「ルキア。具合でも悪いのか」
はっと面を上げると、心配そうな義兄の端正な顔が目前にあった。
「い、いえ!! 大丈夫ですッ」
「霊圧が酷く乱れている」
「も、申し訳ありません。先ほどから少し眩暈が・・・」
”あの莫迦二人のせいでな!”
「ならば休むがよい。あの二人は私が何とかしよう」
「いえ! もう大丈夫です、兄様」
”そんなことはできません! あの莫迦二人はともかく、兄様に毒になります! 兄様を汚させるわけには参りませんッ! ここは私が・・・!!!”
そんなルキアの悲壮な決心を知ってか知らずか、白哉は眉をひそめ、
「しかしルキア。あの二人は犬猿の仲というよりは・・・、いや、何でもない」
と黙り込んでしまった。その怪訝そうな様子に、
”か、感づかれてしまわれたのか?!”
とルキアが身構えたとき、ボキッ、ドカッと盛大な音がした。
「クソッ、折れちまった! 恋次の馬鹿力め!」
「俺んのももう使いもんにならねえぜ、チクショウ! 大体、テメエ、刀、扱いが滅茶苦茶なんだろうがッ!」
「ッセェッ!! 俺のは斬月が教えてくれたんだ! テメエのサルとはケタが違うんだよッ!」
「サルじゃねえ! 蛇尾丸はなァッ・・・」
「ああもう煩せぇなッ、次だ次ッ! テメエのその減らず口、ぶっ潰してやるぜ!」
「んだとこんのクソ餓鬼がァッ・・・!!!」
言い争う間にも、折れた木剣を互いの喉に突き付けたまま、どんどん顔が近づいていく。
”まさか・・・・、まさかとは思うが、このまま接吻でもするのではあるまいな?!”
とルキアが胆を潰しかけたその時、
ガツッ!!
一護は強烈な頭突きを恋次に喰らわせた。
「餓鬼扱いするなっつっただろッ!!」
恋次は折れた木剣を手に、その場に頭を抱えてうずくまる。
手ぬぐい越しだというのに石頭の恋次相手に、よくもまああんなに威力のある頭突きができるものだとルキアは呆れ半分、感心した。
「い・・・てぇ・・・、何しやがる! 餓鬼を餓鬼呼ばわりして何が悪りィってんだッ、オリャッ!!」
勝ち誇っていた一護は、恋次の一撃を顎に喰らって吹き飛ばされた。
「ハッ! ざまあみやがれ! だからテメエは甘めェっつんだ、この餓鬼が!!」
「テメエ・・・、絶対殺す! ルキアァッ! 斬月!」
「ルキア! 俺にもだ! 俺の蛇尾丸、今すぐ出してくれッ!」
互いを睨みつけたまま、
此方を一瞥もせずに手を突き出して剣を要求する二人を目の当たりにしてルキアは、確かに自分の中の何かがブチッとキレたのを感じた。
ここが朽木家でありさえしなければ、己の斬魄刀を解放して二人を氷付けにしていたに違いない。
だが今は敬愛する義兄の前。決してそのような姿を見せるべきではない。
”落ち着け、落ち着くのだルキア。義妹として相応しい振る舞いを・・・!”
と側に控えていた使用人から盆を取り上げた。
そこには涼しげな大ぶりの硝子の水飲みが二つ。
透明の氷を浮かべた水がキラキラと陽光を反射していた。
「喧しいッ!! 斬魄刀は渡さぬと申したであろうが、このうつけどもがッ」
びくぅっと肩を震わせ、恐る恐る振り向いた二人にルキアは天使もかくやと微笑んだ。
その笑顔に二人の表情は凍りついた。
「この炎天下だ。疲れたであろう。まずは喉を潤して落ち着くがよい。この水も氷も朽木家所有のある泉から汲んで来たものでな。そんじょそこらの水とは違って・・・」
だが止める暇があらばこそ、あっという間に瞬歩で駆け寄った二人は、そのありがたい水を頭にぶっかけた。
「あ、待てッ、オイッ・・・!」
「ひー、冷てェッ、こりゃあ効くぜ!」
「堪んねェッ!」
「サンキュ、ルキアッ!」
「生き返ったぜッ」
ブルンと犬のように頭を振った二人は、水飲みをルキアに差し返し、鍛錬場の中央へと瞬歩で戻った。
「さあ、決着を付けようぜ、恋次ッ!!」
「白打なら一瞬で勝負つけてやる、覚悟しやがれッ」
「ハクダ・・・? なんだソレ?」
「バカが! 体術だろうが! 斬魄刀は使えねえんだ、今度は素手で闘うぜッ!」
「あぁ?! 素手なら素手ってそう言えばいいじゃねえか、小難しい言葉ばっか使いやがって!」
「小難しかねえよッ、基礎中の基礎だこのバカ!」
「バカっつうなって言っただろッ」
”・・・ああ、また始まった”
思わず見上げた空は恐ろしいくらいに青く澄んでいる。
くらりと眩暈にふらついた途端、腕をしっかりと掴まれた。
「大丈夫か。やはり休め」
「に、兄様・・・! 申し訳ありませんッ」
「いや、今日の日差しは殊に強い。日陰で休むがよい」
「でも・・・」
義兄はいつになく真剣なまなざしを向けてきていた。
ルキアは、亡き姉とは異なり丈夫な性質だが、やはり面影が重なるものかもしれない。
ならば兄の心遣いを無にしないほうがいいのかもしれない。
”だが、あの二人・・・”
ちらりとルキアが鍛錬場を見遣ると、ようやく白哉の存在に気付いたらしい一護が、
「お! 白哉じゃねえか! 久しぶりだなあ!」
と
気軽に片手を振っていた。そして、
「た、隊長・・・! いつお帰りになってたんですかッ!!」
と一気に現実に戻ってこの暑さの中、顔面蒼白になってる恋次の対比が面白いことになっていた。
”あああ、しまった! 貴様らもう、早く帰れ! ここしばらくの激務で兄様は疲れておられるのだ。これ以上、兄様を・・・”
ルキアは焦った。
「ルキア。部屋に戻っていろ。あの二人は私が引き受ける」
「で、でも兄様・・・!」
「案ずるな。殺すまではせぬ」
「え・・・?」
意味が把握できずにいるルキアを尻目に、白哉は傍らに控えていた使用人に木剣を二十振りほど用意するように命じた。
「に、兄様・・・? 二十振りって・・・、え・・・?!」
「あの二人、何かあったのか」
「あ・・・」
「あのように遠慮しあうとは彼奴ららしくも無い」
”あの二人が・・・? 私にはそうは見えなかった・・・”
ルキアは、鍛錬場の中央に棒立ちになっている二人と義兄を見比べた。
「何を怖れているのだ。若さ故か。・・・甘い」
「え・・・?!」
独り言に似た呟きに、いつもの義兄とは違う何かを感じてルキアは見上げた。
すると義兄の口元には薄い笑みが広がっている。
「水飲みなどでは足りぬ。手桶にたっぷりと氷水を用意させておけ」
白哉は羽織を脱ぎ、ルキアへと手渡した。
そして使用人が持ってきた木剣を数本、検分し、選び取った一振りを構えた。
「に、兄様・・・?」
「青過ぎるのだ。あれでは先が見えておる」
ブンッと白哉が木剣を振ると、その圧で地面が抉れた。
「もっと成長してもらわねば、な」
「兄様・・・」
白哉はルキアに背を見せた。
先ほどまで穏やかに流れてきていた霊圧も一瞬、酷く高揚した色を見せ後、消え去った。
「霊力は用いず、刀術のみ。いいだろう。気に入った」
「んだよ白哉、あんたも混ざりてえのか?」
「よく来た、黒崎一護。そのへらず口、叩き潰してやる」
「んだとォ?! 挨拶抜きにいきなりソレかよッ」
「クソ一護ッ、隊長になんて口の聞き方だッ!! つかすんません、隊長ッ!!」
「恋次、貴様もだ」
「え・・・ッ、俺もっスか?!」
「ざまあみやがれ、バカ恋次!」
「一護、テメエッ・・・!」
ブンッと再び白哉が剣を振り下ろした。
切り裂かれる空気の音の鋭さに、さすがの二人も黙り込む。
白哉は切先を二人に向けた。
「まとめて来るがよい」
「・・・まとめて、だと? 白哉、アンタ、全然変わってねえなッ!!」
「隊長、いくら何でも俺たち相手にそれはねえんじゃねえッスか?!」
「御託は要らぬ。構えろ」
「テメエ・・・」
「隊長・・・!」
色の変わった二人の眼に、白哉は薄く笑みを浮かべた。
明らかに先ほどまでと違う空気が二人を取り囲んだ。
「よっしゃ、行くぜ恋次ッ!!」
「煩せェッ、勝手に仕切んじゃねえッつってんだろッ!!」
やがて木剣がぶつかり合う激しい音が朽木家中に響き渡りだした。
「訳が分からぬ・・・」
ルキアはふらふらと木陰にある大岩へと腰を下ろした。
鍛錬場の中央に立つ義兄の背中は既に、ルキアが見慣れたものではない。
普段の落ち着きと重厚な霊圧はすっかり影を潜めている。
そして一護と恋次の間のぎくしゃくした空気も消え去っている。
先ほどまでの剣呑な空気は何処へ消えたやら、まるで少年の頃に戻ったかのように、夏の日差しを一身に浴びて活き活きと動き回る三人の姿は眩しい。
見上げると、木漏れ日もキラキラと輝いている。
ルキアは足を投げ出し、三人の闘う様をゆったりと眺めた。
照らしつけてくる光は見えても、その大元たる太陽そのものは木の葉の向こうに隠れて目にすることは出来ない。
本当は何もかも遠いのだと、さしたる理由も無くそう思う。
”それにしても兄様、なんだか嬉しそうだ”
今の三人は、同じ空気を纏っているように見えた。
義兄の奥に潜んでいた何かをあの二人は引きずり出したのかもしれない。
それと同時に、あの二人の間のわだかまりも共闘することで消え去るのかもしれない。
なんと単純なことか。
だが、それはそれでいいことなのだろう。
「男は分からぬ」
ルキアはまた空を見上げた。
口元には淡い笑みが浮かんでいた。
その胸に去来するのが限りなく憧憬に似た想いであったことは、否定するまでもなかった。
2009 10万hit企画 ゆみさまへ
たとえば兄様やルキアからの視点といったような、
一恋の二人を第三者からみた視点でというリクエストを頂きました。
きっと兄様は男の子に戻ってしまうし、ルキアは否応なしに保護者(笑)という「一恋の二人に関わった二人」という微妙にズレた話になった上、義兄妹萌えメインな結果に・・・。すみません!
リクエストありがとうございました!
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