「1、2、3、4F、っと。ここだな」
事前調査である程度予測はしていたものの、とてもここで機密情報を扱っているとは思えないほど研究所のセキュリティは甘かった。ビルへの立ち入りは言うに及ばず、研究所のあるフロアへの侵入すらノーチェック。
あっという間に研究所のドアの前まで辿り着いてしまった。
あまりに簡単すぎる行程に、何だか気が抜ける。
ディアッカは緩んだ緊張を少しだけ引き締めると、肩にかけたデイバッグを床に下ろした。PDAを取り出し研究所のフロア図データを呼び出す。
1フロアを殆どぶち抜きで使っているが、南側の一画だけ分厚い壁で区切られ、更には空調も電源も別配線で施されている。図面上「サーバー室」と描かれているが、壁の厚さがただのサーバーを置いている部屋ではないことを物語っていた。
多分、ここ。
ディアッカはPDAをバックに戻し、代わりに携帯用のノートパソコンを取り出した。
ドアのロックはIDカードでの認証のみ。今の時代、ロックと呼ぶことすらおこがましい代物だ。ダミーカードにケーブルを繋ぎノートパソコンに接続すると、それをロックのカードスロットに差し込んだ。
カードがスロットに吸い込まれるのを確認し、IDクラックのプログラムを走らせる。
1秒。2秒。3秒。
ノートパソコンのディスプレイに数字とアルファベットが流れ、やがて「Completed!」の文字が浮き上がった。軽い空気音を立ててドアがスライドする。あっけなくロック解除。
「グゥレイト」
ディアッカはカードを引き抜き、ノートパソコンをバッグに仕舞うと、静かに室内へと足を踏み入れた。
真っ暗な室内に常夜灯だけがぼんやりと灯っている。とりあえず移動に支障がない程度には明るい。
ぐるりと周囲を見回し、ディアッカは眉を顰めた。
あまりにも何も無さ過ぎる。
デスクやキャビネット、PCといったオフィス用品は揃っている。しかしそれを日ごろ誰かが使っているようなヒトの気配が感じられないのだ。
嫌な予感がする。
一旦引き返して出直そうか、とも思ったが、既に「今日決行する」とフラガに連絡を入れてしまっている以上、今更延期はできない。
ディアッカは小さく頭を振って気を取り直すと、サーバー室に歩を進めた。
サーバー室の中には何台ものサーバーが並び、そのどれもチカチカとランプが点灯しているところを見ると、無人であってもサーバーだけは稼動しているらしい。
ディアッカはもう一度PDAを取り出すと、フロアのLAN配線図を呼び出した。ラミアス艦長からの情報では、目的の情報はスタンドアローン、つまり通信回線に接続されていない端末に保存されている筈だ。LAN配線図を辿って外部通信回線に接続されていない端末を探す。
あった。
一番奥の一台。並んでいるサーバーに隠すように置かれているPC。これだけが通信回線どころか、他の端末にすら接続されていない。
見つけた。
にやり、と笑みを浮かべ、ディアッカはPCの電源を入れた。低い起動音が響いてくる。ディスプレイに画面が表示されるのを待った。多分ほんの数秒なのだろうが、誰もいない暗い室内にいると、その数秒がとてつもなく長く感じる。
やがて小さな電子音と共に、ディスプレイにメッセージが浮かび上がった。
「How kind of you to come!(来てくれてありがとう)」
メッセージの意味にディアッカは息を呑んだ。これは自分がここに来ることを予想して入れたメッセージなのか、それとも悪戯好きな誰かがふざけて常日頃こんなメッセージを入れているのか。
ディアッカは視線の端で逃走路を探しながら、震える指先でキーボードに指を伸ばした。
「っ!!」
タッチパッドに触れた瞬間、ディスプレイが暗転し、次に真っ白な光りが放たれた。
まぶしさに目を細めると、それは落ちるようにすっと消えていった。ほっと息をつき、またディスプレイに視線を戻すと、先程よりも更に眩い光がディスプレイから放たれた。
「う、っ!」
不規則に何度も光が点滅を繰り返す。網膜には光の残像が焼きつき、その上に更に光が重なっていく。
ディスプレイから視線を引き離しても、網膜に焼きついた残像が点滅を繰り返す。
それはやがて眩暈を引き起こし、ディアッカを暗い闇へと引き込んでいった。