迷走エゴイズム
「なあ、恋次。俺、マジでビックリしてたんだぜ?」
「んでだよ」
「だってオマエ、酷でぇ有様だし、斬魄刀も持ってねえし」
「え・・・? あぁッ?! 無えぇッ!! 俺の蛇尾丸、どこ行ったッ!?」
一護を突き飛ばして腰の辺りを確かめた。
無い。
蛇尾丸がどこにも無い!
もしかして詰め所に置いたままか?!
「・・・んだ? 気がついて無かったのか? 俺はまたてっきり死に掛けてんのかと・・・」
「んで俺が死ぬんだよッ」
「いや、だって、卍解が破られたのを放っとくと死ぬんだろ? なんか霊圧もスゲエ不安定だったし」
あ、そういやそうだった。
つか!
「破られてねえよ! 大体、卍解するような相手じゃねえ! それに四番隊だっているだろ!!」
「んなの分かる訳ねえだろ! そんな惨めったらしいカッコで来やがって!」
「いや、だから! これは!」
つか何てザマだよ?
斬魄刀忘れて現世に渡るなんてこんな醜態、考えられねえ!
一気に吹き上がった動揺を隠せず、思いっきり怒鳴り返す俺に、
「やっといつもの恋次に戻った」
と一護の眼が、真夏の日差しを浴びて悪戯っぽく煌めいた。
「・・・い、いつもって何だよ!」
「いつもはいつもだろ。ガキくさくて単純で力任せの恋次だろ」
「んだとテメエッ! テメエに言われる筋合いはねえッ!」
テメエ俺のこと、何にも知らねえじゃねえかよと心の中で不満が燻ぶる。
────だけど俺も。
俺は一護を見た。
「このバカ心配させやがって」
と大上段に構えてくる一護の眼はいつもの強い光を取り戻している。
俺もテメエのことを何にも知らねえ。
知らねえんだ、
チクショウ。
んだよ、そんなにバカみてえにいつものツラしやがって。
やっぱ前しか見えてねえのかよ、
俺だけかよ、こんなザマはよ?
「・・・ハハッ」
腹の底から笑いが込み上げる。
だって滑稽だ。
一人でグルグルと同じところを廻って、期待して願って落胆して。
なんてザマだ。
「んだよッ、何笑ってやがんだチクショウッ!!」
「何でもねえよ」
いきり立つ一護の頭をくしゃっと掻き混ぜると、この晴天だ。
汗を掻いたんだろう。
指にしっとりと髪が絡みつく。
なあ、一護。
闘いの最中ならまだしも、見せ掛けだけのこの平和に漂うだけの俺はきっと、先のことを考えないようにするのに慣れすぎてしまったんだ。
だから少し現実が顔を覗かすだけで、こんなに胸が痛くなる。
何も考えられなくなる。
俺は弱くなってしまったんだろうか?
闘いが恋しいと思う。
オマエと肩を並べ、或いは背中合わせに、或いは遠く離れた空間で、ただ前に進むために力の限り刀を振っていたあの闘いの日々が恋しいと思う。
あの中に俺の生はあった。
オマエとの生もあった。
オマエもそうじゃないのか?
俺たちはそうやって共に生きてきたんじゃねえのか?
じゃあこれからはどうすればいい?
「一護、俺は・・・」
「なあ恋次!」
「・・・ん?」
「あのさ! 絶対、俺の居ないとこで怪我とかすんなよ?」
「あ?」
「でもって俺の居ないとこで・・・」
「・・・・ん?」
「いや、何でもねえ」
ふいと横を向いてしまった一護は、どこか怒っているようで。
俺の居ないところで死ぬなよ、って言いてえのか?
一護が飲み込んだ言葉は容易に推測できた。
知らず頬が緩む。
そうだな。
それがこの場だけの言葉だとしても、明日の戦いの時には忘れてるとしても、俺はオマエを一人残すようなことはしねえさ。
俺は一人になるのは慣れているしな。
俺は自分の手を見た。
包帯の下に身を潜めて回復を待っている俺の手。
この指の間から何もかもが零れていった。
肝心なとこで役立たずの俺の手。
そのまんま俺じゃねえか。
だが重ねた喪失が俺を硬く強くしてくれた。
記憶の底に沈んでしまった哀しみは、もう取り戻せないとしても、永遠に失ってしまったものをもう思い出せないとしても、もう二度と俺は俺に戻れないとしても、
後悔は無い。
────だがオマエは俺と違う。そんな目に遭わせやしねえ。
だから俺はオマエより先に死にはしない。
石に齧り付いてでも生き延びてやる。
どんな酷い目に遭っても、笑い飛ばしてやるさ。
だからオマエはそのままで────。
「オーイ、恋次? またオマエ、意識飛ばしてただろ! いい加減にしろよな」
一瞬の呆れた表情の後、とにかく手を見せてみろと近づけてきた真剣な横顔、斜めから咥えるように唇に触れると、一護は慌てて飛びのいた。
「テ、テメエッ、何しやがる、こ、こんなときにッ・・・!」
こんなときだからだよバカと首筋に腕を絡ませ、顔を埋めると一護の匂いがした。
それはこの温もりと共に、きっと永遠に記憶に残る。
いや。きっと残してみせる。
護ってみせる。
俺は、一護を抱く腕に力を込めた。
まだ細く骨ばった身体が軋む音が聴こえたような気がした。
2009 10万hit企画 桐生さまへ
一恋で、一護が好き過ぎる恋次のお話というリクエストをいただきました。
あの副隊長が一護を好き過ぎちゃったら、ルキアの件しかり、きっとグルグルの罠にはまっちゃうだろうなあと思って書いてみましたがご期待に添えたかどうか・・・。リクエストありがとうございました!
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