後朝 −痕−
朝が来たと他人の声と手で目が覚めるってのはくすぐったいもんで、未だに慣れない。
起きろよいい加減、甘えてんじゃねえと小突かれるのが心地よくて、
なにやらとろとろと眠りに潜り込みたくなる。
逃げるわけじゃなくて、本当に眠いわけでもなくて、
ただ何となく、布団から抜け出るのとか、
ひやりとするであろう黒い衣を身に着けるのとか、そういうのが億劫なだけ。
それでもやっぱり起きなきゃいけない刻限ってのはあって、
じゃあと伸びをしてみれば、どこか遠慮がちに俺に向かってる視線とかにぶつかる。
何見てやがるテメーとかそういう言葉が反射的に飛び出すと、
期待を裏切らず、何でもねーよ、さっさとしろなどと、同じぐらい乱暴な言葉が返ってくる。
甘い時間を断ち切って日常に還るための儀式のようなそれには、すぐ慣れた。
頭だけ上げて、脱ぎ散らかしたはずの着物の行方をぼんやりと探る。
どうやって始めたんだっけ、と記憶を辿ると、肌に熱が残ってるような気がする。
頭の芯はまだ痺れてる。
いつもなら俺以上に寝床に執着する一護は、
あっさりベッドを降りて本体に戻り、ボリボリ頭を掻きながら服を取りに箪笥へと向かった。
その骨ばった背に、爪の痕。
赤く小さく弧を描いた傷。
絶対痕なんか残さないように気をつけていたのに、いつの間に。
呆然としていた俺に、振り向いた一護が声をかけてきた。
「おい、ぼーっとしてどうしたよ」
「・・・なんでもねえよ」
一護の魂が、俺の爪痕を連れて肉体に戻った。
たったそれだけのことなのに、なぜか目を離せない。
一言謝ればいいことなのに、声が出ない。
ヘンなヤツ、と一護がまた背を向けた。
真っ白のTシャツが、背中も爪痕もすっぽり覆ってしまった。
それが何か悔しくて、布団にもぐりこんだ。
「おい、また寝るのかよっ」
「どうせテメーはメシ食ってくるんだろ? その間ぐらい寝かせろ」
布団の中から怒鳴り返すと、ったくよーと文句を言いながら一護は部屋を出て行った。
トントンと規則正しく階段を降りる足音を確かめてから、布団を勢いよく蹴り飛ばした。
風が巻き起こり、湿った体を一気に冷やす。
よっしゃ、と勢いづけて一気に起き上がると、ピリ、と痛みが走った。
見下ろせば腰骨の辺り、赤く充血して残る幾つもの爪痕。
血が滲んでカサブタまで出来てるとこもある。
力任せに鷲掴みにされて打ち付けられたのだから、無理もないけど。
けど改めて見回してみると、あちこちに吸われた痕。
呆れて声もでない。
さっきの妙に怯えた視線と諦めの良さの原因はコレか。
あの阿呆が。
部屋に戻ってきたら、怒鳴りつけてやろうか。
きっと、悪いかよ大体夕べはテメーがどうのこうのと逆切れして来るだろう。
けど最後にゴメンとかなんとか呟くのだ、あの子供は。
自分の背にも爪痕が残っているのにも気づかずに。
くつくつと笑いが込み上げてきて、抑えきれない。
だからまた布団を被って声を殺す。
そして眠ったフリをする。
もぐりこんだ布団はまだ体温と湿気を残していて生温く、永遠に抜け出れないようなそんな気がした。
後朝 - 歪みの向こう/一護 >>
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