ソリテア 6
「ハイ、これは恋次さんの分」
「おう、すまねえな」
ドンと重い音を立てて置かれた大皿の上には、山盛りの焼きうどんが盛られていた。
それは多分、一護の食べる量の1.5倍。
体格差を元に計算されたと見当はつくが、オイオイオイいくらなんでもそりゃームリだろと一護は心の中でつっこんだ。
だが、恋次は待ち構えてたとばかりに箸を構える。
食う気かよ、つかその顔と服装で焼きうどんかよ、とヤケに嬉しそうな恋次の顔を横目で眺めてた一護は、
「ぼーっとしてないで、一兄も働けよ!」
と夏梨に背中を叩かれてビクッとした。
「イッテェ! んだよ、その待遇の違いはよ!」
「お兄ちゃん、今日、門限ギリギリだったんだから仕様がないよー」
「オマエたちなあ・・・!」
ぷっと吹き出した音に一護が振り返ると、
うどんを口の端からはみ出させたままの恋次が、肩を震わせて笑いを堪えていた。
「・・・・んだよ」
「つか門限って・・・、一護テメエ、どこのお坊ちゃま・・・」
「あ、クソ! 笑うな!」
一護の頬に朱が上った。
ついに恋次は堪えきれなくなり、爆笑した。
恋次も、恋次が身につけたアクセサリーの類までが小刻みに震え、チャラチャラとやけに可愛らしい音を響かせる。
「仕様がねえんだよ、そういう家なんだからよっ!!」
どんっと一護がダイニングテーブルを両拳で叩いて立ち上がると、
「お兄ちゃん・・・・?」
「オイ、一兄・・・」
見慣れない様子の兄に双子は目を丸くした。
兄が父親と容赦ない攻防戦を繰り広げるのは日常茶飯事。
けど他の人にこんな風に扱われ、我を失くす兄は見たことがなかった。
そのくせどこか楽しげで、心を許してる様子が伝わってくる。
破壊的な外見とはいえ、こんな仲のいい友人がいるとは知らなかった。
心なしか眉間の皺も緩くなってるような気がして、
ここ最近はうんと変わってしまった兄が、急に身近に戻ってきたように感じた。
恋次と交互に見比べられてるのに気づいた一護は、頭を抱えたくなった。
このままじゃ兄としての威厳もへったくれもあったもんじゃない。
ゴホ、とわざとらしい咳をしながら一護は椅子に座った。
「つか何で恋次、こっち来てんだよ?」
「仕事に決まってんだろ」
涙目のまま恋次が答えると、
「こっち? どっか遠いところ住んでるんですか?」
と遊子が菜箸を持ったまま会話に割って入ってきた。
うまく引っかかったと、ほっと一護は胸を撫で下ろす。
「まあそんなところだ」
やけに遊子には優しい口調じゃねえかよと文句を言いたくなるのをぐっとこらえ、一護は恋次に訊き返した。
「仕事? じゃあ今朝のあれ、やっぱテメーだろ。ガッコの屋上でテメーのれ・・・・」
うっかり霊圧という言葉を口にしかけた一護は、慌てて口を塞いだ。
「れ?」
「・・・れ・・・」
「・・・・れ? なあに、お兄ちゃん?」
遊子までが興味を引かれて菜箸を持ったまま振り返る。
「れ・・・んしゅうだ」
「何の?」
「いや、だから何でもねえって!」
「練習、朝から? 補習はどうしたの?」
「だから何でもねえっていってんだろ!」
ぶっとまた派手に噴出す音がした。
嫌な予感に一護が振り返ると、
「俺がこいつに練習をつけてやったんだよ」
笑いを堪えて苦しげな恋次が、それでも助け舟を出してくれた。
「練習? 何の?」
「あー、あれだ。剣」
「剣・・・。剣道?」
「それそれ」
「へえ! お兄ちゃん、剣道してるの?」
「してねえ! つか恋次なんかに練習つけてもらうもんはねえっ!」
話はどんどん混乱を極めていく。
今日の夕食は大変なことになりそうだと、一護は頭を抱えた。
恋次は兄妹の遣り取りを他所に、山盛りのうどんをずるずると啜った。
*
「あー・・・、参ったぜ!」
自室に戻るなり、一護は鞄を投げ出し、ベッドにドスンと乱暴に座った。
「何がだよ?」
一護について部屋に入ってきた恋次は、ぐるりと辺りを見回した。
「何がじゃねえよ! 何で突然、来てんだよ! しかも義骸入って・・・」
恋次は頻繁に現世に来るわけではない。
それでも、いつもみたいに自室に死神姿で現れるのなら免疫もありはする。
けれどあんなふうに妹たちと談笑して一護を待つなんて初めてだったから正直、びっくりした。
日常に溶け込むなんてズリィだろ、と不満混じりに睨みつけてはみたが、
恋次がそんな瑣末なことに反応するわけも無い。
「だから仕事だっつってんだろ」
とぶっきらぼうに返して、また一護の部屋を見回した。
そりゃそうだよな、と一護は改めて恋次を見た。
仮にも副隊長が、そうそう簡単に現世に来るはずもない。
現世に来るには隊長以上の権限が必要なようだし、
しかもわざわざ義骸に入ってるということは、何かこちらでやるべきことがあるのだろう。
一護の頭がすっと冷えた。
もしかしてまた、闘いが始まるのだろうか。
危機が迫っているんだろうか。
だが事の真相を知ってるはずの恋次は、相変わらずキョロキョロと忙しない。
ついに机の下やベッドの下を覗きだした。
「・・・オイ、恋次。何やってんだ、テメー」
「あの義魂は居ねえの?」
「コンか? コンならいるぞ。テメエの後ろに」
「あ? お・・・、いた」
指差されたほうを振り向くと、本と本の隙間にひらぺったいぬいぐるみが挟まっている。
「テメー、一護!! バラすんじゃねえっ!! って、あ、すみません・・・」
その慌て具合に恋次は、
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、コンの耳を引っ張って引きずり出した。
「イタイイタイイタイ、ニーサン、イタイですっ!!」
「よー、元気にしてたか」
指先でつままれてぶら下げられたコンは、ジタバタと短い手足をさせる。
「あああ、すみません、ニーサン、すみませんっ!」
「何謝ってんだテメーは、あ? 何だ、また引きずり出されたいか?」
「そんなことないです、ニーサンにはいつもお世話になってますスミマセン!」
「テメーみたいの世話した覚えはねえぞ。つか世話してほしいのか、あ?」
「とんでもないですっ!」
全く進展の見られないやりとりに、一護はこめかみを押さえる。
「おまえら、相変わらずだなオイ・・・」
ジタバタと暴れるコンを鷲掴みにしたまま、恋次は振り向いた。
「オイ、ちょっとコレ、借りてくぞ」
「え? コンをか?」
「コ、コレって俺のことっすかーーーーッ?!」
「すぐ戻るから先に寝ててくれ」
「ってオイ、うちに泊まんのかよ?! 」
恋次は窓を開けて、窓枠に足をかけた。
「じゃまた後でな」
「オイ、恋次ッ、ちょっと待てって、オイッ・・・って行っちまったよ」
開けっ放しにされた窓から体を乗り出してみても、
コンを片手に窓から出て行った恋次の後姿はもう見えない。
「つか足、冷てえだろ。相っ変わらずバカだな、あいつは・・・」
この寒空だ。
地面についた途端に、自分が靴を履いてないことにさすがの恋次でも気がついただろう。
今日は死神姿ではないのだ。
だ
けどあの格好付けは、靴を取りに帰ってくるとか意地でもできないだろう。
玄関に残されたバカでかい靴を思い出し、一護はくつくつと笑った。
なんだか久しぶりに、普通に笑った気がした。
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