戦場でも、食事の時間だけは誰もが緊張から開放され、大人も子供も、軍人としての顔を捨て、人間らしさを取り戻す。
自室にいても寛ぐことができない戦艦の中で、食堂だけが癒しの空間となっていた。
フラガが探している人物も今の時間はそこで時間を潰している筈で。
持ち前の人懐っこさで、その人物はずっと以前からAAに居た仲間のように、クルーに溶け込んで、休憩時間には食堂で他のクルーたちと寛いでいる姿を最近よく見かけるようになったから。
フラガは「人好きのする笑顔」の仮面を付けて、光と喧騒が満ちた食堂に足を踏み入れた。
「あ、少佐!」
栗色の髪をした少女が小さく手を振る隣に、琥珀の少年。
羽をもがれ、捕われ、仲間からも家族からも引き離され、異邦人とならざるをえなかった少年。
突然現れたフラガに、少年は怯えた表情を浮かべ、視線を床に落としている。
視線を反らしながらもフラガの存在を無視できず、少年は全身でフラガの気配を追ってぴりぴりとした空気をまとう。
哀れな子供。
狩る者から狩られるモノに。
少年にだけわかる冷笑を唇に湛え、フラガは少女に近づいた。
「お嬢ちゃん。悪いんだけど、コーヒーを二人分煎れてくれないか」
「二人分?」
「そう、二人分」
訝しげに首を傾げる少女に、後ろから別の少年が割り込んでくる。
「ミリィってば、ほんとに気が利かないんだから。艦長の分、ですよね?!少佐」
肯定とも否定とも取れる笑顔のまま、フラガは肩を竦めた。
聞こえないフリをして身動ぎもせず、少年がフラガの言葉を追っていることを視界の端に捕らえて。
「少佐って優しいんですね」
「大人って感じするよなぁ。俺もいつか彼女が出来たら、やってみよーっと。優しいのね、とか言ってもらえるかなぁ」
「バカ。おまえがやったらタダのパシリだよ!」
じゃれ合うような会話を交わしつつ、キッチンに向かう少女たちを見送ると、ぽっかりと二人だけの空間ができた。
近くに誰も居ないことを確認して、少年がおずおずと顔を上げる。
縋るような視線。
捕食されることを期待しながら、それを認めず怯えて。
それがフラガの中に昏い炎を点すことも知らずに。
フラガは酷薄な笑みで口元歪め、小さく吐き捨てた。
「自惚れるな」
誰がおまえの所に行くと言った?おまえのために、俺がこんな心遣いをする訳がないだろう?
自惚れるんじゃないよ。ガキのクセに。
ありったけの侮蔑を浮かべて、フラガは少年を見下ろした。
一瞬時が凍りつき、少年が傷ついた表情を浮かべる。視線が揺らぎ、瞳が潤む。
小さく震える肩にフラガが冷笑を返す。少年がいたたまれなさに顔を伏せ、唇を噛む姿に、知らず笑みが浮かんでくる。
駆け引きさえできず、フラガの一挙手一投足に心を傷つけていく少年は、傷を負う程にフラガを魅了するのだ。
潤んだ紫瞳からぽろりと零れる涙に、フラガは聞こえよがしに舌打ちをして視線を逸らして見せた。
少年が拳で涙を拭い、椅子を蹴って立ち上がる。
ガタン、と椅子が大きく鳴る音に少女たちが驚いて振り返るのを避け、少年はドアの向こうに駆け出していた。
「何かあったんですか?」
芳香が立ち上るカップを2個載せたトレイをフラガに渡し、少女が不思議そうに呟く。
「さあねぇ。何か用事があるんだろう」
隠れて泣かなきゃいけないからなぁ。
喉の奥で呟いて、フラガは少年の後を追った