ふいにわかっちまったんだ。
差し出されたアイツの手をつかんだときに。

俺は死人。
熱い血が流れているようなフリをする、この世にあってあらざるもの。
だってほら、
アイツの手に体温を感じることができない。

魂魄の俺たちに、生きる肉体の熱が伝わることはない。
触れ合ってはいても、伝わるものがない。

俺たちは、肉体の殻をなくした、魂だけのイキモノ。




接触




「ちょっと寄り道していくからカンベンな。」

そういって一護は、家とは反対の方向に歩き出した。
もちろん恋次に否やはない。
背中を見せて歩き続ける一護のあとをついていく。

通り雨のせいで湿気をたっぷり吸った死覇装をまとって、
人の子のあとをついて歩く俺ってなかなかみすぼらしい。
恋次はひとりごちる。

「ちょっとここで待っててくれよ」

そう言われた恋次は、商店街の入り口にある電信柱の上にひょいっと飛び乗った。

夕暮れ時。
鮮やかな夕焼けの下、行きかう人々の群れ。
飛び交う喧騒。
その中でひときわ鮮やかなアイツのオレンジ頭。

ああ、頭の色だけじゃねぇな。
アイツ自体が目立ってんだ。 動きとか雰囲気とか。
何しゃべってんだろう。
買い物ひとつするにも、ああも賑やかになれるもんかね?

「よー、待たせたな。  妹に買い物頼まれちまってよ。」

電信柱のテッペンの俺に向かって叫んでるけど、それ、オマエ、ヘンじゃねえ?

恋次は、ついっと目をそらし、次の電信柱に飛んだ。
何かいたたまれない気持ちを抱えつつ、 徒歩の一護を待つようにして、
次から次へと電柱から電柱へ跳ねて、一護の家へに向かった。





「ほれ、タオルと服。家族いるんで、風呂はワリィ、カンベンな。
 後で飯と酒、持ってくるから、適当にしてろよ。」

一護はそう恋次に言い渡し、階下へと降りていった。

「うー、濡れちまったなぁ」

恋次はごしごしと体をこすり、借りたTシャツとパンツに着替える。

一護のにしては大きいから、親父さんのでも持ってきたんだろう。
しかしあれだな。
これ、俺が着てうろうろしてると、服だけが動いてるように見えるんだろうな。
透明人間ってヤツ?

大慌ての一護の家族と、必死でフォローする一護を思い浮かべ、恋次はくつくつと笑う。
まったく、副隊長レベルが考えることじゃない。
自覚が足りないのはいつものことかもしれないけど。


キョロキョロと周りを見渡す。
四角い世界。
いろんな箱や本が積み重ねられ、所狭しと存在を主張している。
木や漆喰なんかはほとんど無くて、金属やプラスチックが幅をきかせている。
どこからどこまで異なる、現世。
なぜか自分が拒否されているような気がして、恋次はため息をつく。

いたたまれない気持ちになったのは何回目だ?
やってらんねー。
今日はもうダメだ。
寝る。
確か一護のヤロー、「客用の押入れ」っていってたな?
ルキア、ここで寝起きしてたんだよな。
寝心地、試してみるか。

恋次は押入れの上の段に入り、戸を閉じた。




「ワリー、待たせたなっと・・・。」

夕食その他を済ませて部屋に戻った一護を待ち受けていたのは、空っぽの部屋。
紅い髪の男がいるはず、と思っていたせいか、妙に広く見える。

「なんだよ。帰ったのかよ。一言ぐらい言っていけっつーの。」

と、そこに干してあるのは、死覇装。
霊圧を探ると、押入れに恋次の気配。

「かくれんぼかよ・・・。」

ため息混じりに押入れを開けてみると、
そこには胎児のように膝を抱えて眠る恋次の姿があった。
丸まった背中には、張り付いた白いTシャツをすかして刺青が薄く見える。
薄暗い押入れの中でも、ほどかれた髪は背後に布団に流れ落ちて、燃えるように紅い。

大の字で寝そうな感じなのにな、オマエ。
そんなに丸まって寝てんだ?
っつーか、そんなにでかい体で入られると、押入れ、壊れるっつーの。

起そうとして伸ばした手を、一護はついっと引っ込めた。
先ほどの河原での記憶が甦る。
立たせようとつかんだ恋次の手に体温はなかった。
どこかひんやりとした、無機質な感触。
自分がつかんでいるその手は、恋次のものだとそう視覚は伝えているのに、
触覚が、全身が、その認識を否定する。
ソレは、異質、だと。
少なくとも人の手ではないと。

じゃあ、コイツはなんなんだ?
人じゃない。
そんなの当たり前だ。
死神だよ、魂魄だ。
とっくの昔に死んだやつだ。
そんなん、知ってる。
でも俺だって死神だ。
体から抜ければ、死神なんだよ。
ちょっと体の外側が違うだけじゃねーか。
コイツは、恋次だ。
恋次なんだよ。



「おい、起きろよ。うちの押入れ、壊す気か。」

うー、と唸る恋次の背中を、一護は遠慮なくガシガシ叩く。

「腹へってねーのか? 飯、あるぜ。おい、起きろ。」

なかなか起きようとしない恋次の肩をつかんで、無理やり自分の方を向かせる。
蛍光灯の光がまぶしいのか、腕を顔の前にかざし、
眼を開けようとしない恋次の頬を軽く片手ではたく。

「おはよう。夜ですよ。起きてくださーい。」

突然、頬に触れたその異質な感触に、恋次の意識ははっきりと覚醒した。

「お、やっと起きたか。飯だぞ。酒もあるからな。」

早く出て来いよ、と己の腕を掴む一護の手を、恋次は凝視した。
 
「ああ、これ?  しょーがねーよな。 俺、人間だし、オマエは死神だし。
 なんだったら、俺も体抜けて死神同士で飲むか?」

恋次は、呆気に取られすぎて、いつもみたいに視線をそらすことさえできない。
そんな恋次の顔が妙におかしくて幼くて、一護はつい、恋次の頭をなでた。

「目ぇ、覚めたか。」

呆然としていた恋次だったが、あまりといえばあまりの状況に、カッと頭に血が上った。

「うるせぇっ。気安く触るんじゃねーよっ。」

ガツッ。

「い、痛ぇ・・・。」
「あ、てめぇ! 押入れ、壊れたじゃねーかよっ。」

一護の手から逃れようと慌てた恋次はつい立ち上がり、
頭をしたたか打った上に、押入れの板を踏み抜いていた。

「まったくよー。これだからヤなんだよ、単純バカはよ。
 明日、遊子になんていえばいいんだよ。」

ブツブツつぶやきながら一護は押入れを点検する。

「うるせー。てめぇが気色の悪い起し方するからだろーがっ。」

恋次は思いっきり一護の首を後ろから絞めた。
触れ合う肌は、互いに異質のままだけど、
うげぇぇとうめく一護の声が耳に届いているから大丈夫だと、そう恋次は思った。



5.誘惑>>

<<back