「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)

囁く


ほら、これやるよ、と、なるべく何でもないフリを装って、
机の中から例の箱を差し出すと、
布団に埋もれてた恋次はベッドにうつぶせたまま、
剥き出しの腕だけを伸ばしてダルそうに受け取った。

「んー・・・、なんだコレ? やけに軽いな・・・」

中身に比べたら呆れるほどに大げさに包装された小箱。
乱暴に恋次が振ると、かさかさと乾いた音が、
やった後独特のダルい空気が残るこの部屋に、いやに大きく響く。

なるべくシックなものを探してはみたが、
恋次の髪にあわせてとつい、赤いリボンを選んだのが悪かった。
同じ赤でも、恋次の髪とは全然違う。わざとらしくベットリとした赤で、
それが恋次のバカでかく無骨な手の中に収まると、とんでもなくオトメ趣味に見える。
気合入れてたのが見え見えの上に、失敗したってのも明らか。
どうしようもなく気恥ずかしくなって、止めればよかったと既に後悔の嵐。
それなのに、 とにかくこの瞬間を早くやり過ごしたいという俺の願いも虚しく、
恋次のバカは、あーダリぃと呟いて、またベッドに突っ伏した。

ベッドからはみ出して床にぶら下がった恋次の手には、俺のやった小箱。
今にも抜け落ちそうになってる。
いっそ奪い返して窓から捨てるか?

イラついた俺は、ベッドの端に乱暴に腰掛けた。
ギシッとスプリングが音を立ててベッドが揺れ、はずみで恋次の手から箱が床に落ちる。
寝ぼけた恋次はピクリとも動きゃしねえ。
このまま恋次が忘れてくれればいいのにと思う一方、
箱が床に落ちたときにトン、と響いた音はやけに軽すぎてイラついた。
散々、買うかどうか悩んで、売り場ではどれにするか悩んで、
挙句に「彼女さんにですか」なんてからかわれて、答えようが無くて更に戸惑って、
そんな一連の苦労の果てがこんなどうしようもないプレゼントで、
しかも恋次には無視された。
スカスカの軽すぎる不似合いの箱。
無駄に踊らされすぎて情けねえ。
どうしようもなくイラつく。
だから 俺はつい、恋次を押しのけて布団を奪い取り、横に乱暴に潜り込んだ。

「・・っ、何だ・・って、落ちる落ちる!!」
「っせえ! 俺のベッドだ、テメーが出ろ!」
「はあ? なんだよ突然。少しぐらいゆっくりさせろよ」
「いいじゃねえか、もう一回やろうぜ」

イラつきにまかせて 覆いかぶさろうとすると、
冗談じゃねえこれ以上付き合えるかこのエロくそガキがと、
思いっきり腕と足を突っ張って、恋次が俺をベッドから蹴り出した。

「いってぇっ」
ごろんと弾みでベッドから転がり落ちた硬い床の上、
俺の肘の下でぐしゃっと音を立てたのは、
さっき恋次の手から転がり落ちたまま忘れ去られてたあの箱。

「あ・・・・」

・・・ くそったれが。
でもいつものそんな憎まれ口もきけないほど惨めで、
俺は潰れてぐしゃぐしゃになったその箱をベッドの下に蹴りこんだ。
それが、自業自得だこのバカと笑いながら俺に向き直った恋次の目に留まっていた。

「何やってんだテメー・・・って、あ! このバカ!!」
止める間もなく恋次は、ぐんと上半身を起こしてそのままベッドの下を覗き込み、
潰れた箱を見つけてしまった。

「何してんだ!!」
「うっせえな!!」

さっきまでのダルそうな雰囲気を吹っ飛ばす勢いで降りてきた恋次は、
そのままベッドの下に半身を入れ、見事にひしゃげた小箱を手にした。

「ってこれ俺んだろ?! ああ、もう! 壊れちまったじゃねえか!!」
「どうせ関係ねえだろっ?」
「んだよそれ」
「壊れたって関係ねえっつってんだよ!」

恋次にぶつけた言葉とは裏腹に、
なんだ、ちゃんと覚えてたんだ、と内心ほっとした自分がいやで、
それに結局潰れてしまったわけだしもうどうしようもない。
半ば自棄になった俺は、疲れたから寝る、とベッドに潜り込んだ。

「関係ねえわけねえだろ、このガキ! 何拗ねてんだ、あァ?」

ガキって言うな!
そんなことは自分が一番知ってるんだ!
俺は心の中で怒鳴りながら更に布団をしっかりと固めた。
でも恋次は怒鳴りながら布団をめくろうとする。
どうしてコイツはこう、デリカシーってもんに欠けるんだ?
つかそもそも、何で俺が怒鳴られなきゃなんねえんだ?
せっかくのプレゼントを無視したのも恋次なら、
俺をベッドから蹴りだして箱を潰させたのも恋次だろ?
あーもう、腹が立つ!

布団をはがそうとする恋次と、それを死守する俺。
しばらくの攻防戦で恋次も諦めたのか、すっかり静かになった。
けど布団の中も暑苦しくなって耐え切れず、息継ぎにそっと布団から顔を出してみた。
すると目の前には、ベッドの端に寄りかかった恋次の肩。
髪をおろして俯いてる恋次の顔は真後ろからは窺えもしないけど、
粘着質な水音とカサカサと響く紙の音が響いてる。
ああなんだ後始末をしてんのかと納得して、
せっかく気づいてないしと、なんとなくそのまま眺めてたら、
汗が光って、墨の色が一層鮮やかで、その下で筋肉が緩く動いてるのが見えた。
それがキレイで、こういうのも久しぶりだな、と気がついた。
付き合いだした頃はこうやってよく飽きもせず背中とか胸とか、眺めてたもんだ。
それは今は、求めて求められることが当たり前になってる。
うまく行かないとイライラする。
前はそんなこと、関係なかったのに。
失敗して元々とぶつかって、失敗しても次があると気合を入れなおしてたのに。
馴れ合い過ぎたのか。
それとも臆病になったのか。

「なあ・・・恋次」

見るなといわれていたのもケンカしてたのも横において、俺は恋次に声をかけた。
無視されるかとも思ったけど、恋次はゆっくりと振り向いた。
汗で湿って更に色を濃くした紅い髪が細く束になって、
スローモーション映像のようにゆっくりと、肩から背へと流れ落ちる。
それがただキレイで、俺はしばらく魅入っていた。
そして静けさの中、恋次を見上げると、 かなりのしかめっ面。
でもってその口には白い物体。

「うぇ・・・これ、まじぃ・・・」
「は・・・・・?」

半開きになった恋次の口から、その白い物体が涎の糸を引きながらぼとりと落ちた。
落ちた先を見下ろすと、赤いリボンとぐちゃぐちゃの包装紙に彩られた恋次の裸の足。

「あ、もしかしてそれ、俺のマシュマロ・・・!」

いつ来れるか分からない恋次の都合に合わせて、早めに買って準備していたマシュマロ。
現世の風習だろと乱暴に投げてよこされたバレンタインのチョコがすげえ嬉しかったから、
柄でもないと思ったけど、あくまでも礼だからと自分をごまかしながら、気合入れて買ってきたんだ。
なのに恋次は、
「・・・なんだよこの気持ちの悪い食いもん・・・」
といって舌を半分突き出したまま、涙目で俺を睨む。

「ぐにゃぐにゃじゃねえか。なんだか苦えし」
「・・・・んだと!!」
「嫌がらせ・・・じゃねえみてえだな、その様子じゃ」
「ったりまえだろ! テメー、俺を一体なんだと・・・っ、ふがっ!」

怒鳴りつけた俺の口に、冷静に恋次がマシュマロを突っ込んできやがった。

「うっ、ごふ・・・っ、クソ、テメー何しやがるっ!!!」
「どうだ?」

噛締めると、舌の上でじわりと溶けていくこの独特の感覚。
でも、
「・・・・甘くない。甘いはずなのに何で、・・・あっ!」

そういえば、大人のなんとかとか書いてあった!
高校生にはとんでもねえ値段の超高級マシュマロ。
年上相手なら絶対これと、売り場で強力に勧められたやつ。
つまり甘みを無駄に抑えてあったってことか?
あわてて箱の裏を見ると、洋酒の類まで入ってる。
まずくはないけど上品すぎる。
つまり鯛焼きレベルの恋次には、ダメだってこと・・・か。

「これじゃあテメーにはムリだなあ」

がっくりと俺はベッドに頭を突っ伏して、布団をまた引っかぶった。
その中に顔だけ突っ込んできた恋次は、
「全くだ。あれじゃあ食えたもんじゃねえ。甘みが足りねえんだよ」
と追い討ちをかけてきやがる。

こんのクソッタレが、逆らう気力も無いってえのにと睨みつけると、
布団の下の薄暗がりの中、苦笑する恋次の手が俺の頬にかかった。
そして、
「だから補給させてもらうぜ?」
と囁かれた声の意味もつかめないうちに、
ベタついた唇が押し付けられ、舌まで捻じ込まれた。
それは薄く洋酒の香りと苦さを残しているくせに、不思議ととても甘く感じられて、
目を瞑るほか、俺には何もできなかった。



暖める>>

<<back