ソリテア 11

「オイ・・・。伝霊神機、鳴ってんぞ・・・・」
「・・・ああ」

鋭い音で鳴り続ける伝霊神機を、恋次はのろのろと取り出した。

「ハイ、阿散井です。ハイ・・・、ハイ・・・。わかりました。すぐ出ます」
さっきまでの沈痛な表情はどこへ消えたやら、 いつもの仏頂面で応対する様はもういつも通りで、 やっぱり恋次はなんだかんだで大人で死神なのだと、一護は苦笑した。

「行くのか」
「ああ。ちょっとデカいのが出たらしい」
恋次はスッと立ち上がった。
その面は既に副隊長のものに様変わりしている。
さっきまで一護とバカをやっていた素の恋次ではない。

「元気でな、恋次」
窓枠に足をかけた恋次に、一護は背後から声をかけた。
「・・・つかコレで最後じゃねえよ」
恋次は背を向けたまま答えた。
この意地っ張りめと一護は苦笑する。

「いや、最後だ」
「一護・・・!」
「もう、来るな」

振り返った恋次の顔が苦しげに歪んだ。

「お前は死神で、俺は人間だ。・・・そうだろ?」
「・・・・そうだ」
「じゃあこれで終いだ」
「・・・一護ッ!!」

これで最後。
もう会うことはない。
よし。覚悟はついた。

「もう行けよ」

恋次も 何かを言おうとしてるのはわかるのだが、 髪は赤いし、パクパクと声もなく動く 口のせいでまるで金魚みたいに見えて一護の口元がほころんだ。

「今までサンキューな」
「・・・・!」
「向こうに帰ったらルキアたちによろしく伝えてくれ。俺は元気だって」
「一護・・・・」

恋次の伝霊神機がまた鳴り出した。
けれど恋次は凍りついたように動かない。

「オーイ、阿散井さーん、鳴ってんぞ、出ろよ」
「一護・・、俺は・・・」

一向に動こうとしない恋次を前に、 一護の眉間の皺が一層深まり、目が細められた。

「・・・ウゼェ」
「うぉっ?!」
思いっきり ドガッと足蹴にされた恋次は、ごろんと床に転がった。
「イッ・・・テェッ、くそ、テメ、一護、何しやがるッ!!」
「さっさと出ろ、煩ェだろ?!」
「喧しいッ! くそ・・・、ハイ、阿散・・、ス、スンマセン、すぐ行きますッ」

離れていても恋次が怒鳴りつけられるのが聞こえて、
しかもペコペコと頭下げてて、一護は苦笑した。
「行けよ。それがテメーの仕事だろ」
「・・・オウ」
恋次は改めて窓枠に足をかけた。

「じゃあな、一護。無茶しすぎて早死にすんじゃねえぞ」
「抜かせ。テメーこそ無駄に長生きすんじゃねーぞ」
「無駄って何だ、無駄って!!」
「煩ェよ。ほら、行けよ」

ドンと遠くで爆発音がする。
町の端のほうから白煙が上がっている。

「ヤベェ・・・、じゃなっ!!」
恋次は窓枠をひらりと飛び越えて、視界から消えた。
続いてまた爆発が起こる。
きっと虚が暴れているのだろう。
重霊地ではなくなったこの町がどうなるのかわからないが、 恋次が呼ばれるぐらいの事態だ。あまりいい状態ではないのだろう。
だが一護にできることはない。

「ま、アイツなら大丈夫だろ・・・」
もう一護には何も見えなかった。感じられなかった。
窓の外を見渡しても、何かフィルターが一枚かかったように霞んで見える。
霊力が消え、知覚が鈍ったのだろう。
今までのほうが異常だったのだ。
きっとこれからは、普通の人間が、普通に見て感じる、そういう世界が一護を待っているはず。
「さ・・・てと」
一護は窓に背を向けた。
考えなければいけないことは山のようにあったが、まずは寝る。
寝て力を蓄えて、明日に備えるんだ。

だが一護が寝る支度を整えたそのとき、すさまじい爆発が近くで起きた。
家中がビリビリと震える。
一護が窓際に駆け寄ると同時に、部屋のドアが勢いよく開けられた。

「おにいちゃんっ・・・・!」
「遊子、夏梨! オヤジはまだか?!」
「まだ帰ってきてない!」
「一兄・・・!」

夏梨が一護を見た。
訊きたいことはわかってる。
死神化しねえのか、だろ?
遊子の前で言えないこともわかってる

「いいんだ、夏梨。俺はここにいるから」
「一兄っ・・・!」
「お前にも見えないんだろ?」
「え・・・・?」
夏梨は外を見た。そして大きく目を見開く。
「俺もだ、夏梨。俺も見えねえ」
「・・・いち・・・」
「だからここにいる。ここでお前たちを護るから」
「一兄・・・」
「お兄ちゃん・・・」

部屋の真ん中でガタガタ震える二人を抱きしめながら、参ったなと一護は内心、苦笑した。
見えないことがこんなに怖いとは思わなかった。
いつ、何がこの空間に出てくるかわからない。
それで死ぬとしても、きっと気づきさえしない。
人の力で抵抗できるものじゃない。
まるで暗闇の中の綱渡り。
足を踏み外した先に待つものを知ってるからこその恐怖。
けれどそれは妹たちには見せられない。
俺が護るんだ。
一護は二人を抱きしめた。


やがて音と振動は止んだ。
妹たちは、一護の膝に抱きついて、うとうととしている。
時々、屋根に響く音もしたから、きっとこの辺りで闘いは行われたのだろう。
恋次も死神の姿に戻って、蛇尾丸を振り回していたのだろうか。
この家を護ってくれたんだろうか。
もしかして知らぬ間に記憶置換もされてるんだろうか。
ギリ、と一護の口から歯軋りの音が漏れる。

窓の外を見ると、いつの間にか雪が降り出していた。


*

寝ぼけ眼の妹たちを部屋に戻し、一護は台所へ行った。
焼け付く喉を水で潤すと、やっと生き返った気がした。
ふとダイニングテーブルに目をやると、ラップをかけられた焼きうどんが置いてある。
戻ってこなかった一心の分なのだろう。

「うそ、みてえだな・・・」
一護は夕食時の騒ぎを思い出した。
突然の不審な訪問者に、妹たちは戸惑いながらもとても懐いていた。
兄に関する質問を矢継ぎ早に浴びせかけ、恋次がいちいちマジメに返す回答に一喜一憂してた。
一護自身も、散々振り回されながらも楽しんでいた。
高揚がまだ胸に残っている。

あの時はまだ、俺は死神だった。
一護は自分の手を見つめた。
まだ、心の整理ができていない。
きっと時間がかかるだろう。
けど、恋次にも大見得を切ったのだ。
絶対やりとげる。

「クソッタレが・・・!」



一護は庭に出た。
外は一面の雪。
薄く、けれど白く世界を覆っていく。

大きく手を広げて雪を受けると、子供の時のことを思い出す。
こうやって空を飛ぶ夢を見ていた。
死神になってからは、無意識のうちに空を飛べていた。
人とは思えぬ力を手にして、闘って闘って闘い抜いて、この世界を少しは救えた。


一護は空を仰いで目を瞑る。
後から後から降って来る雪が、頬に当たっては溶ける。

「ちくしょうめ・・・」
これじゃ泣いてるみてえじゃねえか。
こんな姿、恋次には見せられねえ。
アイツ、まだこの辺にいるかもしれねえ。
ゴシゴシと顔を濡らす溶けた雪を擦り、目を開ける。


雪は勢いを増している。
まるで暗闇から湧き出すように、後から後から降りしきる。
その向こう、 うんと高いところ、決して手が届かない、あれが空。
一護は手を伸ばす。
天を仰ぎ、両目を閉じる。
全身で雪を受ける。
真正面から吹き付ける雪が背後へと流れていく。
それは、死神として宙を駆けた時のことを思い出させた。
だがもうこの手に刀はない。

「ちくしょ・・・・」

一護は目を見開いて、雪に煙る闇空を睨みつけた。
そして、頭上数メートルのところにそれを見つけた。



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