「少佐…あなた、何を言ってるんですか?冗談にしても…趣味が悪すぎますが」
あのディアッカが?愛人?まさか…信じられる訳がない!
「冗談じゃないんだな、これが」
ノイマンの表情が強張るのを楽しげに見つめながら、フラガが言葉を続けた。
「おまえがどう思おうと、あいつは俺のもんだから。俺ってかなり独占欲が強い方だし、男でも女でもあいつに近づいてくるやつは許せないの。だから、おまえもあんまりあいつに馴れ馴れしくしないでね」
「少佐!!いい加減にしてください!」
尊大なフラガの態度に、ノイマンは思わずフラガの襟を掴んだ。
フラガのにやにやとした笑み、傲慢な態度、すべてに怒りがこみ上げてくる。
「あなたは一体何を考えて……あいつは、まだ子供じゃないですか!」
「子供じゃないでしょ、もう17なんだし。それに、それ以前にあいつは捕虜だったでしょ」
「何を言って……?まさか、あんたっ!!」
傲慢な笑みを浮べ、フラガは襟を掴むノイマンの手を振り払った。わざとらしくゆっくりと襟元を直す。
「そ、あいつが未だ捕虜だった時に、ね。あいつ、男を相手にするのは初めてだったみたいでさー、躾るのが大変だったんだから」
愉しげな笑いを含んだ口調。下卑た表情。
これが今まで自分が知っていたフラガなのか?信じられない思いと怒りで眩暈がする。ノイマンはフラガに振り払われた勢いのまま後ずさり、壁にもたれかかった。
「なんて、ことをっ…!」
脳裏にディアッカの笑顔ばかりが浮かんでくる。あの笑顔の裏で、そんなことが起こっていたなんて。ノイマンは気付いてやれなかった己のふがいなさに奥歯を噛み締めた。
「ま、そういうこった。わかったらあんまりあいつに近づかないでね。ばいばい、優しいノイマン少尉」
フラガは後ろ手にひらひらと手を振ると、振り返りもせずに去っていく。
その後姿を言葉も無く見送り、ノイマンは壁伝いに崩れ落ちるように床に座りこんだ。
どれだけの間、そうしていたのか。誰かに肩を揺すられ視線を上げると、心配そうに自分を覗き込んでいるスミレ色の瞳があった。
「ディアッカ…?!」
「どうしたんだよ、こんな所にぼーっと座り込んで。もしかして…気分でも悪いの?熱でも出たの?」
肩に乗っていた手が額へと移って来る。暖かな感触。ノイマンはディアッカの手を取ると、腕の中へ引き寄せた。
華奢ではないのに、腕の中の身体は小さくて。ノイマンはこみ上げる感情に突き動かされるように、ディアッカを抱き締めた。
「ちょっ、ノイマンさん!どうしたんだよ?!大丈夫?立てないくらい気分悪いの?!」
優しい子、だと思う。普段は斜に構えた態度を取ることが多いけれど、それも照れ隠し故のものだとわかれば、その優しさが伝わってくる。
この優しい子がフラガに、と思うと、目の奥が熱くなってくる。
「…ごめんな」
「なに?ノイマンさん、どうしたの?大丈夫?」
「気付いてやれなくて、ごめんな…」
腕の中のディアッカがびくりと震えた。身を強張らせるディアッカを更に強く抱き締め、ノイマンは言葉を続けた。
「知らなかったんだ。フラガ少佐がそんなことをしてたなんて…気付かなくて、守ってやれなくて、ごめん…」
「どうしてノイマンさんが謝るの?ノイマンさんのせいじゃないのに…それにしょうがないよ、俺、捕虜だったもん……ノイマンさんは悪くないんだから、謝らないでよ」
震える言葉はどれもノイマンへの気遣いに満ちていて、それが一層ノイマンの胸を締め付ける。ノイマンはディアッカの頭を抱き寄せ、頬をすり寄せた。
「ディアッカ、ごめん…ほんとに……守ってやれなくて、ごめん」
小さな嗚咽が聞こえ、抱き寄せた頬に涙が伝ってくる。嗚咽は徐々に大きくなり、堪えきれないような悲痛な泣き声に変わった。
「ごめんな…」
自分に縋りつき、小さな子供のように泣きじゃくるディアッカを、ノイマンは守るように強く抱き締めた。