「どうした、檜佐木くん?」
「あ・・・、いや、何でもありません。申し訳ありません」
「いや、こちらこそ具合の悪いところを申し訳なかったね」
目を上げると、藍染隊長は悠然としたあの笑みを浮かべていた。
「君は今期きっての有望株だと聞いている。ゆっくり休んで体を治し、今度は護艇で活躍してくれ。期待してるよ」
だが、その言葉は先ほどまでのような高揚はもう、もたらしてくれない。
そもそも活躍などしていない。
運よく、間をもたせられただけだ。
それが現実ってもんだろ。
「・・・ありがとうございます」
深々と頭を下げた俺に笑んだ後、藍染隊長は振り返った。
三人組の霊圧が見事に跳ね上がる。
「君たちはまだ一回生だったね。あの虚に立ち向かうとは君たちの勇気には敬服するよ。きっといい死神になる。頑張りなさい」
「ハイッ!」
「が、がんばりますッ!」
「ありがとうございましたッ」
藍染隊長が背を向けた。
白い影がふわりと揺れて、扉の向こうに消える。
期せずして、そこにいた全員の口から、ふう、と大きな息が漏れた。
「うわぁ・・・。また藍染隊長とお会いできるなんて感激・・・!!!」
「やっぱりすごかったね。何だか圧倒されたよ」
「そっか? 別に普通のオッサ・・・、イテッ、何しやがるッ」
「何言ってんのッ、阿散井くんのバカッ! 最低ッ! あんなにカッコイイのに・・・!!!」
「最低って・・・、そこまで言うか?!」
「雛森くん、まさか君・・・」
「ああ、こんなに近くでお会いできるなんて・・・。藍染隊長・・・っ!」
「ひ、ひ、雛森くん・・・?!」
「オーイ、吉良、大丈夫か? 目ェ死んでんぞー」
俺は、じっとその三人がバカ騒ぎを繰り広げるのを見ていた。
さっきまで同じ鞘に入った豆粒みたいに見えてた三人がそれぞれ、酷く違ったものに見えた。
たった5年しか違わない。
俺たちは等しく、弱い。
頂点へ道が繋がっているかどうかさえ分からない。
だが、進むしかない。
俺は俺のやり方で。
こいつらはこいつらのやり方で。
俺はどすんと寝床に腰をかけた。
足も何もかも、もう限界だった。
きっと情けないツラをしてたんだろう。
振り向いた阿散井は俺の顔を見て、少し驚いた表情を見せた。
それが年相応のあどけなさで、虚の前や、藍染隊長の背後で見せていたあのふてぶてしさの影に、こんな顔も隠していたのかと、俺も少し驚いてしまった。
だが、こんな風に内心を見せると、きっと舐められる。
ヤバい。
だから、
何か言いたそうにするのを遮って、
「オイ、テメエら、もう帰れ」
と手で追い払ってみせると、
「はァ?」
と案の定、阿散井は元のふてぶてしいツラに戻った。
してやったりと、俺は笑いそうになった。
それに、そのツラの方が、小気味いい。
しかも、
藍染隊長の訪問のショックから抜けきれてなかった後の二人も口々に、
「え・・・? あ、すみませんっ」
「あの、お見舞いに来たんですけど」
などと言い出したから、それも妙に笑いを誘う。
コイツら、まだ正直でまっすぐなんだ。
ガキのまんま、現世の実習なんかで死なせるところだったんだ。
「あの! 遅くなりましたが、助けてくださってありがとうございましたっ!」
「檜佐木先輩の引率のおかげで、僕たち、こうやってまた戻って来れました」
さっきまでの言い草とはずいぶん違うみてえだな?
もちろん口にする気はないが、少し皮肉を込めて二人を見遣ると、そこにはバカバカしいぐらい、真面目な瞳があった。
「そうだぜ、センパイ」
と賛同してみせた阿散井の目にも、何か真摯なものが浮かんでた。
生きていてくれてよかった、と思った。
あんな巨大な虚、全く敵うわけがないと分かっていながらも、自分を楯にしてコイツらを助けようとしてよかった、と思った。
間違ってなかったと思える自分も嬉しかった。
「・・・何を今更」
と返すと、顔が少し、緩むのを感じた。
後輩たちも俺を見て、安心したように笑う。
「じゃあ、これ以上お邪魔しても悪いので帰ります」
「失礼しました」
「早く元気になってくれよな、先パイ。じゃねえと俺たちの立つ瀬がねえ」
「もう! 阿散井くんは黙ってッ!」
「いってぇ・・・。殴ることねえじゃねえかッ」
「雛森くんの言う通りだ。阿散井くんもちゃんとして!」
「へーへー」
ぺこりと三人が頭を下げた。
それはまだ初々しさを残していて、何故か胸の奥が熱くなったような気がした。
長い間、夢を見ていたと思った。
渇望していた力を手にし、呆れるほど強くなって、
立ち向かってくる全てを叩きのめし、背後の弱き命を護る夢を。
だが目前には累々と横たわる屍。
振り向けば怯えた瞳。
俺は結局、死が鷹揚に広げてみせる掌の中で転がっているだけだった。
多少の力など意味も無い。
──── だが、それがどうした。
叶わないからこそ素晴らしいとは言わせない。
現実は過酷だなどと諦めない。
俺は、俺の力を手に入れる。
夢を、夢のまま現実にしてみせる。
拳を握り締め、眼を上げると、扉のところで振り返った阿散井と視線がぶつかった。
ニヤリと口元に浮かんだその笑みは、いつか潰してやろうと思わせるほどには生意気で挑発的だった。
つい、オイ阿散井と声を掛けると、くるりと深紅の瞳が煌めいた。
そして、ペコリと首を曲げるだけの会釈をして踵を返した。
このガキは、いやになるほど今を生きていると思った。
しぶとく、狡猾に、生き延びていく。
俺とは違うやり方で、違うものを目指して。
他の二人も、多分。
つい、顔をしかめてしまったのだろう。
眼の傷がじくりと痛んだ。
だがそれはとても心地よい痛みだった。
俺は、夢から完全に覚める時が近づいているのを感じた。
【終】
2009 10万hit企画 冴さま
”いろんな葛藤とかぶちこんで違和感だらけの修恋を暗い感じで”というリクエストを頂いたので、馴れ初めの辺りで妄想してみました。実習でのあの出会いだと、恋次からは最初は軽蔑に似た興味かなあと。修兵からは無謀な子供の一人かと。通過点としての一時期の立ち居地は、すごく似てると思うんです。修兵は、全力疾走してここまで来てて、恋次はのらりくらりと今はしてて。しかも根本も違うし、向かう先も違う。この先、恋次はルキアを失ってしまうわけですしね。そういうことをツラツラと考えながら書いたらこんな話になりました。修恋以前のお話になってしまってすみません。しかも暗くない・・・。もうちょっと続きを書いてみたくもありますので、これでお許しいただければ幸いです。リクエスト、ありがとうございました!
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