「ちくしょ、どこいきやがったんだ」
店の周囲、三歳児の足でいける範囲はとっくに探した。
家にも一旦戻ってみたけど、いやしねえ。
「あ、黒崎くん! あっちにもいなかったよ。街のほうはたつきちゃんが探してる」
「そっか。サンキューな」
「どこ行っちゃったんだろうね・・・。大丈夫かな」
あんだけしっかりした子供だ。
大丈夫だとは思うけど、まさか誘拐とかじゃねーよな?
「・・・・・ね、あの子。恋次くんの関係者?」
「え?」
「だって、赤い髪と目だし、黒い着物だし、それに・・・・」
「・・・・・こっちはもういいから帰ってくれ」
「え?」
「ワリィ。でも死神関係の極秘プロジェクトらしくってよ。
井上はともかく、たつきが関わるといろいろややこしくなるから、
見つかったって言って、たつき連れて帰ってくれないか?」
「え、でも・・・」
「多分すぐ見つかる。それと恋次とは関係ない。
あの子供、義魂が入った義骸だから。
体はともかく、中身は全くの別モンでただの3歳児だ」
でも、とまだ何か言いたげな井上をさえぎって、無理矢理帰らせた。
さて、こっから先は俺の仕事だ。
チビのことを思い浮かべ意識を集中する。
かすかな気配を感じることができた。
「こっちか!」
俺ん家とは反対方向。
ただ迷ったのか、それともわざと反対側に向かったのか。
ずいぶんあの店からは離れてきてる。
チビ、心細かっただろうな。
パパって初めて呼んだのに「違う」って否定されて悲しかっただろうな。
ヘンな見得、張っちまってゴメン。
義魂なんだから全く別人格のはずなのに、
見かけだけで夢見ちまって、勝手に恋次と混同しちまった。
100年以上生きてる、ある意味バケモンの死神と比べちゃ悪いよな。
ほんっと何が紫の上計画なんだよ。
ゴメンなチビ。
ってもうだいぶ近づいてきたはずなんだけど、一体どこだ?
なんだ、あの騒ぎ?
公園側の一軒家を人の輪が取り囲んでいる。
その屋根の上、ちょこんと乗っかってるのは黒い服と赤い頭。
・・・・・チビだ!!
「ちょっと通してくださいっ」
近くに行くと、おばさんたちの一群が噂話で盛り上がってるのが聞こえた。
「どうしたのあの子?」
「一人で公園をウロウロしてたのよ」
「お母さんは遠くに行っちゃったんだって」
「可愛そうに。喪服なのもお葬式帰りなのかしらね?」
「お父さんは?」
「いないって言ってたわよ?」
「捨て子? かわいそうよねぇ。そんな両親で・・・」
「いろいろ訊いてたら突然走ってって、あんなトコに登っちゃったのよ」
「それってもしかしてお母さんが天国に行ったから?」
おばさんたちは顔を見合わせて一斉にカワイソウネエと嘆き、頷きあう。
・・・・・いや、それ違うから。
かなり妄想が追加されてるから。
とにかく、チビをあんなとこでさらし者にしておけねえ!
大体落ちたら危ないだろうが! 霊体じゃねーんだ。
義骸だから人間と全く同じとは行かないけど、でもちゃんと生きてるんだしケガしたら痛いだろ。
「ちょっとどいてください!」
チビが乗っかってる屋根に張り出している大きな枝。
きっとジャングルジムからこの木を登ってあそこまで行ったんだ。
本当は死神になれれば楽なんだけど、こんなに人がいちゃ仕様がねえ。
でもオレだって木登りは得意なんだよ!
危ない、やめなさいって声も聞こえたけど、無視して屋根に登った。
近くに行くと、空をぼーっと見てたチビが振り向いた。
あ、という顔をした後、ぎゅっと目をつむり、顔を両手で覆う。
・・・それはアレか? 隠れてるつもりか?
やっぱ三歳児だなぁ。なんだかそのオロカさが可愛いや。
さっきまでの怒りとか焦りとかがあっさり溶け去ってしまった。
「オイ、大丈夫か?」
返事がない。
近くによってポンっと頭を叩くとようやく顔を上げた。
感情を隠してるつもりなんだろうけど、むくれた口元で全部ばれてるぜ?
今更だけど、よく恋次に似てる。
「よくこんなとこ登ってこれたな。スゲーなお前」
「・・・・こんなのチョロイ」
・・・・・すっげー自慢気だし。
子供の分、この辺は恋次よりはやっぱり素直だな。
「そっか。でも降りようぜ? ほら、見てみろ」
地上を指差して見せる。
何人もの人がこっちを心配そうに見てる。
ヘンな妄想が先走ってるとはいえ、ちゃんと皆心配してくれてるんだ。
「で、こんなとこで何してたんだテメーは」
「・・・・オレ、帰りてえ」
「どこに? 浦原さんちか?」
「ちがう。でも帰りてえ。なんかすごく帰りてーんだ」
そう言って遠くを指差す。
もう一度どこに、とは聞けなかった。
ないんだ。お前の帰る場所なんてどこにも。
だってお前はその義骸を育てるために作り出された仮の魂。
普通の義魂だったら最初っから自分の役割とか知ってるのに、
お前は「成長する」って前提で作られてるから小さすぎて、
自分が普通の人間じゃなくて、義魂ってことを知らない。
それってなんか、あんまりじゃねーか。
今更だけど、残酷だよ。
「そっか。でも今日のところは俺のところに来い」
「・・・・・・」
「メシもあるし、風呂もあるし、ゆっくりできるぜ?
遊子や夏梨、あ、俺の妹だけどな。あいつらも一緒に遊んでくれるぜ?
オヤジも居るけど・・・まあコイツはどうでもいいや。
な? そうしろよ。俺ももうちょっとがんばるしさ」
「オレ、よくわかんねー」
心細そうに呟く姿が、さっきよりもずっとずっと小さく見える。
「わかんないんだったらとにかく来い!」
そう言って抱え上げる。
ジタバタしたけど、さっき恋次がしたように尻を一叩きして黙らせた。
「ほら、落っこちるぞ? じっとしてろ。
さー帰ってメシ、食おうぜ! 遊子のメシはうまいぞ?」
チビが、うん、と小さく呟いて俺の肩にしがみついたから、
おれはしっかり抱きこんで、慎重に屋根から下りた。
さあ、一緒に帰ろうぜ!
三つ子の魂は永遠に! 5 >>
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