惑わされている気がする。
じゃなきゃ、この気持ちの説明がつかない。

その紅い髪に触ってみたいなんて。



誘惑



「いっやー、そんでさぁ。一角さんがさぁ!」

目の前に、すっかり出来上がって上機嫌な紅い死神が1人。
1人というべきか、1匹というべきか。
死覇装を脱いで、 Tシャツとスウェットで酒飲んでる姿はその辺の奴らとかわんねぇ。
ま、下ろされた紅い髪がかなり浮いてるけど。
刺青もソリも入ってっけど。
外見だけは派手なヤツ。

「おい、一護!  聞いてんのかよっ。
 てめーに話しかけてんだよ、てめーによっ」

襟首を掴まれて、ガクガクゆすられる。

はーいはい。
わかっています。
スンマセンデシタ。

と油断させといて、ガスっと蹴りを一発入れておく。

「オマエなぁ、恋次。飲みすぎ。現世まで来て酔っ払ってんじゃねー!
 もー、シマイだ、シマイ。」

湯飲みと酒瓶を取り上げると、えー、と不満げに口をとがらす。

だーかーらー!
ガキじゃねーんだから、そのオソロシゲなナリで可愛らしい仕草はヤメロ。
キモいだろう。 っつーか、コイツ、天然?
普段の拗ねたような仏頂面とギャップが深すぎて、ついていけねぇ。

「あーもー寝ろ寝ろ。ほら、布団敷いてやっから。」

フローリングに直接だけど、酔っ払いだからいーだろ。
先ほど壊された押入れから、敷布団を二枚引っ張り出し、
そこに酔っ払いを蹴り倒す。

「うーーー。」

うめきながら転がっている赤死神の腹にタオル一枚かけてやる。
酒が足りないだの、枕が柔らかいだの、ぶーぶー文句を垂れていたが、
電気を消す頃には寝息に変わっていた。


こいつ、ルキアや白哉の話、全然しなかったな。
十一番隊時代の話ばっかりだった。

なんだか寝付けそうにもないので、ベッドの上に座りなおし、
湯飲みの底に残っていた酒をあおる。
窓から月光が差し込んでいた。





睡眠中の死神は、また胎児の格好をして丸まっていた。
顔の辺りに手をやって、膝を丸めて。
まるで、小さく消えてなくなりたいというように。

そういえば、下から見上げてばっかりで、こうやって見下ろすのって初めてだ。
どんな顔して寝てるんだろう。
また泣いてんのかな。
へんな夢とか見てねぇといいけど。

一護は、 空になった湯飲みを窓際に置いて、うつぶせにベッドに横になった。
斜め下の床の上には恋次が眠っている。
髪が覆っているので表情が見えない。
手を伸ばし、顔にかかった髪の一束を横にやる。
起さないように、そっと。
髪を指で梳くようにかき上げてやると、微かな息が恋次の口から漏れた。

どうしてコイツ、何も言ってくれないんだろう。
ダチじゃねーのかよ。
命かけて戦って、ルキア助けろってオマエ、俺に決意預けてくれたんじゃないのかよ。
卍解修行一緒にして、背中預けあって戦って、近くなったと思ったのは俺だけかよ。
理由、わかんねーけど、落ち込んで、そんで俺に会いに来たんじゃねーのかよ。
隠すなよ。
もっと自分出せよ。

あいにく差し込んでくる月光が強すぎて、影になった恋次の顔はよく見えない。
酔いが廻って温度を上げた手に、
水を含んだような質感と重みが気持ちよくて、髪を梳くのを止められない。
紅い色は月の光でその色調を深め、光の束のようなうねりを見せる。
肌は月の色を映し、闇色の刺青は濃さを増す。
静かに眠る恋次の頬を、頤を、静かに一護は指でなぞり続ける。

・・・ ああ、 おかしくなっちまいそうだ。

触れる指先で生まれ伝わる熱に浮かされて、
指じゃ足りなくて、 もっと深く味わいたくて、
手の平で包むようにこめかみから頬を撫で下ろし、首筋に触れる。
刺青の墨を辿ると、そこから恋次の闇が沁みこんでくるようでなぜか切ない。

オマエ見てると俺、なんか苦しくなるんだよ。
なんでか知んねーけど。
・・なぁ。俺に心も預けてくんねーか。
カケラでかまわねーんだ。
命より重いかもしれないけど。俺、がんばるから。

髪を梳かれ、頬を撫でられ、眠りが浅くなったのか恋次が寝返りをうった。
うーん、と伸びをした後、今度は四肢を投げ出してまた眠りにつく。
仰向けになった顔は存外穏やかで、一護は内心、安堵する。



そして一瞬のためらいの後、そっと、口付けを落とした。




6.鼓動>>

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