お前にはわかるまい。
予想だにしていなかったその姿を、空っぽのはずの自分の部屋に見つけてどんなに驚いたか。
もうこんな風に会うことはねえと思ってた。
テメエが楽しみにしてた俺の誕生日を結局一人で過ごした時から、覚悟も決めていた。

あの日、好きあってることを確認して初めて一緒に迎えた一護の誕生日。
人間の一護の誕生日を祝うことは当然で、別におかしくは思ってなかった。
一護も喜んでいるようだった。
だが、何がキッカケだったか。
俺の誕生日のことが話に上がって、オマエは無邪気に計画しだした。
今度はテメーの番だとかなんとか言いやがって。

元々誕生日なんてもん、ネタにして飲みにいくぐらいで真剣に祝ったことなんか無え。
だから本当は、オマエが本気で祝ってくれようとしてくれて、俺は嬉しかった。
けど同時に、何かが違うと胸が痛み出した。
何が誕生日だ。
死人の俺にとっては目障りすぎるお飾りのようなもんだ。
テメエにとっては生まれた日。
俺にとっては地獄に送られた日。
忘れてた吐き気のするようなことさえ、オマエの笑顔の前に嵐のように思い出された。
酷く惨めになった。
あまりにも違うと。
この溝は何をどうしても埋められず、開くだけなのだと唐突に悟った。
だから、一緒に祝おうぜと珍しく素直に向けられた笑顔がいやにカンに触り、人間じゃあるめえしそういうお仕着せは迷惑だ、人間同士でやれと、口にしてしまった。
テメエはしばらく黙り込んだ後、悪ぃ、そうだよなと横を向いて視線を逸らした。
ってことは、テメエも俺たちの「誕生日」の意味を分かってたってえことだ。
俺の反応に探りをいれてたのか?
白々しすぎるぜ。

その後は、いつもの言い争いにさえならなかった。
決定的な言葉を欠いたとは言え、先が見えたと確信した。
一護の目にも、諦めに似た何かが浮かんでいた。
気まずいままその場を後にし、連絡もしなかった。
お前からも何もなかった。
そして葉月もあっさりと終わりを告げた。
今思えば、無理を重ねた歪みが表面化したのだけのことなんだろう。
好きだという気持ちだけで全てうまく行くという夢など、いつまでも見ていられるわけもない。
夏が過ぎれば秋が来るのと同じに、人も出会っては離れていく。
それが、元々違いすぎる俺たちにも起こっただけのことだ。




「一護」

俺に強く握りこまれて、白く色を失ったその指先をぼんやりと眺める。
もう少し思いやってやれてたら、骨ばったこの指がこんなに震えることもなかったんだろう。
だが、決してそうはしなかった自分を知っている。
一護もそんな偽のやさしさを振りまく俺を期待してはいなかったはず。
そんな俺は俺じゃないと、そう思うように仕向けてきた。
ぶつけるだけしか能がない男なんだと思い込ませてきた。
要するに俺は、臆病で狡猾なんだ。

「・・・一護」

けど最後ぐらい、ケリをつけてやったほうがいいだろう。
キッカケをつくっておきながら自分では出向かない俺の臆病の後始末を付けるために、オマエはわざわざこっちに来てくれた。
地獄蝶を使ったわけでもねえみてえだし、来るためには相当、無理もしたんだろ。
断界に食われそうになりながら走るその姿を思い浮かべると、こんなことで一護を失ってしまっていたかもしれないという恐怖に飲み込まれそうになる。

腕の中の一護を抱きしめると、癖になってしまったのか、やるせなさそうに身体を擦り付けてくる。
そして俺の背中に爪を立て、ちりりと甘い痛みを引き起こしてみせる。
心とは裏腹に勝手に反応する身体をオマエはどう感じてるのか。
哀れなものだ。
だがもうこんなことも終わりにすればいい。
こんな俺にも愛想を尽かしてしまえばいい。
そしたらオマエは、少なくとも俺からは自由になる。
そんな辛そうな顔をしなくてよくなる。
人間で子供の癖に、いろいろと背負いすぎてるんだ。
ひとつぐらい降ろして楽になれ。
あとはなんとか始末をつけるから。

「・・・一護!」

祈るように呼んだその名は殊のほか強く部屋中に響き、悲鳴とも嬌声ともつかぬ一護の声を掻き消した。







重いからどけと髪を引っ張られてやっと、転寝してたことに気がついた。
しかも一護を抱きしめたまま、畳の上で。

「・・・・あ、悪ぃ」
「・・・痛えし重いだろこのバカ!」

威勢のいい言葉を返されて、俺は頭を上げる。
一護を抱き込んでた腕が剥がされて、汗で塗れた肌がひんやりと風に撫でられる。
頭の中がぼーっとして、焦点も合わない。
なんでこんな体勢で、こんなところで一護と寝てる?
夢を見てるのか?
いや、違う。
頭を大きく振ると先ほどまでの出来事が記憶に甦る。
こんなことしてる場合じゃねえだろ、俺。
慌てて身体を離した俺に一護がくすりと笑いを漏らしたようだが、すっかり夜の帳が下りていてその表情が見えない。

無様なもんだ。
散々、勝手に抱いといて、俺は眠り込んでいたというのか。
すっかり暗いじゃねえか。
一体、どれぐらいの間、眠っていたんだ、俺は。
ボリボリと頭を掻いて気持ちを整理してる間に、俺の腕から抜け出した一護は、半身を起こして外を見遣った。
その横顔に、夕暮れの中では不安に揺れていたの瞳が月明かりの下、安定を取り戻しているのが見える。
優しい目をしている。

「やっと目ェ覚めたか? 俺のこと、見えてるか?」

一護が寝転がったまま動けずにいる俺を見下ろして問う。
何、言ってんだ。
ずっと見てるぜ、俺はテメエのこと。
気づかねえのはテメエのほうだろ?

「なあ・・・、何で俺が来たか訊いてたよな?」

現実に引き戻す単刀直入な言葉に、暖かい何かに満たされていた胸がずくりと痛む。
もうこれで引き返せない。
しかも、俺が自分でちゃんとケリをつけると決めたはずなのに、言葉が出ない。
一護が終わりを告げる、決定的な瞬間を待つだけ。
また、テメエに負けたなあ。
情けなさに頭を垂れたくなるのをぐっと踏ん張る。
そんな俺の心持を察したのか、あのさ、と呟きながら、一護は窓の外へと視線を逸らす。
差し込む月明かりに、一護の半身が青白く浮かび上がる。
憂いを帯びたその横顔も、まだ細い頸の線も、やっと厚みを増しだしたその躯も、素直にとても奇麗だと思う。




→夢見る季節を過ぎても 3

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