げたらいいのか、そんなの、それ自体、僕には考えもつかない事だし……。」

 コータの言葉に結局僕は、ふるふると頭を振ってコータの言葉自体に対して否定に限りなく近い返答を返す。
 勿論、学校が始まれば僕は復讐を実行する準備を大急ぎでして、復讐を果たす。そして、復讐の効果が出るまでは少し時間はかかるけど、いずれ、絶対にあいつからは逃げる。
 だけど、だからと言ってその時に笹川が傍にいたとして、あいつと一緒にどうしろと言うんだろう。
 そもそもあいつの所に行く、の意味が解らない。
 あいつと逃げる、でもなければ、あいつと付き合うでもない。
 コータが言う、あいつの所に行く、と言うのは一体どういう状況を指し示すのだろうか。
 言葉通りの意味を取れば、あいつの味方になる、とか、あいつがどこかに行くのを追いかけるとか、そう言う事?
 あまりに意味が解らず僕は暫く物思いに耽る。
 そうして暫くの後、瞳を持ち上げ、目の前に座っているコータの顔を見た。
 コータは僕の返答に少しだけ不満そうな顔をしている。
 その表情に僕は眉根を微かに寄せ、小さく小首を傾げた。

「……コータくんは、笹川くんがもしまた僕の前に現れたら、僕が何をおいてもあいつの所に行く、って思ってたの?」

 頭に浮かんだ疑問をそのまま口にすると、コータは僕を暫く無言で見下ろした後、ふっと視線を逸らせる。

「……別に。」

 そしてそんな風に素っ気なく答えた。
 じゃあなんであんな事を僕に聞いてきたのだろうか。そんな思いがむくむくと僕の胸の内に持ちあがり、また首を傾げてコータを見詰ていると、コータは小さく口元に苦笑を灯す。

「んな顔で見んなよ。……もしもの話だ。もしも。if。俺には関係ねぇよ。」

 視線を僕へと戻しながらコータは苦笑と共にまた溜息をひとつ吐いた後、浴槽の縁から降り、僕の隣に体を並べた。
 そして、ぬるっ、と小さく口の中で言うと、手を伸ばしてからんを回し湯船の中に熱湯を足し始める。
 ざぁああ……、と湯船の中に熱湯が入り、蛇口側からゆっくりとその熱さが湯船の表面に広がって行く。その熱さを心地よく思いながら手でパチャパチャと湯を掻きまわすと、程よく混ざってゆっくりと体も温まって行くようだった。
 僕の隣ではコータも同じように湯を掻き回し、その温かさに小さくホッとしたような溜息を吐いている。

「……ねぇ、コータくんってさぁ。」

 コータの横顔を横目でちらりと見ながら僕は口を開く。
 するとコータは僕に顔を向けて視線だけで、なんだよ、と問い返す。

「ひょっとして笹川くんが失踪した理由とか、知ってる?」
「……。」

 意を決して聞いた言葉に、コータは押し黙りその表情が少しだけ固いものになる。だから、解った。
 コータはやっぱり笹川の“何か”を知っている。
 それがあるからずっと僕にあんな風に笹川の事を聞き、思い出すようにしていたんだ。
 コータの些細な表情の変化だけで僕はそう確信を持つと、熱いお湯が満ちていく湯船のお湯を手にすくい、そのお湯が手のひらと手のひらの間から零れ落ちていくのを見ながらゆっくりと口を開く。

「それとも何か笹川くんからコータくんへ連絡でもあったの?」
「……なんでそう思う?」

 僕の質問にコータはどこかムッとした口調でそう逆に僕に質問してきた。
 それに僕は小さく笑うと、コータへ顔を向ける。そしてそのまま、横にあるコータの肩に頭をそっと乗せた。
 僕の行動にコータは少し驚いたようで、一瞬ビクッと体を強張らせたが、僕がそれ以上コータの体に触れる事をしなかったせいか、すぐに体の緊張を緩める。
 そんなコータにくすりと笑い、僕は熱くなりつつある湯船に湯を足している蛇口を止める為に手を伸ばした。そうしながら僕はホンのちょっとだけコータに自分の感情と思っていた事を伝える為に口を開いた。

「……実は僕さ、笹川くんとエッチしてたけど、本当は笹川くんの事、嫌いだった。」
「は?」
「僕から誘った癖に、って思った? ……だけど、最初の方は本当に嫌だった。気持ち悪かった。誘うのだって凄く勇気がいった。だって、笹川くん……、あいつってば、不細工だし、キモいし、息はヤニ臭いし、エッチはしつこいし、すぐにキスしてくるし、体中舐めまくるし、何度もシたがるし、中出しばっかりだし……。だから、嫌いだった。元々エッチする前から僕をいじめる嫌な奴だったし。」

 キュッとからんをしっかり回し水道を止めると、僕はコータの肩に持たれかけていた頭を持ち上げ、少しだけ自嘲気味に笑う。
 そしてコータの怪訝そうな声を聞きながら、僕はどれだけ自分が笹川の事を嫌いで、あいつとのセックスが嫌だったか、気持ち悪かったかをコータに伝えた。
 僕の言葉にコータが隣で呆気に取られているのが、顔を見なくても雰囲気で解る。
 だから僕はもう一度自嘲気味に笑うと、コータの視線から逃げるように顔をコータとは反対側へ向け、そして体の向きも狭い浴槽内で無理矢理変え、コータに背を向ける形にした。
 僕が完全にコータへ背を向けてしまうと、後ろからは戸惑ったような雰囲気が感じられる。
 そんなコータを無視して僕は更に言葉を募った。

「でも、不思議なもんだよね。笹川ってなんでかエッチが巧くてさ。僕、あいつは絶対童貞だって思ってたから、まさかあいつにエッチする度にイかされるようになるなんて思わなかった。しかも終わった後、あいつに抱きしめられてうたた寝するのも、なんだか、その内、少しだけ、……少しだけだけど、心地いいなぁ……っ、て思うようになっちゃってて……。笹川の骨ばった手とかさ、あまり厚みのない胸板とかさ、汗の匂いとかさ、そう言うのが、普通になっちゃって、当たり前になっちゃって……。なんて言うんだろう、こーいうのって……。依存? それとも……? ねぇ、変だよね、あいつの事、大っ嫌いなのに、あいつに寄りかかってる自分がいるっていうのって。」
「幸田……。」

 脳裏に笹川の事を思い浮かべれば、すらすらと言葉が僕の口から勝手に出てくる。
 あいつとの思い出。
 その大半は嫌な事ばかりで。
 あいつとしたセックスの事ばかりで。
 だけど、あいつとのセックスは気持ちが良くて。
 心地が良くて。
 あいつの腕枕は骨ばってて全然柔らかくなんてなかったのに、何故かその腕の中では良く眠れて。
 そんな他愛もない、そしてどーでもいい思い出ばっかりが僕の脳内に溢れてくる。
 なんでこんなにも頭の中はあいつで一杯になってるんだろう。
 あいつの、汚い下品な笑い顔や、にきびが一杯の頬、エッチの最中に見せる間抜けな顔、煙草を吸う仕草、勝手に僕の漫画やゲームを読んだりやったりしている時の、妙に真剣な横顔。
 それらが、くるくると僕の脳裏に浮かび、回って、僕の口から勝手に言葉を吐き出させ続けた。

「……笹川もさ、だけど、結局、野々村くんやコータくん達と同じなのにね。僕を都合のいい“道具”として使って、利用してる。それなのにね、僕は……。でもさ、別にこれは恋愛じゃないよ。笹川が僕を“道具”として利用したのなら、僕もまた同じように笹川を“道具”として使ってただけ。そうじゃなきゃ、あいつが僕に何も言わずに僕の前から姿を消した、理由が僕には解らない……。」

 ぱちゃっと水音をさせて僕は両の手のひらでお湯をすくうと、そのまま自分の顔にかける。
 水が流れ落ちていくその流れに沿って両手でごしごしと顔を擦ると、自分の顔なのに、別人の顔のような感触が手のひらに感じられた。
 コータが入れてくれた熱湯は少し熱いくらいで。
 その熱い湯を被った僕の顔は手に触れるだけでも熱い。そしてびしゃびしゃに濡れていた。
 僕の後ろでコータは僕の言葉で何か考えているのか、さっきからずっと押し黙ったままだ。
 だが僕の言葉が一旦止まり、口を閉ざしてしまうと、背後から少し戸惑ったような雰囲気が伝わってくる。
 そして、少しの間の後、コータは小さく溜息を吐いた。

「……幸田。あのさ、お前は勘違いしてるようだけどよ、笹川は、あいつはお前を“道具”とは思ってなかった。少なくとも、お前とセックスするようになってからは。」
「……なんで、そんな事言い切れるんだよ。あいつは僕を生身のオナホか、ダッチワイフ位にしか思ってなかったよ。絶対に! 家で会う度にセックスセックスセックス……。ご飯食べるのも忘れて、ずっとセックスばっかり。たまにゲームとか漫画読んだりしてた時もあったけど、ちょっと隙を見せたらすぐに僕を押し倒してきてた。僕がしたいか、したくないかなんてお構いなしだったのにっ! それなのに、“道具”とは思ってない、なんて事がある訳ないじゃん!」

 コータが何故かきっぱりと言い切った言葉に、僕はコータに背を向けたまま烈火の勢いで猛反論をしてやる。
 短い期間ではあったけどあいつと二人だけで過ごした時間の大半は本当にセックスしかしてない。
 後はヤリ疲れてあいつと一緒になって寝てた。
 極々まれに一緒になってゲームをした事もあったけど、本当に今言ったみたいに、ちょっと休憩ってコントローラーを置いた途端、笹川に押し倒された事も一度や二度じゃない。
 それなのに、どうしてそんな僕達の光景なんて見た事もないコータがそんな重大な事を断言できるのか。
 そんな事を軽々しく言うコータに対して僕はものすごく腹が立つ。
 だけど、そんな風にコータの言葉を否定する僕にコータはまたひとつ深い溜息を吐いた後、突然僕の体を背中から抱きしめてきた。
 コータの行動の意味が解らず、そしてなんで抱きしめられたのかも解らず、僕は咄嗟のリアクションも取れずにその腕の中で固まってしまう。
 そんな僕にだけどコータは更に僕の体を強く抱きしめてくる。
 一体なんの思惑があってコータがこんな事をするのか。
 何を考えているのか。
 本当に全然解らなくて、僕は固まったまま酷く戸惑う。
 しかもお湯よりも熱いコータの体温を背中に感じ、それが余計に僕の戸惑いに拍車をかけた。
 だけど僕を抱きしめながらコータが静かな声で僕の耳に囁いた言葉に、僕は更に驚き、固まっていた体が勝手に反応を返す。

「……お前さ、笹川に、お前だけだ、自分は笹川のモンだ、って言った事、あんだろ?」
「っ……!」

 びくり、と僕の肩が盛大に揺れると後ろでコータは苦笑をしたみたいだ。
 解りやすい奴、そう小さく口にすると、コータはさっき囁いた言葉の続きを話し始める。

「あいつさー、俺にわざわざメール送ってお前との事、惚気てたんだよ。可愛いだとか、抱き心地が良いとか、俺にベタ惚れしてて参るぜー、とか。勿論、メールじゃひとっ言も相手がお前だなんて言わなかったけどさ。俺は、まぁ、あいつにもとうとう春が来たんだなーって感じで惚気メールは適当にスルーしてたんだけどよ、これがしつこいのなんの。今日は何回ヤっただの、俺だけだって言われた、とか、イク時の顔が超可愛い、甘える仕草が可愛い、だの、俺が返信しなくても送ってきやがってさ、あの馬鹿。でもあのメールじゃぁよー、明らかに相手がベタ惚れしてんじゃなくて、笹川の方が相手にベタ惚れしてるじゃねーか、って解るくらいもーそりゃ、惚気が酷くてさ。あん時は参ったぜ。全く。」

 当時の事を思い出しているのだろうか。
 コータは低く喉を震わせて笑いながら、笹川がコータへと送ったメールについてどこか楽しそうに僕に話して聞かせる。
 だけど僕には何もかもが寝耳に水とでも言うべき話で。
 あんなに僕に対して横柄な態度を取って、耳のすぐ後ろでコータの軽薄そうな声が話す言葉は僕の耳に入り、まるですぐに反対側の耳から出ていくような、そんな上滑りするような身にならない感覚を覚える。
 そんな僕に、一旦コータは言葉を区切ると、小さく溜息を吐く。
 そして最初の話に戻った。

「……だからさ、あいつはお前を“道具”だなんて思っちゃいねーよ。」

 まるで僕のショックを和らげるかのように、低く落ち着いた声でコータはそう言い切る。
 だけどコータの言葉なんて今の僕には大した慰みになんてならない。
 笹川がまずコータに僕との事をメールで惚気ていたなんて、そんな事、僕には考えもつかない事だったんだ。
 あいつがそんな事をする玉には見えなかったし、なにせ、笹川は僕の前じゃあれだけ威張り腐っていた。
 セックスしている時だけは時折妙に優しかったりもしたけど、でも、普段はそれこそ僕が笹川と関係を持った最初の頃にお願いしたように表面上はある程度いつも通りに取り繕っていたから。
 野々村達に僕達が逢引しているのがバレるその少し前くらいからは確かに、段々取り繕う事が出来なくなってたけど。
 でも、僕と二人の時は、やっぱり威張りんぼで、短気で、手を挙げる事は減ったけど、でも、でも、でも……。
 そんな風にひたすら僕の頭の中にはコータの言葉を否定する、でも、という言葉が氾濫していた。

「……そんな、そんな事……、僕、知らない……。笹川は、だって僕の前じゃ、全然、そんな素振り見せなかったし……それに、ケータイも僕の前じゃほとんど出さなかったし……。」
「だろうなぁー。あいつ意外に照れ屋だし、相手がお前じゃぁなぁ、そんなデレ部分なんざ見せれねぇよな。あいつはいじめる側、お前はいじめられる側。素直になんざなれねーよな。お陰でこっちにメールが来るのは大抵深夜だぜ? そのせいであの時期は結構俺寝不足でさー。何度笹川をボコろうと思った事か。」

 僕の知らない笹川の行動と一面をこうして他人の、第三者から伝えられたショックで僕は唇を噛み締め、必死になってコータに否定の言葉を伝える。
 だけどコータは僕のその必死さとは裏腹にどこか呑気な声で、僕が知らない笹川の一面をまた口にし、そして最後の方は冗談めかした感じで笑う。
 そんなコータに僕はどう返事を返していいのか解らなくなり、唇を噛み締めたまま自分の顔を半分ほど湯に浸けた。
 ぶくぶくと不貞腐れたように湯の中で息を吐くと、それは泡となってお湯の表面に小さな水泡の群れを作って消えていく。
 子供みたいにそうして暫くぶくぶくとやっていると、僕を抱きしめているコータの手が僕の顎にかかり顔をまた無理矢理持ち上げた。

「それ、癖? お前本当、餓鬼みてぇだな。」

 僕の癖をそうやって笑い、コータは僕がもう顔を湯に浸けれないように僕の体を少し持ち上げると僕の体をそのままコータの胡坐をかいている足の上に乗せる。
 尻に感じるコータの脛の骨ばった感触と、そして、柔らかいような固いような不思議な感覚の股間にあるコータの分身の感触に、僕はこんな状況にも関わらず少しだけ顔を赤らめてしまった。
 そんな僕の微妙な変化を感じ取ったのか、コータはまたくすくすと笑うと、僕の体を少しずらして股間にあるコータの性器から離した。
 それがどんな意味があったのかは知らない。
 だけど、その時僕が少しばかりホッとしたのは確かだ。

「……しっかし、まさか笹川のメールの相手がお前だとは思いもしなかったぜ。どんな小柄で可愛い女なのかと思ったら、男でチビでガリなお前だもんな。あいつがデレデレした顔でお前の肩を抱いてお前の家に入っていく姿を見た時は、流石に自分の目を疑ったぜ。」
「……悪かったね、男でチビでガリで……。」

 そのままコータは僕の体を抱きしめながら、軽い口調で当時の驚きを僕に伝える。
 それに僕はぶくぶくが出来ない代わりに唇を尖らせると、些細なことだけどコータの言葉に反論する。

「ま、いいんじゃねぇの。今になって俺も知ったけどよ、確かにお前、ガリだけど抱き心地いいもんな。こー腕の中にすっぽり入るっつーか。しっくりくるっつーか。あれだ、ぬいぐるみとか抱いてるような感じ? 最初お前が笹川の相手だって知った時は、ただひたすら男とかありえねー! とか、何の冗談だ、って思ってたけどさ。ま、男もいいもんなのかもな。……お前のケツ、気持ち良いし。」

 僕の反論に相変わらずコータは軽い口調でくすくすと笑いながら、まるでぬいぐるみにハグでもするみたいに僕の体をぎゅーと抱きしめ、如何に抱き心地がいいかを教えてくれた。
 正直あまり嬉しくない。
 コータの言葉の最後に付け加えられた言葉も。
 そう思い、僕は更にぷーっと頬を膨らませたがそんな僕にコータはくすくすと笑い続けた。
 そのコータの笑い声と軽い口調に僕はいつの間にか、さっきまで感じていたショックから抜け出している事に気がつく。
 ひょっとしてコータなりに僕を励ましてくれた、とか……?
 そうは思うが、だけど、コータがそんな事を僕にするメリットなんて何一つ思い浮かばない。
 だから僕はそれは僕の自意識過剰が見せた気のせいだと処理する事にして、コータと一緒になってくすくすと笑い、狭い浴槽の中でその後暫く、互いにのぼせるまでつまらない言いあいをしていた。
 ……だけど、そのせいで僕は気がつかなかった。
 僕の思惑とは裏腹の別の思惑が進行していた事に。