動作や会話の隙間に、どうしようもない空白が漂う。
抱き寄せてみてもまるで空気を集めてるみたいだ。手ごたえが無い。
「恋次?」
紅い眼を覗き込んでも、そこには誰もいない。
叩いても宥めても、空白は空白のままで、ゼロは幾らかけてもゼロ。
「・・・・・恋次?」
その絶対的な不在に俺はあせった。
◇
一護に急かされてバスを降りたが、
そのバス停は一護の家からは遠かったらしく、小一時間も歩かされた。
空には相変わらずの不動の月が輝いている。
その光は不思議な圧力を持っていて、すべての雑音を空中から払い落としていく。
路地には、隙間無く電線と電柱が落とす影。
足音さえも消える奇妙な静けさの中を、一護は俺の手を引いて歩いた。
不意に、子供の頃にした遊びを思い出した。
路地に引いた線の上で鬼ごっこ。
線から落ちても、鬼に捕まっても「地獄」。
でも今は逆だ。
オレンジ色の鬼の手に捕まって、慎重に電線の影を避けて、光のあたる場所だけを選んで歩く。
天国と地獄の逆転。
死神になった今は、天国とか地獄とか、そういうのは別の意味なのだけれども。
前を行く一護の頭は月の光を受けて、わずかに黄味がかった銀に輝く。
綿毛のような一本一本の髪が、月の雫を集めてしっとり濡れているような気がする。
月の光、網だらけの路地、音の無い世界、俺の手を引く一護。
ふいに全部が嘘のような気がして、その存在を確かめたくなった。
でも、腕が上がらない。
声も出ない。
すっと血が引いた。
体中の力が抜け、崩れ落ちる。
電線の影の網に絡めとられる。
「おいっ! どうした?!」
慌てる一護が、地獄の網の目から俺を掬い出そうとする。
でもダメだ。
網に絡め取られて身体が動かない。
技術局もとんだオンボロ義骸、貸し出してくれたもんだ。
「恋次っ! おい、恋次ってば、返事しろよ!
どーしてだよ、なんでこんなに霊圧、めちゃくちゃなんだよっ!!」
・・・ああ、ホントだ。
霊圧がヘンだ。不安定で、ノイズが入る。
魂魄の輪郭がブレているのがわかる。
ってことは、オンボロは義骸じゃなくて、俺か。
しょーがねーなぁ。
触覚、嗅覚、聴覚、視覚。
すべての接続が遮断されていく。
そしてブラックアウト。
月夜行3 >>
<<back