ずき、とこみかみに走る痛みでディアッカは目を覚ました。
しばらくそのままの体勢でじっとしていれば痛みも治まるかと思ったが、治まるどころか痛みと痛みの間隔は徐々に狭まってくる。
ずきずきと絶え間ない痛みに吐き気さえ込み上げてきた。
「ディアッカ……起きたか?」
降りてくる声に、そっと目を開けてみる。ぼやけた視界に光が不規則に点滅し、網膜に突き刺さってきた。
目の奥が痛い。ディアッカはもう一度目を閉じ、低く呟いた。
「きもち、わりぃ」
「光に酔ったのだろう。しばらく休めば良くなる」
「そんなん、むり。あたまいたい……」
「では、無理矢理にでも眠ればよい」
柔らかなものに唇を塞がれ、口の中に小さな固形物が液体と一緒に入ってきた。
こんな妖しい物を飲み込むなんて自殺行為だとわかってはいたけれど、この気持ち悪さと頭が割れそうな痛みが無くなるのなら何だってやってやる。ディアッカは、こくりと喉を鳴らして固形物を飲み下した。
「睡眠導入剤だ」
甘く響く低い声に、目を開けてみたら視界一杯に煌きが広がっていた。包み込むような柔らかな光が、何だか懐かしいような気がする。
「ふらが、しょうさ?」
ディアッカの顔に安堵の笑みが広がる。
「次に目が覚めた時にはわかることだ」
「……うん」
どれだけの時間を眠っていたのか。いつの間にか辺りはオレンジ色に染まっていた。
窓に掛けられたカーテン、壁紙、天井に据えられたライト。どれも初めて見るものだ。
ディアッカは寝惚けたフリをしてゆっくりと目を閉じた。深く、規則的な呼吸を繰り返し、眠っているかのように装いながら、急いで記憶の糸を手繰り寄せた。
モルゲンレーテの研究室で、点滅する激しい光に眩暈を起こし、気を失ったことは覚えている。
その後、一旦目を覚ました際に、誰かが傍に居たことも。
少なくとも、ここには自分以外の誰かがいる。それが味方なのか敵なのかはわからない。
何もかもが不明瞭なうちに、こちらが完全に覚醒したことをその人物に知られるのは得策ではないだろう。
ディアッカは目を閉じたまま、自分を取り巻く状況を把握しようと五感を研ぎ澄ませた。
「気がついたか?」
誰かの低い声がすぐ近くから聞こえてきた。
びくりと肩が震えそうになるのを抑え、ディアッカは深い呼吸をゆっくりと繰り返した。
「テキストどおりの対処も結構だが、目を覚ましているのはわかっているよ。ディアッカ」
喉の奥で低く笑いながら、誰かが耳元で囁く。掠める吐息に、ぞわりと背筋に悪寒が走った。
反射的に目を開けると、目の前に鈍色の仮面で顔の上半分を隠した人物が居た。
「クルーゼ隊長?!」
「今でも『隊長』と呼んでくれるのは光栄だが、それで良いのかね?」
揶揄を含んだ声音に、ディアッカは咄嗟にクルーゼを突き飛ばし、ベッドから飛び退った。
何故忘れていたのか。切っ掛けはどうあれ、今の自分は脱走兵なのだ。プラントを裏切ったつもりはないけれど、敵軍に付いたとクルーゼに思われてもやむを得ない。
ディアッカは己の迂闊さに臍を噛んだ。
「そんなに警戒しなくてもいい。中立国であるオーブ支配下のコロニーで、無闇に諍いを起こそうとは思っていない」
警戒心を露にするディアッカへ、クルーゼは両手を上げて敵対の意思が無いことを示した。
「それにきみを捕縛しようとする気持ちがあれば、こんな所に連れては来ない。すぐにZAFTの憲兵に引き渡している」
クルーゼの言葉には頷けるところもあるが、ディアッカの本能が警鐘を鳴らし続けている。ディアッカはじりじりとクルーゼと距離を取った。
「俺はモルゲンレーテの研究所に居た筈だ。どうやってここに連れて来た?」
「モルゲンレーテが蝙蝠のような会社だということは、Gの開発を行っていたことで明白だろう。彼らは地球連合だけではなくZAFTとも協力関係にあるが、完全に信用することもできない。新型MSの正確な情報を得るには、多少手荒な方法を取るしかなくてね」
クルーゼは両手を上げたまま、一歩ずつディアッカに近付いた。
「きみはトラップに引っかかったのだろう。端末の前で倒れているのを見つけたが、私も後ろ暗い立場だ。助けを呼ぶことはできなかった。かといって、昔の部下を見捨てることも忍びない。結果、連れ帰ることにした、という訳だ」
少しずつ距離を詰められ、ディアッカは壁伝いに後退さった。
「何故助けた?俺を助ける価値があったとは思えない」
嫌われていた、とは思わないが、取り立てて目を掛けてもらった記憶もない。見捨てられても当然。見捨てられていなかったことが不可解だと思う程に、クルーゼは自分に対して冷淡だったと思う。
きつく睨み付けるディアッカに、クルーゼは口角を上げるだけの笑みを見せた。
「それは……心外だ。私は私なりにきみへ好意を示していたつもりだったのだが」
「信用できない」
「通報しなかった、助け出した、という事実だけでは不足かね?」
ディアッカはクルーゼから視線を外さずに、小さく、しかしはっきりと頷いた。
「あんたは俺に無関心だった」
「随分と誤解が大きいようだな。だが、考えようによっては、これもよい機会かもしれない」
白い手袋に覆われた手が、すっとディアッカの喉元に伸ばされた。
「ラウ・ル・クルーゼがどういう人間か、知りたくはないかな?」
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