するとその時、能天気な子供の声が響いた。
「よう、白哉じゃねえか! ひっさしぶりだなー」
「黒崎一護…。成程、騒がしいはずだ」
止めろ、一護!
隊長の機嫌は今、最悪だぞ?!
だが一護が他人の機嫌に構うわけもなく、
「…あいっかわらずだなあ、テメエも。アイサツとかできねえのかよ?!」
などと眉間に青筋を立てている。
隊長は隊長で、
「兄もな」
と更に一護を煽ってる。
なんだか二人の間に赤と青の炎が見える気がする。
んだよ、これ?
この気まずすぎる立ち居地は?!
つか隊長、隊首会は? 資料は…?!
…俺、逃げてえ!
すると、まるで俺の及び腰を見咎めたかのように、隊長が振り向いた。
眉間の皺が深くなってる。
「恋次。予定されてた隊首会は十日後に、規模を拡大して延期となった。準備万端、整えて置くように」
「はい…って、はぁ?! 十日後? つか、…規模拡大?!」
冗談じゃねえ!
「そうだ。聞こえなかったのか?」
「う…。そりゃ聞こえましたけど」
「現世の浦原から連絡があった。緊急案件と思われる。そのための議題差し替えだ」
何だよ、その理不尽!
ここ数日の俺の努力は無駄かよ?!
「貴様が手にしているその書物。資料扱いとはいえ朽木家所有の貴重なもの故、補修の際には充分に留意するよう」
「え?! マジっすか?!」
「嘘など言わぬ」
「…そ、そりゃあそうでしょうけど」
どうすんだ、これ!
黄色いわ、ボロボロだわ、どんだけ古いんだ!
んな貴重なもんだったら、もうちょっと別のところに保管するとかなんとかしろよ!
心の中で毒づいてはみたが、後の祭り。
隊長の冷たい視線を半ば無視しながら、
これは手間が掛かるとため息をついたところに、
一護がひょいっとまた割り込んできた。
「あー、ちょっといいか?」
「なんだ黒崎一護」
「つかいい加減そのフルネーム呼び、止めてくんねえ?」
「ふる…ね…?」
「あー、もういい! つかコレ!」
「何だこの箱は」
「浦原さんから。誰でもいいから隊長に渡せってさ」
「…」
…一護の阿呆!
誰でもいいとかそんな言い方、隊長が一番嫌うだろ!
ほら、見てみろ、あの眉間!!
つかテメエ、わざとやってるのか?!
「なんか大事なもんらしいぜ? だから隊長限定ってさ」
「そうか。それで私に持ってきたのか」
「悪いかよ」
「いや。だが正直、意外ではある。貴様は更木と懇意にしていると思っていた」
「うわッ! 冗談は止せよッ! アイツんとこ行ったら即、殺し合いだぜ?!」
「…」
「つか剣八に…? ありえねえ! そんな箱ひとつ、切り刻んだ挙句にモノタリネエとか言い出すに決まってる!」
「…確かに」
うわ…、隊長が笑った?
スゲエ、一護。
「つかさ、白哉。アンタが一番、カタいんだし、こういうの向いてるだろ」
「…」
あ…、隊長が凍った。
一護。やっぱテメエはバカだ。
ヤベえ。血を見る。
この資料の山も散る。
片付けるのはやっぱり俺か?
また布団で寝れない日々が続くのか…?!
一瞬、未来への不安に心拍数も上がった。
だが、それも杞憂に終わった。
隊長はそれなりに大人だった。
一護を冷たく一瞥した後、
何もなかったかのように、箱に添付されてた封筒から紙の束を取り出して目を通し出した。
「…なるほど」
「何か大事なこと、書いてあるのか?」
「さあな」
「んだよソレ! 俺が運んできたんだぞ!」
「難儀だった」
「それだけかよ! つか何でいつもそう、上から目線なんだよッ!」
「ほう。意味が理解できたか」
「テメ…ッ!」
「そうか。小遣いを忘れておったな」
「テメエ、いっつも俺のこと、ガキ扱いしやがって…」
「現世年齢でも子供ではないか。ましてや尸魂界ならば…」
「オイ待て。いくらなんでも小遣い貰うほど子供じゃねえッ!! つかテメエ、分かって言ってんだろッ!」
「何のことだ」
…あああ、隊長、すっかり仕返しモードに入ってるよ。
大人げねえよ。
でも一護に関わったら誰でもそうなるのかもしんねえ。
俺は、さっきまでの自分を思って小さくため息をつきつつ、
今や丁々発止とばかりに一護とやりあってる隊長のどこか楽しげな表情をぼんやりと眺めた。
本音を引きずり出され、本気で闘って、その挙句に完敗して。
多くのものを失った気がするが、
得たものより随分と矮小だったと思う。
それはきっと俺だけじゃなくて、一護と闘った者、皆がそうなんだろう。
…もし。
ありえないことだけど、もしも一護がこっちの住人になって、死神として俺たちと共に居るならば、
この護艇も、尸魂界そのものも、変わっていくのかもしれない。
俺は知っているんだ。
隊長格と呼ばれる面々のほとんどが、
この子供に、一目置くだけではなく、何かもっと大きなことを期待してることを。
朽木隊長も、そして俺自身さえも、例外ではありえないことを。
そう思うと、目の前のこの他愛もない言い争いが、夢か何かのように思えた。
ずっと眺めていたいと思った。
だが、現実との境はきっちりと引かれなければいけない。
「隊長」
大きく息を吸って、言い争う二人の間に割って入ると、
隊長でさえも少し驚きを見せて振り向いた。
らしくねえなあ。本当に。
「そろそろ隊首会の時間じゃないスか?」
「…そうか。では参るとしよう」
「テメエ、白哉! 逃げるつもりか!!」
「何故、私が貴様ごときから逃げねばならぬ」
「じゃあ表に出ろ! キッチリ勝負、つけるとしようぜ!!」
「話にならぬ。恋次」
「はい」
「此奴を早急に現世へと送り返せ」
「オイ白哉! 無視すんじゃねえっ!!」
「分かりました、隊長。つか小遣いはどうするんッスか?」
「テメエもだ恋次! いきなり割り込んでくるんじゃねえッ!!」
「小遣い…。そうであったな。朽木家の当主たるもの、言を違えては沽券に関わる」
「ですよね?」
「しかし現世の童の好むものとは一体…」
「うーん、そうっスねー。菓子とかじゃやっぱマズいですかね?」
「通貨も異なるのであろう」
「テメエらッ!! いらねえっつってんだろ、そんなもんッ!!」
「つか隊長、もう時間がないっス。早く支度を」
「では後は任せる」
「テメエら、俺を無視すんじゃねーッ!!」
一護も必死だなオイ。
隊長の眼、すっげえ笑ってるのに気がついてもいない。
俺だってもう笑いを堪えるのに必死だぜ、クソ。
「…後は適当に俺がやっときます」
笑いを堪えたせいで酷く震えた俺の言葉に、
隊長は重々しく頷いて踵を返し、部屋から出て行った。
けど、
心なしか、肩が震えてた気もする。
ああいう隊長見るのも久しぶりだなと、なんだかあったかい気持ちで一杯になった。
「さて、と」
だが、振り向いた先には、鬼の形相の一護が突っ立っていた。
「クソ…、テメエ、許さねえ…ッ!!」
「うおッ!! バカ、危ねえだろッ! いきなり殴りかかってくる奴があるかッ!!」
「煩せェ、そこ、動くんじゃねえ!! ひとのこと散々、ガキ扱いしやがって…ッ」
「危ねえッ、クソ。落ち着け、一護ッ!」
「これが落ち着いていられるかってんだッ!!」
「つか分かれよ!! 俺、今日、非番もらったんだぜ?!」
「分かるかッ…! って…、え? 非番?」
やっと一護が動きを止めた。
この直情短気男め。場所を考えろってんだ!
「ふー…、危ねえ。ここ、資料室だぜ? 何もかもが本気で粉々になるとこだった、気をつけろテメエ」
「あ…、すまねえ。そういやそうだった。つか非番?!」
「テメエ、隊長と俺の話、本当に何にも分かってなかったんだな…」
「…んだよ! 小遣いだの菓子だの、バカにするにも限度ってもんがあるだろッ!!」
「そこじゃねえよ!! 俺はテメエの世話を任されたんだよ、今日は」
「う…?」
「うーじゃねえよ。テメエの世話して、ついでに現世まで送っていけってアレ、隊長なりの礼だろうが」
「あ…?!」
「…ったく。気がつけ」
「うう…」
なんだその呆けたツラは。
まあでも、素直に礼なんか言えない隊長の悪ふざけに乗った俺が、
礼を言われて当然の一護に対して、逆に説教するってのもおかしな話ではあるんだがな。
「…ぜんっぜん気がつかなかった」
「だろうよ」
「でもやっぱ、礼とか言われた気はぜんっぜんしねえんだけど」
自信なさげに上目遣いで睨みつけてくる一護のツラは、
やっぱり年相応の子供のものでしかなく、
さっき、通路を通せと仁王立ちに見上げてきた一護の表情の記憶と重なった。
→きみがいるから 3
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