ソリテア 7


「イ、イタイですニーサン! ニーサンってば!!」
「お、すまねえ」
「どこに行くんっスか? つか、もうちょっと掴むところ考えてくださいよー、中身入ってるんッスから〜」
「だーっ、ごちゃごちゃ煩ェなあ、テメエは! 綿も中身も引きずり出すぞ?」
「か、カンベンしてくださいっ!」


コンを引っつかんだまま、ひたすら歩き続けてた恋次だったが、 人通りのなさそうな路地に入り込んで、ようやく足を止めた。
「この辺なら大丈夫か」
と誰に聞かせることなく呟いて、ガードレールに腰掛けると、 ひんやりと金属の冷たさが皮膚にしみこむ。
「うぉっ、・・・つ、冷てえな」
「うんしょ、うんしょっ・・・って、ったりめえっすよ。真冬ッスよ?」
道路に下ろされたコンはガードレールによじ登って、短い手足ながらなんとかバランスを取って座った。
「まあ、そうだな」
ふうっと天に向かって恋次が息を吐くと、夜目にも息が白く煙る。


「それでよー、テメエには訊きてえことがあんだ」
ゴソゴソと恋次はポケットから煙草とライターを出した。
「は? 俺にっスか?」
「オウ。一護のことなんだがな」
「一護ッスか?」
カチッと音を立てて火をつけられたライターの火は、赤く夜を照らす。
「・・・アイツ、おかしいだろ?」
「一護がおかしいのはいつものことッスよ! 大体、一護のヤローは・・・」
「そうじゃなくてよ」
恋次は大きく煙草を吸い、空に向かって大きく吐き出す。
まるでため息のように。
「わかってんだろ? 俺の言いてえこと」


コンは恋次の横顔を一瞥した後、正面に向き直った。
「ニーサン・・・。一護、どうなっちまうんですかねえ」
「さーなあ」
「何でこんなことになってんっスか?」
「知らねえらしいぞー」
「なんとかなんねえっスか?」
恋次は大きく頭を左右に振った。
「いや、だから今起きてる現象自体が把握できてねえんだ」
「でも一護と何の関係が・・・」
「それがわかってりゃあ、俺がわざわざこっちに寄越される訳はねえよ」

殆ど吸わないまま燃え尽きようとしていた煙草を、恋次は指でつまんでぽいっと投げ捨てた。
アスファルトの上、残り火が赤く光る。

「ま、尸魂界じゃあ、一護に関しちゃその方がいいってのが大半の意見だ。
 命がどうこうって訳じゃねえ。ちゃんと人間のガキに戻れるだけのことだしな」
「でもニーサン!」
「あの戦闘力を欠くのは惜しいが、不確定要素が強すぎるってよ。だから様子見」
眉根を上げて見せながらも、総隊長から直々に受けた別の命が恋次の脳裏を横切る。
「けど、一護のヤローはあんなにっ・・・・!」
「煩ェ」
恋次はコンをガシっと掴み上げ、真っ向から睨みつけた。
「わかってんだよ、んなことぐれーよ」

戦友なんだ、それぐらいわからねえでどうするよ?
恋次の心の中を、一護の姿が過ぎる。
笑った顔、苦しそうな顔、歯を食い縛って敵に挑んでいく姿、その背中。
人を傷つけることを怖れながらも、誰よりも力を欲してその二律背反に苦しみ、 それでも 絶対に諦めず、死神以上に死神として生きてきたあの子供。
その世界が今、塗り替えられようとしている。

恋次の手に力が入り、あまりの痛みにコンは喚きだした。
「イテェッ!! ニーサン、イタイイタイイタイーーー!」
「お・・・・、悪ィ悪ィ。つかジタバタ煩ェなあテメーはよー」
「ってそりゃーニーサン、こっちのセリフっすよ!! 大体、ニーサンは・・・・」
「あれ? そういやここは・・・・」
喚き続けるコンを無視して、 恋次はゆっくりと周囲を見回した。

そこは初めて一護と剣を交えたあの路地に似ていた。
あの頃の一護は、死神になったばかりで、斬魄刀の解放さえできていなかった。
恋次自身も自分のことなどわかっていなかった。
あれから 何度も殺し合い、そして共に死線を越えてきた。
こんなに魂同士が近づくことができるなんて知らなかった。
だがそれも終わる。
なんて遠くまで来てしまったのだろうと恋次は知らず、俯いた。



「・・・さて、そろそろ帰るか」
「なぁ。ニーサン、どーすんだよ。アンタ、一護の友達じゃねえのかよ?」
「・・・すっかり遅くなっちまったなあ」
「ニーサン!」
「とりあえず、一護になんて言い訳するかなぁ・・・」
ため息混じりに呟いた恋次は、肩にコンを乗っけて歩き出した。
月はもうずいぶん高いところまで上がっている。
一護が大人しく先に寝てるとも思えない。
きっと、いつまでも戻ってこない二人にやきもきしてるだろう。

「なー、ニーサン」
「なんだ。いい理由でも考えついたかよ?」
「足、冷たくねえのかよ」
「冷てえよ」
「なんで靴、履いてねえんだよ」
「・・・煩ェよ」

恋次はふいっと明後日の方向を見た。

「・・・あのな、ニーサン」
「んだよ」
「アンタ、一護のヤローとそっくりだな、そういうとこ」
「煩ェよ」

その仏頂面に、コイツ、見かけよりいいヤツかもなとコンは思う。

「あのよー、ニーサン・・・」
「煩ェよ! テメエも一護を誤魔化す方法、考えやがれっ!!」
「俺がっすか?!」
「あー、クソ・・・。もう、あそこでなんか土産でも買ってって誤魔化すか」

恋次の指差す方にコンビニの明りが見えた。
何か言い返してやろうと恋次の顔を盗み見たコンは、その厳しい表情に何も言うことができなかった。


*


「で? テメエらはこの寒空の下、コンビニ探検に行ってたってわけですか? あ?」
「う・・・、まあいろいろと頼まれものもあってよ」
「これか、頼まれもんってのはよ」
「オイ、一護っ?! 止めろ、触るんじゃねえ、機密物だぞ、バカ!」
「コンビ二で買える機密があるもんか、クソ恋次!」
「あ、バカ、やめろ! 開けるなって・・・・、ああああ!」

無理やり奪った袋を逆さまにすると、 ドサドサドサっと音を立てて落ちてきたのは、数々の雑誌だった。
やたら肌色の目立つ派手なグラビア写真が床一面に散らばる。

「あ〜あ。こんなに買い込んで・・・」
気の毒そうな一護の視線に当てられて、恋次の顔が朱に染まる。
「煩ェッ!!」
「・・・テメエもしっかり男だったのな?」
「つかテメエみてえなガキに言われたかねえよっ!」
「つかオレみてえなガキはこんな本、オトナ買いしねえの!」

慌てて本を掻き集めている恋次を、一護は横目で見た。
今こそ、さっき散々笑われたのの仕返しをするチャンスな気がするのだが、 それよりも、コンを小脇に抱えた派手男、しかも靴下な不審人物が、 あーでもないこーでもないとエロ本を選びまくっていたのかと思うと、 コンビニの店員に同情すら覚える。頭が痛いことこの上ない。

全く。
何て一日だよ、と一護は窓の外に覗く月を見上げた。
今日何度目になるのだろう。
いつもの月なのに、何故か虚圏で見たあの鏡像の月と似てる気がして引っかかっていた。
自然と眉間の皺が深くなる。
だがそんな一護の憂いは他所に、背後では居候の二人がコソコソと言い争っていた。

「テメーのせいだぞコン!」
「つかニーサン、自業自得っスよ!」
「んだとコラッ!!」
「イテテテテ・・・」

いつの間にあんなに仲良くなったものだか。
やっぱりエロ本という共通の目標があれば、結託は強くなるんだろうか。
それとも魂魄同士、尸魂界に属する者同士という共通項のせいだろうか。
俺はお呼びじゃねえってか?

考えがネガティブ方向に迷走し始めたのを感じた一護は、 ため息をひとつついた後、山のような宿題の続きをすることにした。


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