Snow Red 9 / 一護
抱きしめた恋次の身体は、義骸ってのを差し引いてもひんやりと冷たくて、
しかも硬く強張っていて、まるで人形か何かみたいだ。
けれど回らない腕をムリヤリ回して抱きしめて、頬が触れたりすると、
馴染んだ恋次の匂いとか、髪がくすぐったいのとかで、やっぱり恋次は恋次だと俺はちょっと安心する。
やっぱり、すごく不安だったんだ。
だって恋次、と名前を呼んでもいつもの返事はない。
いつもの返事っていったって、首を軽くすくめたり頭を撫でてきたり丸無視だったり。
その程度だけど、そんな声にならない恋次の反応からでもいろんなことを感じ取れるようになってて、
ああ今恋次、機嫌いいなあとか、なんか今日は調子悪そうだなとか内心、一喜一憂してたりした。
けど、今はそれがない。
気持ちというかそういうのが混ざっていく感覚がない。
俺は恋次を温めたくてしっかり抱きしめるけど、でも恋次から返って来るものがない。
なんだろう、これ。
この一方的に失っていく感じは。
「・・・恋次?」
恋次の体がガタガタ震えだした。
「・・・恋次? おい、恋次?」
恋次が俺にしがみついてくる。
俺のシャツを両手で握り締めて、体が更に硬く強張っていく。
ガチガチと歯も鳴っていて、まるで凍え死にそうな感じだ。
「恋次、おい、こっち向け」
両頬を取ってムリヤリ上向かせると、焦点があってない。
何か遠くを見て、ブツブツと何かを呟いてる。
ゴメンって言ってるのか? オマエ、何に謝ってるんだよ? 何を見てるんだ?
「目ェ覚ませっ、オラっ」
思いっきり往復ビンタを食らわせると、しばらくポカンと口を開けたまま宙を見ていたが、
やがて俺の存在に気がついたのか、ゆっくりと首を動かして、こっちを見た。
「恋次? おい、大丈夫か? 俺のこと、見えてるか?」
「・・・・いてェ」
頬に手をおいて、首の関節を鳴らしつつ俺を睨みつけてきやがる。
あれ? 何だこのふてぶてしい顔つき。もしかして、記憶戻ったか?!
と思ったら、
「何しやがんだ、この下っ端ァ!!」
「イッテェェッ、何、殴ってんだこのバカッ!!」
見事に頬に一発喰らった。
つか、また下っ端呼ばわりかよ! 記憶、戻ってねえじゃねえかよ!!
「一護だ!! 俺の名前は一護。下っ端じゃねえ!!」
「うるせェ下っ端」
「ほんっとにテメーは・・・」
期待した分、落胆も大きくって、こりゃもう一発、
今度は思いっきり気合を入れて殴り倒してやろうかと思い始めたとき、恋次が、
「なあ。何でテメーに触るとあったかいんだ? これは何だ?」
と、子供みたいに無邪気に俺の手を取った。
その無心な表情に、脳天を殴られたみたいにぐらりときた。
「こうしてるともっと温かいか?」
たまらず俺は、恋次を抱きしめた。
返事はないけど、反抗されない、拒まれてない。
今度はほんのりと暖かい。
何かが流れていく感覚は同じだけど。
じゃあやっぱり、さっき俺から流れていったのは俺の霊力。
これならコイツの回復も早いかもしれない。俺を思い出すかもしれない。
「これなら、オマエの霊力も早く回復するかもしれねえ」
「霊力?」
「ああ。そしたら記憶も死神の力も戻ってくるかもしれねえ」
「・・・本当なのか?」
「わかんねーけど」
「わかんねえのかよ!」
「試してみなきゃわかんねえだろ! ほら、手ェ貸せ!」
手を握ってみると確かに流れていく霊力。
唇を付けてみると、もっと流れが強くなる。
「そんなにイヤそうな顔すんな! こっちのが効くみたいなんだからしょうがねえだろ!
ああもうっ!! ・・・じゃあこれは、どうだ?」
頬に唇を寄せてみると、ビクっと恋次の体が震える。
敏感なところだからかとも思ったけど、だけど確かに、触れた場所から何かが流れ込んでいってるような気がする。
手からよりももっと強い勢いで。
「こっちは?」
こめかみにも額にも、反対の頬にも。
そっと口付けをしてみると、そのたびに恋次の体はびくっと強張るけど、
でも耐え切れないといった感じで目を瞑ったまま、ぎゅっと自分の膝に握りこぶしを置いて、神妙にしている。
てことは恋次も霊力が流れて来てるのを感じてるんだ、たぶん。
そんなガマンしてる様子を見てると、俺は邪すぎるかと思うけど、でも止められなくて、
「・・・ここは?」
薄く開いている唇に、そっと唇で触れてみた。
凄い勢いで、霊力が吸い取られていくのを感じる。
恋次は目を瞑ったままだけど、ぎゅぎゅっと更にきつく力を込めたらしく、瞼と眉間に皺が寄った。
俺はそれが妙に可愛くって、でも霊力回復を口実にして恋次を追い詰めてるみたいで、
なんだかワルイコトしてる気がするんだけれど。
でも、これが、きっと、一番いいはず。
「ガマン、しろよ? もう、殴るなよ?」
俺の念押しに恋次の体は更に強張ったけど、それにさえ煽られてしまって、俺の熱は走り出してしまった。
SnowRed 10 >>
<<back