Snow Red 8 / 恋次


部屋に奇妙な仕掛けがしてあるから、逃げ出せなかった。
じゃあ下っ端を倒せば何とかなるかと、部屋に戻ってきた隙だらけのところを狙って殴りつけてみたが、
ミカン頭の下っ端は、下っ端のクセにやけに強くて、
というよりは俺の体がまっとうに動かなくってあっという間に捕まった。
すばしっこいのが身上だったのに、オトナになったっていう俺の身体はただのデクノボウ。
殻ばっかりで、中のほうがスカスカしてるみたいだ。
思うように動きゃしねえ。
役にたたねえじゃねえか、クソッ!

「チクショウッ、離せ、離しやがれッ!!」

殴られると思ってたけど、下っ端は乗り上げたまま、何とか俺を説得しようとしてる。
騙されるもんか。
テメーみたいな甘ちゃんなんか今まで何回も出し抜いて来てるんだよっ。

けど、何とか逃れようともがきながらも、どうしようもない奇妙な感覚にイライラしていた。

なんだろう。
この感覚やこの気配。
知ってるような気がするんだ。
背中に捻り上げられた俺の手は、下っ端につかまれてたまま。
そこから何かあったかいもんが流れてきてるような気がして、
それが当の昔に失くした何かみたいで、俺はとても懐かしい。

「みんな、心配してたの、わかんなかったかのかよっ?」

下っ端の声、すげえ必死。
ばかみてえ。
でもあそこにいた奇妙なナリの大人たちは、確かに真剣だった。

「テメーはとっくの昔に大人んなって、死神になって、そういうことなんだよ」

そんな妙な話があるわけない。
でも、そうなのかもしれない。
だって、どこで会ったのか知らないけど、俺はコイツのことも知ってるような気がする。
とんでもないものを失くしてる気がする。

そんな俺の迷いに感づいたかのように、下っ端は俺を引き起こした。
手と手が触れたとき、さっきまでとは比べもんにならないぐらいの何かが流れ込んできた。
下っ端は気づいてない。
でも下っ端の手から、なんだかすげえ熱いもんが体に流れてきて、スカスカだった俺の体ん中を満たしていく。
不思議な感覚。
腹減ってるのが、内側から消えていくような、そんな感じ。
けど頭の中はゴチャゴチャとおかしくなりそうだ。
なんだか覚えのない人の顔や場所がすっと現れて、思い出そうとしてる間に消えていく。
これは一体、なんだろう。

はっと気がつくと、下っ端がすぐ近くまで来てた。

「あっ、クソッ、つぶれちまったじゃねえか!」

せっかくルキアに持って行こうと思ってた旨いもんはぐちゃぐちゃ。
どれもこれも潰れて、袋も破けて、いくつかはベッタリ俺の腹とかにくっついてしまった。

悔しいけど、でも、どうでもいい気がする。
ルキアはもうこんなもん、もう待ってない気がする。
だって頭の中、黒い立派な着物を着たルキアの姿がチラついている。

でもなんで俺はそんなこと、知ってるんだろう。
ルキアはどこへ行っちまったんだろう。


「・・・なあ、俺のこと、本当に覚えてねえのかよ?」

そして誰なんだろう、ガキみたいに必死に俺のこと、見てるコイツは。
とても親しい何かなんだけど、でもさっぱり思い出せない。

「・・・思い出せよ、俺のことだけでも」

この声に、確かに覚えがあると思うんだけど。
こうやって抱きしめてくる腕にも。
いやに熱っぽく呼ばれる俺の名前にも。

けれど、抱きしめられた腕ん中、俺の体にどんどん何かが流れてきて、
それが今までにないとんでもない勢いで、動けない。

「・・・恋次? おい、恋次?」

下っ端の声がどんどん遠くなっていく。
目の前にいろんな顔が、場所が、場面が、次々と現れては消えて、
それはとんでもない痛みで、胸が苦しくて潰れそうだ。
このままじゃ俺は消えちまう。

その落ちていくような感覚が怖くって俺は、目の前の男に抱きついた。




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