戦い終わり、日が暮れて。
あっちから戻ってきて一日。
久々の日常。
暑いニッポンの夏、本日も快晴なり。

体が慣れない。

ちょっとした物音に体が勝手に反応する。
足場を固め、右手が背後にまわり、斬月を探す。
視覚、聴覚、触覚、嗅覚、そして霊感。
全部フルにして、周りを探る。
一体何だってんだ、俺。
こっちでは周り=敵、じゃないんだ。



帰巣



戻ってきたときは、クタクタに疲れていた。
でも、泥のように眠り、起きたらスッキリしていた。
久々の布団は気持ちいいし、自分の匂いが染み付いたこの部屋も居心地がいい。
巣、に戻った動物みたいだな。

でも、何かが違っていたんだ。
ウチは何にも変わっちゃいなかった。
でも俺が。
だって、普通がフツウに見えない。
ちょっとしたことで、向こうの記憶がよみがえる。
飛び散る血。
引きちぎられるような痛み。
戦った奴等の眼。
そしてソレを上回る興奮。

体中を駆け巡る熱い血の記憶が俺を捕らえて離さない。
確かに俺はあそこにいたんだ。
回り全部が敵、で始まったあそこに。
夜中に、小さな物音に、夏の光の反射に、俺を呼ぶ声に、
赤と黒に彩られた記憶を呼び覚まされる。
体の奥が疼いて、戦いに身を委ねたくなる。
ケンカじゃなくて命のやりとり、ってやつだ。

俺、フツウじゃねぇ。

でも。
とにかく自分を切り替えて、ゲンジツに戻らないと。
俺がいるべき場所はここ。
家族はこっち。
家もここ。
本分は学生。

・・・うん。
とりあえず。
宿題をしよう。


夢中で問題を解いていると、頭の中で血が巡るのがわかる。
ここんとこ、こういうアタマの使い方、してなかったからなぁ。
どうやって勝ち抜くか。
なんかホンノーばっかり暴走してたのな、俺。
もうちょっと現代人のアタマもつかわないと。

ん、なかなか調子いい。
勉強も楽しいもんだ。
小さな物音に相変わらず無意識に反応し続ける体は無視して、
とにかく課題を進める。
神経がピリピリと逆立ったままだけど。
あの白いヤツの気配もするけど。
でも仕様がない。
今はリハビリ、みたいなもんだ。きっと。





カタ。

窓の外でかすかな音がした。
とたん、跳ねるように反応した俺の体。
押さえがきかなかった。
眼を向ける前に、意識が気配を探っていた。

これ!
この霊圧。
血のように赤い、アイツの。
こんな近くに来るまでなんで俺、気がつかなかったんだ?

「よぉ。」

のっそり、という感じで恋次が窓枠を乗り越えてくる。
相変わらずの紅い髪と黒い死覇装。
そして逸らされる眼。

なんでなんだろうな、こいつ。
いつも眼を逸らす。
口は、何か言いたげにしているのに。
視線をちゃんと合わすのは、戦いの時だけだ。
戦ったときには饒舌で、笑みさえ浮かべたのに。

よぉ。どーしたんだ? わざわざ現世まで?

なんだかその、逸らされた視線が気に障って、ついぶっきらぼうになっちまう。
さっきこいつの赤が見えたときに胸の中に沸き起こったのは、
紛れもない嬉しさだっていうのに。

あれ?
でも俺、なんで恋次なんかの顔見て嬉しいとか懐かしいなんて思うんだ?
たった数日前のことだろ?

「いや、別に。」

おいおい、わざわざ現世まで出てきて、それかよ?
まさか副隊長殿直々、空座町担当って訳でもあるまいし?
恋次はそれ以上口をきく気もないらしく、どっかとベッドに腰をおろした。
珍しいらしく部屋をキョロキョロ見回している。

なんだかおもしれーな。
死覇装はともかく。
真っ赤な髪とか、派手な刺青とか、もてあまし気味のデカイ体とか、
全然俺の部屋に合わねー。
すっげぇ、違和感。
なんかコイツがこんなとこに座ってるなんて、ありえなさすぎて、強烈。

おい、おれ、夏休みの宿題やってっから。
終わったら相手してやっから、ちょっと待ってろ!

エラソーに命令して宿題を続ける。
背後には紅い死神。
気になるけど、気にするな。
ドクドクと逸る心臓、落ち着け。
そんなに頭ん中までバクバクなると、もっと遅れちまうだろ?
分かってんだろ、俺?
とにかく集中だ、集中!!!


ジジジ、と蝉が鳴く。
アイツはただ黙って座っている。
俺は数式と格闘中。
窓の外はまぶしいぐらいの青空。
にじみ出てくる汗。
窓からかすかに流れ込む風。

こんなのも悪くはない。


うおおおおおおおおおぅっ。
あーつかれたっ。
でもこれで何とか一区切り。
学校いって、越智サンの顔も拝めるって訳だ。

・・・何だよ、恋次のヤロー。
こんなにがんばった俺見て、微笑んでやんの。
いつもの皮肉げな顔つきはすっかり影を潜め、
なんか「慈愛」とでも名前をつけたくなるような笑顔。
なんだよ、その見降ろしたような態度。
突然、大人の振り、すんなよ。

ムカつく。

俺とお前は同列なんじゃないのかよ。
共同戦線はるんじゃねえのかよ。
見下して笑ってんじゃねーよっ。

でも、そんな余裕の無さ、見せるのは癪で、
落ち着け自分、と唱えながら飲み物を取りに階下に一時避難。

ドアの前で大きく深呼吸。

オラ、飲めよ。

「すまねーな」
とつぶやき一気飲みするコイツはもう、いつもの顔。
何考えてるかわかんねー。
ほんとコイツ、いつも何考えてんだろう。
ルキアと白哉のことぐらいしかアタマに入ってないんじゃねーか?
いかにも単純そうなツラしてっかんな?

「ぶほっっ、ゲホゴホゲホッ」

案の定、むせたよコイツ。
それ、炭酸だっての。
しかし面白いぐらい読みがあたるなー、コイツ。
ガキかっての。
ベタなやつ。

なんかちょっとさっきの大人の顔、引っぺがしてやったみたいで、
でもそんなんじゃ全然物足りない感じするし、
あーもー、コイツといると、よくわかんねえ。

「俺、帰るわ」

オイ、なんだよそれ。
そんなことぐらいでツムジまげんなよ。
マジ、ガキかお前は!

でもオイ、どうした? 何だよ、そのツラ。
視線は逸らしたまま。
口はヘの字に結んだまま。
無駄にデカイ体、縮こまってんぜ?

ルキア、戻ってきたんじゃねーかよ?
40年、がんばったんだろ?
白哉ともうまくいってんだろ?
何がそんなにツライんだよ?

泣くなよ。
っつーか、泣くんだったら涙ぐらい流せよ。
もー、わかんねーよ!
俺だってガキなんだよ。
慰めるなんて高等技術、あいにく持ち合わせてないんだよ。

ぅおおおおーい?
どーこ行っちゃってんだ?
帰って来いよーーー?

とりあえず、茶化して手まで振ってみる。
我ながらなんてお粗末。
でもさ、1人でどっか違う世界に行ってんじゃねーよ。
俺、ここにいるだろ?
こっち、見ろよ。
俺のこと、見ろよ。


俺のふざけたセリフに、紅い目の焦点が戻った。
ギラリと俺を睨む。
なんだよ。 やる気かよ。

「じゃな」

紅い死神は、あっさり言い残して、窓枠を蹴って飛び出す。

バカやろー、全然わかんねーよっ!
二度と来んなっ!!!


叫び倒した俺の耳に、アイツの笑い声が届いたような気がした。




気がついたら、戦いを求めてピリピリしてた神経が落ち着いてた。
相変わらず、あの白いヤツは俺を呼んでるけど。
でも、俺は俺だ。
俺は俺を生きる。
そのために手に入れた力だ。



恋次。
辛くなったらまた来いよ。

俺たちはよく似てる。
求めて求めて、求め切れないぐらい多くのものを望む。
失った、二度と戻らないものを埋めるために。
身が切れても、心が焼ききれても、止むことがない。
そうだろ?
俺は15年しか生きてないけど、
そんな俺が、結構年寄りのてめえに向かってこういうことをいうのもヘンだけど。

でも、恋次。
てめえと肩を並べて戦うのは悪くない。
強くなろうぜ。
もっと強く。

てめえとなら、悪くない。



3.邂逅>>

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