それからどれぐらい経ったのか、恋次が部屋に戻ってきた。
一護はいつの間にか寝入っていたらしく、
いきなり布団を剥がされて、突然の寒気に身を震わせた。
「オーイ、生きてっかー?」
「へっ…、くしょいッ」
「…鼻水、拭け」
「う…」
渡された手拭いで顔を拭きながら見上げると、
恋次はいつもの恋次だった。
少し肌蹴た寝巻き姿に、濡れた髪。
どうやら風呂を使ってきたようだった。
なんで自分だけ、と思うと、少し腹が立った。
「一護。オマエ、大丈夫か?」
「…う…」
「スゲえ汗だぜ? 熱はねえみたいだけど」
「…う…」
「…オマエなあ…」
一護の身体の汗を拭いてやりながら、恋次は肩を竦めた。
「う、ばっかじゃ分かんねえだろ? 風邪引いたのか? 寒いか?」
「…多分、引いてねえ。寒くもねえ」
一護は恋次の手を押しのけ、布団を掻き寄せて身体を覆った。
「本当か? 顔も赤いぞ? 寝ろ。とりあえず寝ろ」
「ううう…」
一護は頭から布団を被った。
穏やかに見えるけど、本当はすごく怒ってるのかもしれない。
それともすごくガッカリしてるのかもしれない。
今は恋次の顔を真っ当に見ることができそうになかった。
それでもやっぱり気になる。
気になって気になって仕方が無い。
だから恋次がするりと横に滑り込んできて、
「俺も寝るから少しは布団、寄越せ」
と布団を引っ張ったとき、一護は背を向けたまま、決死の思いで口を開いた。
「あのさ、恋次…」
「ん?」
「ゴメンな」
「何が?」
「だって俺、なんかもう、すっげー迷惑かけた」
「迷惑?」
くつりと笑った恋次が、
「ったく。飲み過ぎだろ」
と布団の上からグリグリと小突くと、一護は布団の中でさらに縮こまった。
「…ほんと、ゴメン」
「あ…? んだよ、らしくねえな。オマエ、大丈夫か?」
「…恋次、クビになったりとかしねえ?」
「はァ?!」
「死神廃業とか、ありえるか?」
「…何言ってんだ?」
「うわっ?!」
恋次がものすごい勢いで起き上がって布団を剥がしたから、
一護は慌てて足元の方に潜り込もうとしたが、
「一護…、一体オマエ、どうした」
と両手を掴まれて引きずり出された。
「いや、だから…」
両手首をつかまれたまま向き合って座る形になって、一護はますます肩身を狭くした。
「どうした、一護。何かあったのか」
「何って…。何もねえけど」
「何もねえわけ、ねえだろ。そんなツラしやがって」
「俺のツラの心配してる場合じゃないだろ! テメーだろ!」
「俺? なんで俺がテメーに心配されなきゃなんねえんだ、訳分かんねーぞ?」
「痛てッ」
先程までの穏やかな声は何処へいったか、手首を引かれて引き寄せられ、
珍しく迷いの無い眼で見下ろされて、一護は真剣に戸惑った。
「ゴメン…、恋次、俺、ゴメン…」
「だから、何が? テメー、何かやらかしたのか?!」
「何って…」
つまり自分の口で全部打ち明けろということか。
不安に揺れだした恋次の瞳を前にして、一護は覚悟を決めるしかなかった。
「…俺、全部、バラした」
「全部…って、何を」
「何って訊くのかよ、いまさら!」
「今更って言われても分かんねーだろ!」
「だから! だから、俺とオマエのことだよ! 全部、全部、バラしちまった!」
「はぁ…?!」
恋次は大きく口を開け、一護の手首を掴んでた手を緩めた。
それでも一護は、恋次の前に頭を垂れたまま、動かなかった。
「ほんと、ゴメン! あんなつもりじゃなかったんだ! けど…!」
「けど、なんだ…?」
「…なんか、つい…、楽しかったから、つい…」
「ついって、オマエ…!!」
一護は、腿の上でぎゅっと両拳を握り締めた。
「でもちゃんと最初は大丈夫だったんだ! けど酔っ払ったみたいで…」
「…で?」
「いろいろ喋ってるうちについ…」
話しているうちに思い出してきた。
最初の頃こそ、奥のほうに座って普通に飲み食いしつつ、
尸魂界や死神のことについて、その辺の死神たちにいろいろ訊いていたのだが、
一護の存在に気付いた一角だの乱菊だの修兵だの、
恋次いじりに飽きたらしい面々が一護の周囲に集まってくると、潮が引くように、他の死神達の姿が消え始めた。
もっと普通の死神について知りたいのにと引きとめようとしたが、遅かった。
死神のいろはなら俺たちが教えてやると酒瓶かついで横に座った一角に、
飲めないんだろと揶揄されて、つい酒を煽ったのが運のつき。
優雅な、しかし時折鋭い攻撃が問答無用に繰り出される乱菊の日本舞踊も、
それに対抗して一護も巻き込まれた集団ツキツキの舞いも、
前触れ無く登場した白哉の妙な一発芸で居酒屋中を満たした沈黙も、
主役の癖にフォローに入らざるを得なかった恋次の慌てた姿も、何もかもがどうしようもなく楽しかった。
だがそれは普段の自分から、あまりにも懸け離れていた。
「ま、かなり盛り上がってたよな。オマエがあんなに飲んで歌って踊れるヤツだなんて俺ァ知らなかったぜ」
「い、言うな! つか忘れろ! 忘れてくれ…!」
「何言ってんだ。馴染みまくってたぜ?」
「う、煩せェッ…」
一護は頭を抱えた。
よりによって恋次の誕生日パーティーだというのに、本人を差し置いて酔っ払いまくってしまった。
しかもその様子を恋次はしっかり見てるし、覚えている。
恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
「でもよ、一護」
「んだよッ!!!」
「何をバラしたってんだ、オマエ?」
「あ、そうだ! だから、俺とオマエの関係っていうか…。つか聞いてたんだろ、オマエも、最後の方…」
「聞いてたって、何を?」
「ま、まさか乱菊さんが俺たちのことを知ってたって思わなかったんだ!」
「乱菊さん…?」
「だって、乱菊さん、言ってたじゃねえか!
そういえばアンタたち、二人仲良く一緒に卍解してるのよねって! こう、すっげーニヤニヤしながら!」
「卍解…?」
「そう、”卍解”…。乱菊さん、知ってた…」
一護はがくりと項垂れた。
いつの頃からだったか、恋次が一護に背後から抱きついてきたことがあった。
「卍解しようぜ」
と耳元で囁かれたから、てっきり汗でも流すのかと思って、
「じゃあ表に出ろ」
と斬魄刀を手に取ろうとしたら、恋次は目を丸くした後、本当の卍解じゃなくて、そういう意味なんだと爆笑した。
状況的に察せなかった自分の鈍さも困ったものだが、その言い回し自体が恥かしい。
だから、
「んだよそれ、ダッセー。もっとマシなこと言ってみやがれ」
と一蹴したが、恋次は怯まず、
「煩せェ。尸魂界じゃこう言うんだ。テメーが慣れろ」
とそのまま覆い被さってきた。
あれは確か、この恋次の部屋でのこと。
まだ始めたばかりで、お互い、手を取るきっかけを掴むのにも緊張が走っていた頃だった。
だから始解するだの卍解するだの、馬鹿馬鹿しい隠語で照れを覆い隠して、少しづつ距離を詰めてきた。
それが今ではどうだ。
酒に飲まれたせいだとはいえ、堂々と恋次との「卍解」の話を惚気るなどと、正気の沙汰とは思えない。
ただ、惚気まくってたころには、ほとんどの死神連中は消えていたのは幸いだった。
残ってたのは、同じく酔いまくった乱菊や修兵、イヅルや理吉などの、恋次が親しくしている者ばかりで、
せっかくだからと恋次の学生時代や死神になってからの話などを肴に、
居酒屋の隅の座卓を囲んだのだのが発端だった。
恋次本人もいつの間にか、少し離れた壁に寄りかかって、
湯飲みに注がれた酒をちびちびと口にしていた。
やがて話題はルキア処刑の命に端を欲した藍染らの叛乱に移った。
皆それぞれ傷を抱えたままだから、なんとなく場が静かになった。
その雰囲気を変えようとしたのか、突然乱菊が、「卍解」の話を一護に振ったのだった。
「…他の奴らからも、どういうきっかけでそんなふうに卍解するようになったのかとか、
卍解する前と後じゃどう違うかとか、すっげー訊かれて、
でもって、卍解できていいよなあとか羨ましそうにされたから俺もつい、調子にのって…、ああクソッ!!!」
「…もしかしてオマエ…」
一護は頭を掻き毟った。
「ああ、そうだよ! いろいろ喋っちまったんだよ!
卍解って覚悟はいるし、特に最初の頃はやっぱキツいから、やっぱり後悔した事もあったけど、
でも慣れてくると余裕がでて、こう、ふとした拍子とかに無性に卍解したくなったりとか、
卍解してみないと分からないこともあるとか、
恋次はいろいろと足りないけど、やっぱ卍解でなんとかなるときもあるしとか…。
挙句の果てには早くおまえも卍解しろって言ったりとか、
あああ、あることないことベラベラベラベラ…。うわああっ、あれは俺じゃねえッ!!!」
「…一護」
「ゴメン、恋次ッ!! 俺、もう尸魂界には来ねえッ! 一生、来ねえッ!!!」
一護はそう怒鳴って、布団を被ってしまった。
→For your ears only 3
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