月夜行
この場合、俺の方からの一方的な恋敵とでも呼べばいいのだろうか。
アイツの頭のおそらく半分を占める朽木白哉から連絡があった。
「六番隊副隊長阿散井恋次、休暇にて現世に赴く。
不安定につき、兄の保護願う」
あの白哉にここまで書かせるなんて恋次、一体どうした?
恋次は、深夜のバスに乗っていた。
後部座席からは人の乗り降りがよく見える。
なんか、おもしれえな。
切符を買って坐ってるだけ。
ぐるぐる同じところを廻る。
いろんな人が乗ってくる、降りていく。
互いに無関心な振りして、見て見ない振りして、そのくせ興味津々。
他人の聞いてる音楽に聞き耳済ましたり、本や新聞を覗き見したり。
そんなに知りたきゃ話せばいいのに。
密着、といっていいほど身を寄せ合って、知らん振り。
滑稽だ。
そこまで考えをめぐらせて、笑いが込みあげる。
だってそれ、俺のことだ。
知らん振り。
そんなに寂しいなら頼ればいいのに。
家族が欲しいなら身を寄せればいいのに。
アイツが欲しければ死ぬほど求めればいいのに。
けれど出来ないことばかりだ。
それなら今すぐ消え去ればいい。
誰にも迷惑なんてかからない。
寂しがってくれる人ももういない。
楽になれるというのに。
・・・ルキア。
光あふれる闇を走るバスに乗り、窓から宙に浮かぶ月を見ていた。
超然と輝く月の周りを忙しく雲が流れる。
ラジオからかすかな雑音が漏れている。
バスのでかい窓から見る月は非現実的なほど鮮やかに輝き、更に俺を惨めにする。
メロディーさえはっきりしない音楽は、どうやら故郷のことを語っているらしい。
そんなもの、どこにもありはしねーよ。
絶え間なく変化する現世。幻想みたいなもんだ。
変わらないものを夢見るぐらいなら、諦めたほうがいいぜ。
思考の袋小路にはまったなと、薄らぼんやりした頭が危険信号を発しだしたとき、
どさっと隣の席に誰か乱暴に腰を下ろした。
下ろした髪の隙間から見えるのは、知らない顔。
どこか、あっちで見た奴に似てる様な気もする。
「よぉ。しけたツラァして、大丈夫か。」
ニヤニヤした顔は欲に歪み、醜悪すぎて、目にするのも鬱陶しい。
けれど、
だからこそ、更に汚らしい自分自身を砕いて欲しいと思う。
そんな相変わらずの浅はかな考えがいやで、ただ口をつぐむ。
醜いものをすべてシャットアウトしたくて眼を瞑った俺を都合よく解釈したソイツは、
公共の場だというのに、俺の顔に身体に触れてくる。
ああ、気持ち悪い。
ヘンな波動が直に伝わってくる。
でも罰を受ければ洗い流されるような気がして体が動かない。
振り払う気力も無い。
このまま、消えてなくなれれば。
バスの中でいつの間にか月の光に溶けてしまえばいいのに。
ソイツの臭い息が近くに漂ってきて、ああ俺はやっと腐れるな、と感じたそのとき、
「悪いな。コイツは俺んだ。」
静かな声が割り込んできた。
ソイツの澱んだ気配が消える。
そろりと眼を開けると、月の光を集めて馬鹿みたいに明るいオレンジ色。
怒りとも悲しみともつかぬものを幼い顔に浮かべ、俺を睨みつけてる。
「オイ、テメー何してんだ。」
何を言う気力もなく、ただ眼を瞑る。
しばらく黙っていた一護は、深くため息をついて俺の片腕を取る。
「次、降りるぞ。」
否はない。
もとより意思も存在理由も無い身。
バスを降りると相変わらずの月の光。
オレンジ色の頭を冷たく照らす。
「・・・オマエ、きれいだな。」
馬鹿みたいにまっすぐな一護の言葉が俺を刺す。
きれいなのはお前だよ。
俺のは薄皮一枚だけだ。
子供みたいにしがみついてくる一護が哀しくって、重い腕を上げて抱きしめ返す。
「・・・俺、オマエに此処にいてほしいよ。」
震える手でつかまってくる一護は暖かい。
冷え切っている俺の心にまで何かが伝わる気がする。
わずかに遅すぎたような気はするけど。
「・・・ああ。」
他に返事の返し様がなくて、意味の無い言葉を舌に乗せる。
一護は、ただいつまでも俺を抱きしめていた。
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