ソリテア 5
「ただいまー・・・ってオイ、誰んだ、これ? オヤジよりでけえじゃねえか」
その日の夕方、ずいぶん遅くなってから帰宅した一護を自宅で待ち受けていたのは、
玄関に転がったバカでかい靴だった。
明るい光の漏れる台所からは、妹たちのにぎやかな笑い声も聞こえてきている。
「珍しいな。オヤジの客か?」
一護は靴をぽいと履き捨て、真っ直ぐに台所へ向かった。
「・・・恋次! 来てたのか?!」
予想に反して、我が物顔でどっかりとダイニングテーブルの一角を占めていたのは、一護の客だった。
「よう」
「つかオマエ、その格好・・・」
義骸に入ってんのか、という言葉を危ういところで一護は飲み込んだ。
「お帰りおにいちゃん!」
「遅えぞ、一兄。何やってんだ」
妹たちがいつものように一護に声をかけた。
日常を破壊する威力で浮きまくっている恋次の派手な井出達に目を奪われて、
妹たちの存在に気がついていなかった自分に一護は苦笑する。
「悪ィ、ちょっとなー」
ちょっとも何も、今朝方のいろいろで一護は居残りをさせられていたのだが、もちろん白状する気はない。
「あれ? 今日はオヤジは?」
鞄を足元に置きながら一護が訊くと、
「なんか医者の集まりだってー」
「あー、今月はもうそんな日か。道理で静かな訳だ」
じろりと一護は恋次の服装を見回す。
死神らしくほぼ黒一色で纏めてて、額の刺青を隠すためか何か知らないがバンダナもしている。
本人は現世に溶け込んでる気分なんだろうが、髪はありえないぐらい赤いし、
服装も皮素材を中心に、金属の類もジャラジャラついてて、派手なことこの上ない。
違和感ありまくりだった高校生の制服よりはマシだが、これはこれで馴染みすぎていて頭が痛くなる。
・・・オヤジがいなくてよかった。
一護は心の底から感謝した。
父親の一心がいたら、きっと妹たちへの情操教育が云々で家には上げてもらえてなかったに違いない。
いや、逆に服装の話で盛り上がったかもしんねえな。
意外に気があって、そうしたら恋次も、親父並みの奇妙な服になっていくのかもしれない。
やたら派手な、けれど少しずれた服を着けた恋次の姿を想像して、一護の口元が緩む。
だが一瞬後には、一護の表情は凍った。
死神姿の父親の姿を思い出してしまったのだ。
どちらにしても、恋次が死神だってことは、オヤジにはわかるんだろうしな。
一護の顔を皮肉な笑みが覆った。
根が深かったらしいこの闘い。
終わってみれば、一護が一護として関わったのは表層だけだった気がしていた。
多くの死神や虚が関わっては消えていった。
残されたのは苦い想い。決してハッピーエンドではない。
そしてそれは一護の周囲にも及んでいた。
ごく普通の人間だと疑ってもいなかった父親が実は死神で、全てを知っていた。
あんなにも深くあの闘いに関わっていた。
それが現実だったとはいえ、それを知るのはやはり辛かった。
頭ではわかっていても、心では納得できていない。
・・・
けれどもう過ぎたことだ。
オヤジはオヤジで、俺は俺。
そういうことだ。
一護は眉間に寄せてた皺を意識して緩め、ふっと肩の力を抜いて、妹たちに向き直る。
「今日はメシ、何だ?」
「へへへー、今日は焼きうどん!」
「お、うまそ」
「あ、つまみ食いしちゃダメ! 手、洗ってきて!!」
「へぇへぇ」
芝居めいたその遣り取りを、ダイニングテーブルの端に陣取った恋次が、
目を細めて伺っていたことには、一護は全く気づいてなかった。
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