完全に力が抜け切った恋次の身体は重い。
でも魄動はそこに息づいてるのが感じられる。
大丈夫だ。

俺は恋次の身体を背負って、路地を駆け抜け、
汗だくになったころようやく、家に着いた。
親父や妹たちは法事で留守だから、かまうことなく騒音を上げながら階段を駆け上った。
そして部屋のドアを開けると、
そこには月光を浴びて尚、異質な空気を纏う朽木白哉が立っていた。

「それは恋次か。」
彫像のように端正な唇から静かな問いが発せられた。
一瞬、意味がわからなくて俺は戸惑った。

「あ、ああ。そこで倒れちまって。」
「そうか。では引き取らせてもらう。兄には迷惑をかけた。」

ごく当たり前のことのように近づいてきて、俺の手から恋次を取ろうとするからつい、身構える。

「まってくれよ! 今コイツ、調子ワリーんだ。」

白哉の手を避けて、恋次をベッドに寝かせた。
ただ眠っているだけのように見える静かな顔。

「存じている。」

すっと音も無く白哉が恋次に近づいた。
恋次の顔にかかった紅い髪を白い指で掬い取り、脇に落とす。
その仕草がなんとも言えず優しげで、俺の心はズキリと痛んだ。

「発作のようなものだと十一番隊の者が言っていた。」
先ほどの指の主とは思えない、別人のような無表情さで白哉は恋次を見つめている。

「時折、魂魄として不安定になるのだそうだ。そうなると数日間姿を消す。 
 戻ってくる頃には身体は擦り切れているが、魂魄としては安定を取り戻すのだと。
 どうやら四番隊に治癒できるようなものでもないらしい」

ちょっとまてよ。
魂魄として不安定ってそれ、肉体がないんだから大変なことなんじゃねーかよ?
つーか恋次、一体何してんだよ?
脳裏を、バスの中での恋次の様子が横切る。
外界をシャットオフして、汚らしい男に身体を弄られるままにしていた。

「先日、その発作とやらが始まったようなので休暇を与えた。
 数日して戻ってきたとき、落ち着いたようだったが、その後急激に崩れた」

振り返った白哉の顔は、月に照らされて冷たい。

「心当たりはないか、黒崎一護」

凍ったような眼に射抜かれ、俺は身動きが出来ない。
あのときか?
アレで恋次、おかしくなったのか?

「どうやら思い当たる節があるようだな。」

瞬間、白哉の霊圧で室温が下がったような気がした。

「今後、恋次に手出し無用」
「ちょ、ちょっと待てよっ!! なんだよ、それ!
 恋次はてめーのもんじゃねーだろ?! 勝手に決めんなよっ」
「此奴は私の部下だ。加えてルキアに連なるもの。貴様には手を引いてもらおう。」

オイ、”兄”から”貴様”にまた格下げかよ。

「そんなん、理由になるかよっ! つーか何そんなに怒ってんだよ?!
 大体てめーらのせいじゃねーのかよ、こんなに恋次、崩れてるのはよ。」
「・・・どういう意味だ?」

冷え切っていた白哉の霊圧が落ち着きを取り戻すのを待って俺は話し始めた。
先日、うちに来た時なんか辛そうで、でも何にも言わずに帰ったこと。
迎えに行ったら雨に濡れたまま、土手に寝っころがっていたこと。
酒飲んで酔っ払ってはしゃいだけど、十一番隊の頃の話ばっかりで、ルキアや白哉の話は全くしなかったこと。

でも手が触れたときのアイツの怯えたような様子については話せなかった。
もちろん俺がコクったことや、キスしちまったことも。
まさかそれが原因とも思えないし。
なんか無かったことにされた気もするし。

「そうか。ルキアの話もしなかったのか。」

白哉はしばらく考えていたようだった。
その表情の無い横顔はなぜか辛そうで、こっちまで胸が痛くなる。

「・・・なぁ。白哉。
 アンタ、もうちょっと恋次を大事にしてやれないのか?
 こんなにアンタのこと、慕ってんじゃねーかよ。
 俺もよく知ってるわけじゃないけど、
 憧れて憧れて、やっと手が届きそうだってそういう人なんだろうアンタ、コイツにとってはよ」

珍しく驚いたような表情を見せた後、今度は薄ら哂いのようなものをその顔に浮かべた。

「そうきれいなものではない」

白哉は月の光に照らされている恋次を見遣る。
微笑みに似たものがその横顔に浮かんだ。

「・・・そうか。兄はまだ若いのだな。
 覚えておけ。
 人が人を想うとき、それは言葉で表せるものではない。
 それでも尚言葉を募らせれば、自ずからその言葉に影をつくる」

恋次を見つめたまま、白哉がつぶやいた。
意味がわからず問い返そうとした俺を制し、白哉が続ける。

「では兄にまかせよう。ルキアには私から話しておく」

そういって白哉が踵を反し、尸魂界への扉を開錠しようとしたとき、
かすかなうめき声が恋次の口から漏れた。




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