※パラレルで、死神の存在しない世界です。微妙に妖気系で最後は死にネタに近い(はず)。ご注意ください。  




雨上がりの空に、塀の上の鴉たちがガアアと一斉に喚いた。

漆黒の翼に反射するのは陽光、眼に映るのは闇。
大きく開けた嘴の奥には臓物が収まっている。
全てを貪欲に飲み下そうと、赤黒く滑って光っている。


鴉の理  



「煩せえなあ」
 
そう呟いて、学校帰りの一護は高塀を見上げた。
夕方でもないというのに、鴉たちが集まっている。
奇妙なのは、全ての鴉が空を見上げていること。
中空に視線を彷徨わせていて、何かを待ち望んでいるようにも見えた。
 
古典の授業によると、鴉はそもそも死者の使いや賢者の象徴だったという。
現代では不吉な黒色と小賢しさ、残飯を漁り食う習性も相まって、すっかりただの嫌われ者。
ガアア、ガアアと繰り返し空に向かって喚く黒の一列を見ると、
気味が悪くもあり、嫌われる理由も分かる気がする。
 
「うわあ、すごいね、今日のカラス!」
「気持ちワリィ! 追っ払っちまおうぜ!」
 
止める間もなく、下校途中の子供達が黄色い傘を振り回して鴉の群れに突っ込んでいった。
相手は背の届かない子供達。
それでも警戒心の強い鴉は塀を離れ宙に飛び去った。
ばさばさという羽ばたきの音が、湿った空気に響く。
 
ぽた、と頬に冷たいものが一滴落ちてきた。
糞をされたか、と舌打ちして手の甲で拭うと赤い色。
 
血だ。
 
見上げると塀の上に戻りつつある鴉の群れ。
その中でも大きく目立つ一羽は赤く斑に染まっていた
中天を過ぎた日の光を浴びて、一際輝く一羽の鴉。
ひたと此方を見据える眼はやはり赤く煌いている。
 
一護の視線を受けるように血斑の鴉がガァと鳴き、翼を大きく広げた。
羽ばたきの力強さを見ると、ケガをしているわけではないらしい。
他の鴉どもは距離を置き、赤斑の鴉の様子をじっと見つめている。
まるで何かの儀式のようだ。
 
だが、道行く誰もがその異様さに気がつかない。
赤く血に塗れた鴉がいるというのに。
 
もしかしてこの血は見えていないのか。
 
一護はやっとそのことに思い当たった。
では、この血はこの世のものではない。
改めて鴉を見遣ると、一護の視線に応えるようにガァと大きく鳴いた。
一護の口元に薄笑いが浮かんだ。
 
血斑の鴉が瞬きもせず、丸い目でひたと見つめてくる。
視線を外せずにいると、再びガァと鳴いて尾を向ける。
そしてついて来いといわんばかりに飛び立った。
 
塀から電信柱へ、そして電線へ。
時々伺うように振り向きつつ小刻みに場所を変えて一護を導く姿は、
教科書どおりの古代の鴉の在り方を髣髴させた。
 
導く先は死者の国か、或いは闇の奥底か。
 
死人の霊が見える一護にとって、死者の国という概念は恐ろしいものではない。
むしろ、いつの間にか消えてしまう霊が集うことが場所があるのは救いに等しい。
もしかしたら、自分のせいで亡くした母親に会えるかも知れない。
だから怖くなどない。
鴉に導かれるという奇妙な状況に、高揚感が湧き上がる。
一護は鴉の後をひた走った。



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