戦闘空域を抜け、AAが補修作業と乗員の休養を兼ね、デブリ帯に身を潜めて既に1週間。現在位置近くに戦略上の重要拠点も無いため、比較的穏やかな日々が過ぎていた。
戦闘が無いのは良いことなのだが、そろそろ「変化の無い一日」にも飽きてきた。せめてもの暇つぶしに、とフラガがストライクのコクピットでOSの調整していた時、突然アラームが点滅を始めた。
「こんなとこまで追っかけてくるなんて。ヒマな奴らもいたもんだ」
フラガは溜息をつき、膝の上で開いていたマニュアルをコクピットの外に放り投げ、ハッチを閉じた。
間髪入れずに、ブリッジから通信が入る。
「フラガ少佐。発進準備お願いします。敵機接近。熱紋パターン照合、ザフトのシグゥです」
現在位置近くには戦略上重要な拠点もなく、敵機に遭遇する可能性は殆どゼロ、である筈だったのに。
「シグゥ?クルーゼかよ。なんだってこんなところで仕掛けてくんだよ。ザフトもヒマなのかねぇ」
舌打ちをして、バイザーを降ろし、ブリッジの回線を開いた。
「敵影は全部で何機?」
「他にはありません。シグゥ1機だけです」
「……そういうことか」
「?少佐、何か…」
「いや、何でもない。とりあえず出撃は俺だけでいい。他は待機させとけ」
「でも、少佐!」
「大丈夫。任せとけ」
尚も言い募ろうとするオペレーターを封じるように回線を切る。
「ムウ・ラ・フラガ。ストライク、出る!」
シグゥへ向かうように見せつつ、不自然に見えないようAAから離れた。シグゥも距離を取りながら、ストライクの後に続く。
巨大なデブリを見つけ、その影に入ったところで、AAとの通信回線が切れていることを確認し、シグゥに回線を繋いだ。
「よぉ、クルーゼ。何の用?まさかご機嫌伺い、って訳じゃあないよな」
ラウ・ル・クルーゼとフラガは1/2同じ遺伝子を共有している。
戦場で目視しないでもお互いの存在を知ることができることに疑問を感じ、お互いの経歴を調べた結果、「父親の遺伝子」という共通項を見つけた。
以後、立場は変わらなくても、敵としてにらみ合うことは止めた。
自軍の機密情報を流しあうような馴れ合いはなかったが、時折お互いの生存確認を兼ねて連絡を取ることもあった。
所属する軍が違うとはいえ、同じ遺伝子を持つものにまで刃を向けたくはなかったから。両親を亡くしたフラガにとって、クルーゼは残された唯一の家族でもあるのだから。
「久しぶりだな、ムウ。分かるだろうとは思っていたが、流石だな」
「前置きはこれくらいにしておこうぜ。あんまり長い間AAとの通信を切っとくと、フリーダムやジャスティスが援護で出てくるからさ。わざわざMSで出てきたんだ。何か用があったんだろ?!」
「せっかちなことだ…まぁ、いい。私の子猫がそちらでお世話になっている、と聞いたものでね。元気でいるか聞きたかったのだよ」
「おまえの子猫ぉ?」
「あぁ、金色の毛並みに紫色の瞳が美しい子猫だ」
乱れた通信画像でも、クルーゼが唇の端を上げて思わせぶりな笑みを浮べているのがわかる。
遺伝子だけではなく、好みまで同じって訳か。いや、遺伝子が同じだから好みが同じなのか。フラガはこれ見よがしにため息をついてみせた。
「まさか、返せって言ってるんじゃないよな」
「これから本格的に躾を始めようか、と思っていた矢先にいなくなってしまったのでね。返してもらえるものならば、返してもらいたいが」
「やっと最近大人しくなってきたとこなのに、今更返すなんて冗談でしょ。悪いけど、その申し出は受けられないね」
「残念だな。会うだけでも、と思ったのだが」
話はこれまで、とシグゥに繋いだ回線を切ろうとし、しかしふと思い直した。仮面に隠れたクルーゼの顔を横目に、今思いついたばかりの「新しい躾」に思いを馳せる。
「いいぜ、会わせてやるよ。ただし、条件がある」
「それは嬉しいが、その条件が軍事機密の場合は受け入れられない」
「そんな無粋なことを俺が言う訳ないでしょ。条件はあとで連絡するから、傍受されない通信回線を教えろ。ザフトが誇るクルーゼ隊の隊長さんなら、それくらいの特権は持ってるだろ」
「確かにな…では連絡を待っている。あまり待たされずにすむことを願っているよ」
シグゥからストライクへ、クルーゼ専用回線のエントリーコードとパスワードが送信されてきた。フラガはそれらを記憶すると、ストライクの受信記録から削除し、クルーゼとの通信痕跡を消した。
「まぁ、焦らずに待ってろよ。愉しい再会にしてやるからさ」
よく似た笑みを最後に通信を切ると、二機はそれぞれの母艦へと戻った。