「・・・・もう泣くな、一護」
まだ力の入らない腕で、そっと抱きしめられた。
ボロボロなのは恋次のほうなのに、俺のこと、慰めようとしているのか。
なんでコイツ、こんなに馬鹿なんだ。
「悪かった」
かすれた声が哀しい。
「・・・・ホントだよ、バカ恋次。何やってんだよ、オマエ」
肘を立てて、暴れる恋次の四肢を押し付けていた身体を起した。
恋次の顔が薄闇にぼんやりと浮かび上がって見える。
髪は乱れてボロボロ。血が付いて所々固まってる。
顔も、爪の残した傷痕と血、しかも俺の涙まで加わってひどいもんだ。
「ぐちゃぐちゃのどろどろになってるぞ。」
そっとその傷痕に唇をつけると、恋次の身体がびくっと震えた。
「あ、ワリィ。滲みたか?」
恋次は怯えたように視線を逸らす。
「・・・いや、大丈夫。でも汚いから。もう放せ。」
瞬間、頭がカッと熱くなる。
「・・・・なんなんだよ、それ。さっきから汚い、汚いって。
どこが汚いんだよ。こんなにキレイじゃねーか!」
その眼も、髪も、身体を這う墨も、逸らされる視線も。
指一本の動きさえも全て俺を魅了してやまないと言うのに。
「俺は、オマエの全部がキレイなんだよ! なんでわかんねーんだこのバカッ!!」
止まらない。怒りにも似た感情の奔流。
「知らねーよ、オマエが何してたかとか、何悩んでんだとか。
でも関係ねーじゃねーか。 俺はそれでもオマエが好きなんだよ。
頭おかしくなるぐらいルキアのこと大事だってわかったよ。
でも、だからって引き下がんねーぞ。
俺だってオマエのことが好きなんだ。大事なんだ、わかってんのかっ!
あんなふうに消えていって欲しくない。
オマエ消えたら俺だって気ィ狂うぞ。わかったか、この大バカ野郎っ!!」
眼を見開いたまま、恋次は身じろぎもしない。
「・・・・なぁ。もう戌吊、行くな。バスにも乗るな。
俺のところに来いよ。
斬り合いだろうがなんだろうが俺が全部引き受けてやるから」
恋次はゆっくりと目を瞑る。
「・・・・そりゃダメだ」
「なんでだよっ!」
一呼吸のあと、薄く眼が開いて、紅い虹彩がゆっくりと姿を現す。
「・・・・オマエはダチだから、そんなのはダメだ」
そんな顔して笑うな。泣き顔じゃねーか、それ。
「なんだよ、それ。その辺のやつらより、ダチのほうが下なのかよ。
じゃあダチから格上げしろ。
友達以上恋人未満ってやつだ、コッチ風に言うと。
それだったらいーだろ?
もっとも俺はそんなんよりもっと上がいいけどな。とびっきりの一番、とかな」
恋次の顔がくしゃり、と歪む。
今度のは正真正銘、泣き顔だ。
「・・・・一護。オマエ、本当に馬鹿だな」
顔ごと思いっきり逸らされた眼は心なしか潤んでる。
なんだ。ちゃんと泣けるんじゃねえか。
「ルキア一番のオマエごと引き受けてやっから。
なんなら白哉だってまとめて引き受けてやる。
本当はあんな固い奴イヤだけど、オマエが好きだってんだったらしかたねー。
何でも来い、だ」
恋次が下を向いたまま小さく笑う。
「・・・隊長もオマエみたいなヤツ、イヤだと思うぜ」
そう言って、やっとこっちを向いて、眼を合わせた。
それがすごく無防備で、何の含みも無い笑顔で、まさに不意打ち。
しかも追い討ちをかけるように俺の背中に腕が廻されたもんだから、もうやってらんない。
俺は誘われるように、その口唇にむしゃぶりついた。
◇
セックスってもっと違うもんだと思ってた。
欲望とか愛とか本能とか征服欲とか、そういうもっと激しいやつ。
単純で気持ちよくて、終わったらすっきりするとか。
でも違うんだ。
してみて初めてわかった。
「・・・・イッテェ・・」
恋次が腰を抑えて呻く。
「オマエ、ほんっとにヘタクソだな」
・・・・・・しょーがねーじゃねーかよ。初めてだったんだからよ。
「オイ、聞いてんのか? なんか言え、コッチ向け、オラ!」
仕方なく恋次の方を向くと、言葉とは裏腹の、優しい穏やかな眼。
がっかりとか怒ったりとか、そんな顔してると思ったからびっくりした。
顔に残る傷痕をそっと指で辿ると、恋次はゆっくりと身体を寄せてきて、俺の頭を抱え込むように抱きしめた。
何を話すわけでもなく、ただ抱きしめて抱きしめられて。
互いにまだ少し荒い息がくすぐったい。
触れ合う肌が暖かくて、境がだんだん溶けてわかんなくなっていくような気がする。
今夜起こったこと全てが嘘だったみたいだ。
恋次の霊圧も安定を取り戻している。
こんなに穏やかな恋次の霊圧、初めてだ。
先刻のことを思い出す。
乱れていく恋次の身体とは裏腹に、霊圧はどんどん凪いでいった。
しなる背中、きつく瞑った瞼、こぼれる嘆息。
思い出すだけで切なくなる。
首筋に顔を埋めると、ため息に似た声がその口唇から漏れた。
何でため息ひとつに、俺はこんなに苦しくなるんだろう?
胸の先を舌先で転がすと、きつく背中に爪を立てられた。
何でそのかすかな痛みに、俺はこんなに哀しくなる?
コイツのこと抱いたら、もっと激しい欲望みたいなやつに翻弄されるんだと思っていた。
征服欲とか快楽とか、そういうもので一杯になると思ってたんだ。
ギリギリで闘っているときみたいに。
でも指や唇を進めるたびに、コイツの反応が気になって、痛くないか、ちゃんと感じていられるかって。
肌が直に触れ合って、その吐息を感じることで、こんな静かな気持ちになるなんて思わなかった。
ただ、気持ちのありようはともかく。
実際のセックスそのものは、初めての複雑な感情をもてあました上に、先へと逸る身体を抑えるので精一杯。
どうやったらコイツ、気持ちよくなるんだろうって考えるともう身動きも取れない。
ノイズだらけの音楽みたいにあちこちで引っかかって、もう大変。
なんで俺、もうちょっとオトナじゃなないんだろ。
そうしたらコイツのこと、余裕一杯で全部包み込んでやれるのに。
気持ちいいのとか幸せとかで蕩けさせてやるのに。
ああ俺って、15の子供みたいに無様だ。
「・・・あせるな、一護」
抱き合ったまま、恋次が耳元に囁きかけてくる。
「そのままでいい、とは言わない。でもあせるな。
オマエがそうだから、俺はオマエのところに来るんだと思う」
意味がわからなくて思わず顔を覗き込む。
「わかんねーよ、それ。
ヘタクソなのがいいのか? オマエもしかして、すっげぇMなのか?
いってェ! 思いっきり殴ったな、テメー!!」
「そういうこと言ってんじゃねーよ、バーカ」
殴って返そうと思ったけど、恋次の眼は相変わらず優しくて、
でもなんかちょっと辛そうな色してて、俺は手を止める。
「ま、わかんねーんなら、それはそれでいい。」
そんでまた抱きしめられた。
なんか俺、ホント子供みたい。
でも恋次がそれでいいってんだったら、それでいいんだろ、今は。
でも見てろ。
速攻、オマエが太刀打ちできないぐらいのすっげー大人になって、オマエのこときっちり護ってやるから。
それまで待ってろ。離れるなよ。
つーか、絶対離さないし。
そんな俺の心の中の大告白を知ってか知らずか、恋次は穏やかに寝息を立て始めた。
抱きついたままで熟睡できるもんなんだろうか。
そんなことさえ俺は知らないけど。
でも今度こそ、ちゃんと眠ってちゃんと起きて、そのときオマエが笑顔だったらいいと思う。
その瞬間が見たいから俺は寝ない。
寝ないでその寝顔をずっと見ていようと思う。
[月夜行/終]
草原の椅子 >>
<<back