鴉の理 9
 




「てめえは・・・」
「そ。俺だよ。思い出したか?」
「まさか・・・! てめえはとっくの昔に死んだはずだ!」
「ああ、お前に殺された。つか、お前もいい加減、死んだと思っていたけどな」
そう笑った口元は皮肉に歪んだが、なぜか真っ直ぐな、太陽を思わせる笑顔。
では間違いはない。
この男は嘗ての戦友。
戦闘に端を欲して生まれた縁は深く、やがて好敵手という枠を超えた絆となった。
だが最期は、殺意を剥き出しにして殺しあった。
恋次の刃がこの男の胸を貫いたのだ。
それが最期のはずだった。





背中を預けて闘った。
あるいは肩を並べて馬を駆った。
熱に任せ、肌を重ねるようにもなった。
だが、とにかく若かった。
武勇で名を上げることに躍起になり、結果として 仕える国を別った。
全く迷いがなかったといえば嘘になる。
だが、悔いはなかった。
振り返るほどの余裕もなかった。
ただ前へ前へとがむしゃらに進んでいた日々だった。
一方で外面を取り繕ってはみても、この男の噂を聞けば内心ざわつくものがあった。
結局のところ、例え目の前にいなくても、
死の淵ギリギリに立って技を磨きあげたのは、この男に負けぬためだった。

この男もさまざまな苦難を迎えたという。
だが、その雰囲気は明朗として変わることがなかった。
加齢ともに多少は落ち着きは得たものの、芯が同じ。
血気盛んなのは変わることがなかった。
恋次に対する好意も絶えることはなかった。
頻繁ではなかったが、遠い道程を駆け通して逢瀬も重ねた。
この男が不意に夕闇の中、訪れることもあって驚かされたもした。
だから、離れてもどこかでいつも繋がっていた気がして、それで十分な気がしていた。
他人を信じたことのなかった恋次はそんな風に変わった自分をよく自嘲した。
けれど結局、 交流が途絶えたのは、恋次が再び変わったからだった。


ある日 恋次は、命を賭していたものをあっさりと失って、更には道をも失った。
耐え難い狂気に身を任せてからは、憎んでも憎みきれないほどこの男を忌み嫌った。
だが、いくら嫌っても、いくら追い払っても、
親しげな、それでいて恋次にしかそれと分からぬほどの笑みを浮かべて近づいてきた。
無駄に殺すなと、殺して何になると、何度も何度も耳に痛い苦言を繰り返し、
その度に酷い争いとなり、無駄に刀も交えて傷つけあったが、それでも諦めなかった。
だから徹底して、顔を合わせることさえ拒否したのだ。
もう同じではないと。仲間ではないと。
生きる道が違ったのだ。
自分の進む先に未来はない。
描いていた未来も、追っていた夢も、すべて破綻してしまっていた。
水も命も、器から零れて地に吸い込まれてしまえば戻るものでもない。
恋次の器はもう壊れてしまっていた。
だから、心があるのならば近づくなと。
互いに辛くなるだけだと。
そして恋次は、この男の眼を真正面から見ることも、狂気に堕ちた事を悔いることも止めた。




突如、押し寄せた記憶と感情の波に恋次はよろめいた。
耐え切れず、どんと背中をついた先は、先ほどまで恋次を封じていた木の格子。
そんなものに支えてもらうなんて皮肉なことだと、
きつく結ばれていた 恋次の口元からくつりと笑いが零れ落ちた。

「恋次。お前、生きていたんだな」
古い、滅びたはずの魂が、一護の身体に宿って、恋次へと手を伸ばす。
「これを生きているというならな」
その手を恋次は払い落とす。
「俺は半端モノだ。生きちゃいないが死んでもいねえ」
「そうか」
風を聞き流すような応えにいらついた恋次は、にやりと醜悪に口元を歪めた。
「とっちにしてもだ。俺は殺すのを止めてねえぜ? 残念だったな」
「そのようだな」
「主も・・・、あのろくでもねえヤツも殺して喰った」
「そうか」
「ここに迷い込んでくるやつらも全部殺して喰った」
「そうか」
「てめえもだ! てめえも俺が喰った!!」
「喰われてねえよ」
「いや! 確かに喰って殺した! だから俺はこうして動いている!」
「けど俺もほら。こうやって動いてるぜ?」
「何でだよ! てめえのその身体、俺と同じ墨が、呪がかかっちまったはずだ!
 てめえももう、死んだはずなんだ!」

叫ぶ恋次に、一護が口元だけ歪ませて笑う。

「恋次。俺はとっくの昔に死んでるんだよ。死人は死ねない」
 
そして、一護の腕がどこか人形のようなぎこちない動きで恋次へと伸ばされた。
恋次は、乗り出していた身体を慌てて引き、その手を避けた。

「なんだ、怖いのかよ、恋次。鬼と怖れられたてめえがか?
 人も獣も、親も子供も、何もかも関係なく斬り捨ててまわったてめえがか?」

「う・・・煩えっ!!」
「俺一人ぐらい生き返ったからって、何だってんだ?」

そう笑った一護の眼には、恋次の姿が影となって揺らめいていた。


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