SummerBerry



「いちご!」

といきなり雄叫びを上げたのは、後ろからこっそりと近寄って、一護の耳から引っこ抜いた白い管の先。
ビックリして、うおっと思わず放り投げたら、うぎゃっと振り向いた一護と目が合った。
顔がとてつもなく赤い。

「れ、れ、れれれれ・・・・!」
「・・・恋次だ」
「恋次ッ!!!」

・・・いや、そんなデカい声で名前、叫ばれても困るんだが。

だがそんなツッコミさえ出来ない雰囲気。
だって一護はこれ以上無いぐらい顔を真っ赤にして、目をでっかく見開いて、あたふたしている。

「テ、テ、テメエ・・・ッ、突然、何しに来やがった・・・!」
「いや、突然つーか、霊圧も消さずにフツウに窓から」
ことさら冷静に開けっ放しの窓を指差してみせると、
「フ、フツウが窓ってことあるかッ」
と逆切れしてきた。

何を今更。
お邪魔しまーすとでも玄関から来いってか、あァ?

相変わらずの理不尽さにうっかりキレそうになったが、さっきの「いちご!」に先に興味が立つ。
絶対「一護」じゃなくて「苺」だとは思うのだが、
男の声だったし、一護があれだけ顔を赤くしてた理由はその辺にある、と思う。
ほぼ確信。

だから、悪かったなとおざなりにあやまりつつ、カンカンに興奮しまくって隙だらけの一護の制服の胸ポケットから、例の”あいぽっど”とやらを”へっどふぉん”とか言う白い管ごと掏り取る。
すると案の定、
「うわあッ、止めッ」
必死な形相になって一護が叫んだ。

大当たり。
口元が緩むのを感じる。

人間のままの一護の動きは鈍い。
ベッドにぶら下げてあった代行証もまとめて掻っ攫い、窓枠を蹴ってそのまま、瞬歩で大きく一護の家から離れる。
大きく窓から体を乗り出した一護の姿がみるみる小さくなる。

きっと追いかけてくる。
だが人間の足だ。
それに霊力に対するあの鈍さ。
そう簡単に見つかりゃしねえだろ。

俺はその辺の森の茂みにもぐりこんだ。
すると思いがけずひんやりと肌を撫でる風。
厳しい夏の日差しも、生い茂る木の葉に柔らかく漉されて、光り輝く木漏れ日になっている。
結界独特の馴染みのある空気。

「ああ、ここは・・・」
見上げると緑が揺れる。
蝉の声が降って来る。
刻々変わり往く現世の流れから切り離されたようなそこは、鎮守の杜だった。

誰にともなく一礼し、木々の間を縫って歩を進め、落ち着いたのは、大きな木の根元。
おそらく杜全体を護る要の木。
見上げると張り出した枝が幾層にも木の葉を重ね、その隙間から太陽が照らしつけてくる。

「ここなら当分、見つからねえだろ」
大きく張った根の間に体を落ち着けて、”あいぽっど”の管を引き出すと、シャカシャカと軽い雑音が響いて、蝉の声と不協和音を奏で始めた。

「ん・・・」
”へっどふぉん”の先、丸くなったところを耳の中に入れると、ちゃんと雑音が音楽になった。
軽快な音。
尸魂界とは全く異なる現世の音楽。
あっという間に流行っては、あっという間に消えていく。
まるで蝉のように短い命を歌い上げて、時を駆け抜けていく。


──── さて。
一護が聴いてたのはどれだろう。

「題目はメニュー・・・だっけ? えっとこれはエム、で、次はイー、エヌとユー・・・、オウ、これだメニュー。ったく現世は言葉もめちゃくちゃで困る・・・、まぁチョロいけどな。お、あったあった、”いちご”・・・。なんだ、題のまんまじゃねえか、つか”ゆず”って名前、どっかで聞いた気が・・・」

薄くて小さい小道具を訳も分からず弄り回す。
後で一護に殺されるかもと思いつつ、手が止まらない。
ごちゃごちゃボタンを押しまくってるうちに、
「おっ」
いきなり歌が始まった。
現世っぽいテンポのメロディー。
高い男の声が歌いだす。



「・・・・・!!!!!」
思わず俺は息を呑んだ。

つか、甘い一護頬張るってそう言ったか今ッ?!
言ったよなッ?!

思わず慌てて周囲を見回したが、森は何食わぬ顔で静まり返ってる。
取りあえず巻き戻し、指を離すと、軽快な音楽が最初から再生される。
少し鼻にかかった、甘く若い男の声。

な、なんだこりゃ?!
感じたの、はしゃぎ過ぎただの、夏の子供だの、まんま一護じゃねえかッ!!
つか濡れた果実って?!
わかんない程に?!
はにかむってのは一体・・・・?!
ま、真白なミルクってのはもしかしてアレか、アレなのかッ?!
くそ、一護、テメエ、なんつー歌を・・・!!!

頭ん中がぐっるぐるに回って袋小路に入り込みそうになる。

いや、落ち着け、俺。
よく歌詞を聞け、俺。
こりゃあどう考えたって、男から女へ送る恋歌だ。
「君は僕の宝物」だのなんだのホザいてるじゃねえか。
間違っても一護が誘いをかけてきてる歌じゃねえ。
つか一護は関係ねえ。

歌は軽快に色恋のアレコレを歌い続ける。
俺の苦悩を他所に、呑気に明るく楽しげに。

「つか、ちょ・・・、待てよ?」
耳を掠める言葉の羅列、イヤになるほど思い当たる節がある。

・・・つか俺か?
この歌に関係あるのは、むしろ俺の方なのか?
つまんねえ俺で満足かとか何とか、そういうことか?!
つか悪かったな一人占めしたくって!
あと少しだけ側にいて欲しいと思って悪いか、放っとけこのヤロッ!

「つか違・・・ッ」

つられてんじゃねえ、
こりゃあ唯の、万人向けの恋歌だろ!
俺にも一護にも関係ねえんだ、しっかりしろ俺ッ!

とはいえ、コレ歌ってんの、男だろ?
キ、キスして触れてとか、恥ずかしいとか、ろくに聴いたこと無かったが、現世の男はみんな、こんなこと言ってんのか?
これがフツウなのか?!
俺がズレてんのか?
つか、そんなことは最初っから百も承知だがここまでとは思わなかった。
じゃあ一護は一体、俺のことどう思ってんだ・・・?

俺は大きく深呼吸して膝を正し、歌詞にもう一回、耳を澄ました。


→SummerBerry 2


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