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ボレロ 1


戦闘が終わり、誰もが束の間の平穏を取り戻す頃、格納庫だけが相変わらず喧騒に満ちていた。
格納庫の騒々しさも、パイロットたちが多少機体を損傷したとしても無事に帰ってきた故と思えば、幸運の証なのかもしれない。
補修状況を確認しようとやって来たが、今は此処に自分が居ても邪魔になるだけ、とノイマンが格納庫をあとにしようとした時、背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「ノイマンさーん!!」
真っ赤なパイロットスーツに身を包んだ少年が、無重力を泳ぐように降りてくる。
「ディアッカ」
ディアッカは一旦ノイマンの前を通り過ぎると、壁を蹴ってすとんとノイマンの前に降り立った。
「珍しいね。ノイマンさんがこんなとこに来るなんてさ」
まっすぐに向けてくるやんちゃ坊主のようなあけすけな笑顔は、どこから見てもまだ子供と言ってもいい10代の少年のもので。こんな笑顔ができるのに、MSに乗れば鬼神のような強さを誇るエースパイロットだなんて、考えてみれば皮肉なものだ、と思う。
そのやりきれなさを誤魔化すように、ノイマンはくしゃくしゃとディアッカの頭を撫でた。
「なんだよ、また子供扱い?!やめてよね、これでも俺、成人してんだから」
「俺にしてみれば17歳なんて、まだまだ子供だよ」
文句を言いつつもノイマンの手を振り払う訳でもなく、このやり取りを楽しんでいるかのようにディアッカは笑っている。
もし弟がいたとしたらこんな感じなんだろうか。
「で、ノイマンさん。何しにきたの?何か用があったから来たんでしょ?!」
「修理の状況を確認しようと思ってね。これからしばらく戦闘が続くだろうし、もし修理に時間がかかるようなら、近くのデブリ帯にでも隠れて修理の完了を待った方がいいから」
「んー、修理自体にはそんなに時間はかからないと思うけど…急いで移動する必要が無いんだったら、機体の修理と一緒にメカニックたちの士気や体力を回復させておいた方がいいと思うけどね」
眉を寄せて考え込むような表情からは子供の気配は消え、冷静さと思慮深さを兼ね備えた大人が顔を覗かせている。
メカニックたちの状況を「疲れている」とか「休ませて」とか感情的な言葉ではなく、「回復」という言葉を使ったことに少しだけ意表を突かれた。
やはり軍人、ということなのだろうか。
「そうか…で、そういうディアッカ、きみはどうなんだ?ここのところ出撃が増えてきているけれど、大丈夫なのか?」
「俺?俺は…やっぱり基礎体力が違うみたいだから、今んところは大丈夫だけど…心配、してくれてるの?」
「心配しちゃいけないのか?」
「だって…俺、コーディネーターだよ。こないだまで敵だったし…ちょっと丈夫な消耗品、くらいに思われてもしょうがないじゃん。心配してもらえるなんて、予想外だったから」
くしゃりと顔を歪めてディアッカが笑う。ディアッカの笑顔がノイマンには泣いているように見えた。
たった一人、今まで敵として相対していた艦に居ることを想像以上にディアッカが気に病んでいたことに、今まで気づいてやれなかったことが情けなかった。
「心配、してるよ。大事な仲間だから」
「…なんか……照れくさいね」
俯いてしまったディアッカの頬に手を伸ばそうとして、一瞬躊躇い、ノイマンはディアッカの頭を抱き寄せた。
せめて今だけはディアッカが寂しさを感じなくてすむように。
「ディアッカ、俺は------」
「よぉ、お熱いところ悪いんだけどね、ちょっとお邪魔していいかな?!」
突然割り込んできた声に振り向くと、フラガがからかうような笑みを浮かべて立っていた。
その声に弾かれるように、ディアッカがノイマンから身を離す。心なしかディアッカの表情に暗い影が過ぎったように見えた。
フラガは軽く床を蹴ると、ディアッカの横に降り立ち、肩に手を回した。ディアッカの表情が強張り、視線が床に落ちる。
「邪魔をするのは趣味じゃないんだけど、マードックがどうしても坊主を呼んで来いって言うもんだからさ---ディアッカ、バスターのOS調整でマードックがおまえに用があるんだとさ、行ってくれるか?!」
「うん…今すぐ行く……じゃあ、ノイマンさん、またね」
肩に回されたフラガの手をすり抜けるように、ディアッカは格納庫へと身を翻した。その後姿を暫し見送るように見つめた後、ノイマンがその場を立ち去ろうとすると、フラガの声に引き留められた。
「随分あの坊主と仲がいいんだな」
「そうですね…会話をするようになったのは最近ですが」
「ノイマン少尉はお子様には優しいからなぁ。コーディネーターの子供にもお優しいって訳だ」
フラガの一言一言に潜む刺に、ノイマンが眉を寄せる。
「少佐…何が言いたいんですか?」
「別にぃ」
挑むような、嘲るようなフラガの視線。訳がわからない。何故こんな視線を向けてくるのか。
「あなたもディアッカとは親しいのでしょう?!度々ディアッカの部屋に行ってるじゃないですか」
「あ、知ってた?そういや少尉の部屋はディアッカんとこの隣だったっけ。親しいっていえば親しいよ。セックスしてるくらいだし」
「……は?」
フラガは一体何を言ってる?セックス?ディアッカと?
ノイマンの混乱を揶揄するような笑みで返し、フラガが更に言葉を続ける。
「古い言葉で言うと『愛人』ってやつ。あいつは俺のもんだから」