「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)

洗う



「うっわー、やっぱ気持ちいいな!」
「飛び込むなガキッ!! 湯が跳ねるだろ」
「っせえ! テメーこそでかすぎ! 湯がこぼれんだろっ!!」

浦原商店地下で俺たちは、鍛錬あとの休憩と称して争うように温泉に飛び込んだ。
鍛錬って言ってもどうしても手加減ナシになるから、
体中傷だらけで節々も痛んで、こんなときは温泉がやっぱり気持ちいい。

「はー・・・。やっぱ、汗かいた後の温泉は最高だなあオイ」
といって恋次は髪を解き、湯に全身を浮かべた。
「んだよ、オッサンくせえな!」
と俺は憎まれ口を叩いたけど、実際、最高に気持ちいい。

はあと一息ついて横を見ると、
呑気に大の字になって湯に浮かぶ恋次の姿はいつになく無邪気。
けど、俺にとってはとんでもなく目の毒で、
かといって目を逸らすとからかわれそうで、だからなんとなく、
水面すれすれに湯を薄く溜めて、見せ掛けだけの青い空を写してるヘソに視線を移した。
そしたら、奥に小さい黒い粒が見えたんだ。

「あ、へそのごま」
と、つい指でつついたら、
うひゃあと奇妙な声を上げて、慌てふためいた恋次が湯に沈んだ。

「お、おい、大丈夫か?!」
じたばたと湯の底で暴れる恋次の腕を引いて水面へと救い上げると、
「ゲホッ、うえっ、って何すんだっ、このバカッ」
と、盛大に咳やらくしゃみやらを混ぜながら浮き上がってきた恋次が、裏返った声で怒鳴った。
あまりの反応に俺はかえって冷静になって、大丈夫かと手をかけようとしたけど、
「・・・へ、へっ、ヘンなとこ、さわんなっ!!」
と恋次は、へっぴり腰で湯を蹴立てて後ずさった。

いや、ヘンなとこって、ただのヘソなんだけど。
けれど恋次は真剣にダメみたいで、口がへの字になってる。
湯あたりってわけでもなく、顔もなんとなく赤い。
こんなに簡単に弱みをみせるなんて珍しい。

「・・・何。恋次、ヘソ、だめなんだ」
「ダ、ダメじゃねえっ!!」
「ふーん」

人差し指を立てて 近づくと、
「だ、だから! 指でヘソを弄るなっ」
と引きつった顔のまま、叫んで恋次はさらに後ずさる。
本当に珍しい。
いつもならすぐに反撃に出るというのに。

だから調子に乗った俺は恋次を追い詰めた。
いくら広いと言っても、そうそう逃げ回れるもんじゃない。
それにもうすぐ温泉の縁。生憎、もう逃げ場は無い。
当然、恋次は風呂の縁に後ろ手をかけて、風呂から上がろうとした。
けどそんなの予想済み。
ぐるっと背を向けて 逃げ出そうとしたその腰に手を伸ばして、恋次を後ろから抱きしめる。

「クソッ、離せっ」
と恋次は怒鳴って暴れてきたけど、直に密着した火照る肌が気持ちいいし、
思いっきり闘った後だし、それにさっきから散々、裸も見てるんだ。
熱も上がったままで、離せるわけが無い。
だから、ここぞとばかりに前に回した指で恋次のヘソを押さえると、
ウッと唸って恋次は硬直した。

「へえ、何。指でこんな風にグリグリされると、ヘソ、感じるんだ?」
と後ろから耳に吹き込むと、
「だ、誰が感じるか、このクソッタレ!! ゲリしそうでイヤなんだよっ!!!」
とムードもなにもかも吹っ飛ばす勢いで恋次が怒鳴り返した。

「・・・・ゲリ」

しゅうううとヘソに対する好奇心も既に半勃ちだったのもしぼんでいく。
同時に、恋次を後ろから拘束してた腕も緩む。
恋次があわてて体を裏返して俺に向き直り、恋次のヘソからも俺の指が外れた。
もしかしてそれが狙いかと思ったけど、 恋次の目は至極マジメに嫌がってる。
マジでヘソがいやなのか?
つか、やってるときだって、散々つついたり舐めたりしてるのに 何が違うってんだ?

「・・・風呂、だと感じすぎるのか?」
「なわけねえだろこの阿呆っ! ルキアがっ・・・!!」
「ルキア?」

明らかに、まずいことを口にしたという表情の恋次だったけど、
覚悟を決めたのか、横を向いたまま、話し出した。

「小さい頃、汚ぇって体中洗われて、しかもヘソを集中的に洗われて・・・」
「・・・で?」
「腹、壊した」

ぶ、ぶぶぶう。
俺は思わず噴出した。
子供の恋次が、 あの横柄なルキアに 裸に剥かれた挙句、
ヘソまでゴシゴシと擦られて、挙句に腹まで壊して・・・。
想像しただけで微笑ましいというかなんというか。

「な、なんだよその目はっ!! 笑い事じゃねえんだぞっ!!
 熱まで出てすげータイヘンだったんだっ!!」
「わ、悪ぃ悪ぃ。って、だからヘソ、洗わねえのか?」
「んなもん、洗わなくったって死にゃあしねえよっ」
「・・・テメー、今までヘソを洗ったことがなかったのか・・・」
「ったりめえだっ!!」

・・・開き直っていやがる。
確かに死にはしないけど、でも気になって仕方が無い。
ヘソの中の黒いゴマ。

「じゃあ俺に洗わせろよ。腹、壊さねえようにすっから」
「んなのどうやったらわかるんだよっ!!」
「そっと洗えばいいんだよ。それに」

俺は、腰を落として恋次の腹に口を付けた。

「指じゃなくて口でだったら、いつものことだし、大丈夫だろ?」

そう言って舌を窪みに沿わせ、唇でヘソの周囲を軽く吸い上げると、
ぐっと力が入った腹がへこみ、代わりに腰が反射的にすこし突き出る。
見上げると、バツの悪そうな恋次の顔。
少し目の下が赤い。
だから俺は、そのまま強く腰を抱き寄せて、
「これからは俺が洗ってやるよ」
と、嘯いた。




囁く >>

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