Snow Red 5 / 一護
お。
なんか急に恋次が元気になった気がする。
窓に映った目に力がある。記憶を失くす前みたいに。
もしかして、少しは記憶とか霊力とか戻ったのかな。
ちょっと俺を見る目が攻撃的過ぎる気はするけど、ま、いっか。
「あ、テメーの好きな鯛焼き、あるんだった。ホラ食えよ」
今日、恋次が来るからって、買っといてよかった。
冷えて硬くなったけど、ないよりはマシだろ。
本当はケーキとかも買ってあるけど、まあそれはあとでいいや。
・・・ってか何で睨みつけるんだよ、何にもしてねーだろ!
つか、ぐうぐう鳴ってるその腹はなんだ?
腹、減ってんじゃねーのかよ!
「毒とか入ってねえし!
どうにかする気がありゃあ、テメーが寝てるうちにどうこうしてるだろ?
いいから食えよ。ほら!」
ってこれじゃ俺、どっかの誘拐犯かなんかみたいじゃねえか。
ったく、何で俺が!
とりあえず椅子ごとベッドから離れて、恋次と距離をとってみた。
恐る恐るといった風に手を伸ばした恋次は俺の動きを警戒しつつ、
鯛焼きを指二本で摘み上げ、匂いを嗅いでる。
・・・野生動物かっての。
そうやってしばらく鯛焼きをこねくり回していた恋次は、俺をチラ見しつつ、やっと一口、齧りついた。
その瞬間の恋次の顔、俺は多分一生忘れることができない。
大きなショックを受けたみたいに、見開かれた目。
一瞬、顔が輝いた。でもその後、泣きそうになった。
少なくとも旨いものを楽しんで食べてる顔じゃない。
ガツガツと口は動いてるのに、なんでこんなに悲しそうなんだろ。
訳わかんねえ。
そして不意に思い出したんだ。
昔、恋次がイヌヅリについて少しだけ教えてくれたこと。
親も無く、子供たちだけで集まって生き延びた、あれこそが地獄だって。
霊力があったせいで食わなきゃいけなくて、それこそ食えるものは何でも口に入れたって。
そのためには何でも、人に言えないようなことまでしたんだって笑ってた。
あれは、こういうことだったんだ。
分かった気になって、全然分ってなかったってことだ、俺は。
あの笑顔の影に、どれだけの思い出と、どれだけの表情が隠れていたんだろう。
目の前の子供の頃に戻った恋次は、俺のことも忘れたみたいに無心でガツガツと鯛焼きを食っている。
もしかして鯛焼きも食べたことが無かったのかもしれない。
鯛焼きどころか、甘いものも食べたこと無かったのかもしれない。
小さい頃聞かされた、遠い遠い昔の話ように。
食い終わった恋次がこっちを睨みつけた。
理不尽にも俺にすげー怒ってるみたいなんだけど、なんだか怒り返す気にはならない。
「・・・旨かったか? もっとあるから食えよ。全部テメーのだ。ほら」
投げた紙袋を、どこか不器用な感じで恋次が受け取った。
ごそごそと袋を開けて、中の鯛焼きを見て目を輝かせてる。
居たたまない感じがするのは何故だろう。
なんだか、恋次の心の奥底、ずっと隠していたものを覗いてしまったような気がした。
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