「あのな、一護…」
「…んだよ」
「何をオマエ、勘違いしてっか知らねえけど、別に俺は」
恋次は黙った。
「別に、何だよ?」
「…俺は別に、眼の色とか髪の色とかがどうってのはもう無えんだよ」
もう?
「けどさ。あまりに最近、言われるから」
「…誰に?」
「同期とか、」
「…へえ?」
「それに…」
嫌な予感がした。
「隊長までルキアに同意する始末でよ」
忘れようとしても忘れられないアイツの澄ましたツラを思い出した。
カッと顔に血が上った。
「…へえ。で、白哉はなんて言ってんだ?」
「隊長って呼べよ。つか何も言ってねえよ。けどなあ」
「あ…?」
自分の眉間の皺が、かつて無いぐらい深く深く寄っていくのを感じた。
クソ。
テメエ、のろけに来たのかよ?
「なんかルキアが何か言うたびに、隊長、うんって頷くんだよなあ」
「は…?」
「隊長はあんなんだからほら、いつもシカメッ面じゃねえか」
「あ、ああ…」
なんか話が予想外の方向に向かってるのを感じた。
「でもルキアはそりゃー嬉しそうに、兄様、兄様って全部、話すんだよなあ」
「…おう」
「隊長は隊長で全部律儀に頷くしなあ」
なんかその光景、目に見えるようだぜ。
つかテメエ、ルキアの口調を真似るのはやめろ。
気色悪りィ。
「つかルキアのヤロウ、俺がガキの頃のことまで隊長に話しやがって。しかも俺の目の前で…!!」
「うおッ…?!」
恋次はいきなりボフっと俺のベッドに拳を叩き付けた。
やめろ、壊れる!
でも俺が何か言う前に、恋次は肩の力を抜いて、ふっとため息をついた。
「けどさ。俺、やっぱ嬉しくってさ。やっとルキア、本当の妹になれたんだなってさ」
「…うん」
それはそうだと思う。
大事なことだと思う。
でも恋次、すっごく寂しそうだ。
「ま、俺といえばやっぱ弱くって、全然、敵わなかった訳だし、テメエに全部、始末つけてもらったようなもんだったけどよ? けど、なんつーか、ルキアが幸せになったんなら、それでよかったんだよなってやっと最近、思えるようになったっていうかよ」
んだよ、そんなこと、考えてたのかよ。
「ま。テメーにゃ悪いが、今回のコレも態のいい厄介払いかなって思うとなー」
「そんなことねえだろ! 浮竹さんとかあの爺とかの命令だって白哉がそりゃもうイヤそーなツラして説明してたじゃねえか」
勢い込んでしまったけど、
「…じじい…。総隊長のことか。オマエ、言葉遣い、いい加減にしろよ?」
と恋次は口元で笑うだけだった。
「まあそれはどうでもいいんだ。けどさ。そんなに眼の色が変わっただの、表情が変わっただの言われると、今までの俺ってなんだったかとか、いろいろ無駄してきたのかとか、つか今でも無駄なんだろうかとか、それなりにいろいろ考えるって言うか」
そう言って、恋次は黙り込んでしまった。
最後のほうは殆ど聞き取れないぐらいの声の小ささだったから、多分、独り言なんだろうなって思った。
それぐらいのこと、俺だって分かる。
ほかならぬ恋次のことだから。
けど俺は恋次のこと、何にも知らなかったし、分かろうともしなかったんだってことも分かってしまった。
みんな生きてるし、ルキアも幸せになったし、
まだ終わっちゃねえけど現世だって尸魂界だって大丈夫なわけだし、だから俺は恋次のことだけ、考えてた。
それってなんかすごくバカだった。
「恋次…」
「うおッ…!!」
「つか声掛けたぐらいで驚くなよ。つかココ、俺んち」
「…しまった、忘れてた」
「忘れるなっ!」
恋次は、悪りィ悪りィと手を振って、ふわっと笑った。
だからもう何もいえなくなった。
すると恋次は、じーっと俺を見つめてきた。
「な、何だよ」
居心地、悪いじゃねえか!
「テメーには世話になったな」
「お、…オウ」
もしかして、お礼ってヤツだったんだろうか。
俺、何にも礼を言われるようなこと、してねえのに。
自分の後始末、つけだだけなのに。
恋次には俺、なんかすごくいろいろ教えてもらったのに。
俺の方が礼を言わなきゃなんねーんじゃねえか?
「あのさ、恋次。俺…!」
「つかテメーの眼も面白れェ色してるぜ?」
「あ…?」
「皮みてえだなあ」
「か…?!」
「オウ。行きつけの甘味屋で出す鯛焼きがそりゃあ旨くて、何が旨いかっつーとこげ具合とかな」
「た、鯛焼き?!」
「なんか、テメーの髪とか目とか見てたら思い出した」
「お…、オマエ、鯛焼きとか食うのか?」
「…悪りィかよ」
ぐう、と恋次の腹が鳴った。
そういやもう遅い。
陽も落ちて、部屋の中もすっかり暗くなってる。
「…ハラヘッタ」
「つかスゲえ分かりやすい腹だな」
「悪かったな!」
「別に悪かねえよ」
俺は鋭い人間じゃねえから、だから分かりやすいのは大歓迎だ。
「早く義骸に入れよ」
「あァ?」
「旨いもん、食わしてやるよ。鯛焼きとか、な?」
恋次の眼が思いっきりまん丸になった。
「マジでか!! あるのか!!」
もしかして現世に来たくなかった最大の要因はそれか?
「おう。こっちにも旨いの、あるんだぜ?」
「鯛焼きが…あるのか…」
何、呆然としてんだ。
ルキアなんてあんみつ、食いまくってたぞ?
なーんも聞いてなかったのか?
仕様がねえなあ。
「さ、行こうぜ。テメエの義骸、押入れの下の奥のほうに入ってる」
「んだと? もっと大事に扱いやがれ!」
「無理だろ。ほとんど死体だぞ、あれ」
「死体じゃねえ、義骸だ!」
「だからテメエは…」
現世研修ってのはつまり、常識研修か?
そこから始めなきゃなんねえのか?
本当にコイツで大丈夫なのか?
湧き上がる不安とは別のところで、胸の奥、とても大事な気持ちが穏やかになっていくのを感じた。
少なくとも恋次は、気を許してくれてる。
白哉のことはよくわかんないし、そもそもルキアのことだってあるし。
けど多分、俺たちはもうちゃんとダチだろ。
なら何とかなるかもしれない。
その時、手元で何か カサッと音がした。
例の”現世研修計画・恋次用”がぐしゃぐしゃになってた。
「何だそれ?」
「何でもねえ。ゴミ」
もうこんなもん、いらねえ。
こんなお決まりのじゃなく、もっとちゃんとこの世界のことが分かるように。
例えば鯛焼きもあって、人もちゃんと居て、貴族とかそんなんじゃなくて皆、すごく似たようなもんで、だからきっと恋次もすごくコッチを好きになれる。
決して恋次が最初にいった「現世の空気が合わない」なんてことはないってこと、教えてやるんだ。
だからこんなステレオタイプのなんていらない。
くしゃっと丸めた計画表を放ると、見事にゴミ箱に入った。
「オラ、急げよ」
「っせェ! 義骸ってのは結構、扱いが…」
「んだそりゃ。ルキアはもっと軽々と扱ってたぞ」
「あんな軽量級と比べるな! 俺のはなあ…」
「…いろいろと不自由そうだなオイ」
「んだその同情溢れる視線は! テメエに哀れみかけられる覚えは無え!」
「いいから早くしろよ。鯛焼き屋、閉まるぞ?」
嘘だけどな。
でも恋次は慌てて義骸の調整を始めた。
それがとても不器用な様子で、こりゃ、先は長そうだと口元が歪むのを感じた。
「あああ! 靴が無えッ!!」
「オヤジの借りりゃいいだろ」
「う…」
「大丈夫だよ。もう尸魂界の方から特別仕様の記憶置換機、届いてっから」
「そうか」
ほっとした恋次のツラ見てたら、やっぱ俺、頑張んなきゃって思った。
部屋のドアを開けると、恋次が後ろを付いてきた。
トントンと階段を下りる音が二重奏を為して、家を満たすいつもの雑音に重なっていく。
「ヤベ。もう少しで門限だ。急ごうぜ。遅れたら夕食抜きだ!」
「マジかよ! つか何だよ門限って…!」
「っせェ、慣れろ! 走れ!」
「クソッ…!」
もうすぐ夜が来る。
一緒に走り出した街頭、足元には、幾方向から照らされて出来た俺たちの影が地面を滑ってく。
尸魂界とは違って、真っ暗になることのない現世の闇。
ほんの少しの時間だけど、恋次は人間として時を過ごす。
その時にこの男はどう変わっていくんだろう。
そして俺は?
「バカ、こっちだ!」
「う…ッ、急に曲がるんじゃ無えッ!」
「…バカは急に曲がれない」
「んだとテメエ、今、なんつったッ…!!」
結局、答なんて分かりはしないし、
ここに居ることの意味も恋次自身にはありもしないんだろう。
でもあんなに思い出すのがいやだった白哉の面影が、ルキアと共に恋次の大事なものだって自然に受け入れるようになってる。
だから、こんな風に一緒に走っていけるのなら、きっとそれが最善策。
「あ! まだ開いてる! よかったな!」
振り向くと、恋次の顔が輝いてた。
閉店間際、最後の数個を買い占めて恋次に渡すと、
口いっぱいに頬張って、現世も悪くねえなと呟いた。
なんて単純。
デカい図体して可愛すぎ。
これ以上、惚れさせんじゃねーよ、バカ。
でも俺は何も言わず、何も見せず、恋次の先をただ歩いた。
追い風に乗って漂ってくる鯛焼きの甘くて焦げ臭い香りが、なんだか幸せの象徴みたいに感じた。
2009 10万hit企画 Iさまへ!
恋次が好きと自覚して、兄様しか見てない(本当は憧れてるだけで、そんなことないんだけども)恋次を、何とかして自分に振り向かせたいと頑張る一護というリクエストを頂きました! うう、ご希望に合ってるのかどうか。そもそも一護、空振りしすぎ。しかもこんなに遅れてしまって申し訳なさ過ぎるのですが、読んでいただけたのなら幸いです。リクエスト、ありがとうございました!
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