「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)
暖める
「んだよ、この手! 真っ赤じゃねえか!!」
と、一護に思いっきり握り締められた右手の指先は、血を集めて更に赤くなった。
「そうか?」
「冷え切ってんじゃねえか! いくら暖かくなってきたっつっても寒い日はな!」
突然怒鳴り出した一護の剣幕に毒気を抜かれて、
反応できないままもう一方も重ね取らた俺の手は、一護の両手の中に窮屈そうに収まった。
「手袋とかな! ちゃんとしねーとシモヤケになるだろ!!!」
「なんねえよ。なってもどうせ義骸だ。直してもらえばいいだろ」
「・・・そういう言い方、ムカつく」
「何でだよ。本当のことだぜ?」
「だとしても、だ!」
一護が俺の両手を口元に近づけ、ふうっと息を俺の指先に吹きかけた。
「だとしても、これは恋次の体だろ! 少なくとも今は!」
「まあそりゃ、そうだけど・・・」
一護のそのくるくると変わる表情と変化と感情の波を
仮の肉体の中に収まったままの俺自身に伝えてくれるのは、確かにこの義骸。
けれど
俺のこの混乱を、図らずも一護に見せてしまうのも、この義骸。
他愛もない、けれど普段は蓋をしている事実を再確認させられて、
不意に、仮の指先の冷たさが近しく、現実的なものに感じられる。
その一方で、睨みつけてくる一護の目のキマジメさに、
口元が緩んでいくのを抑えられそうにない。
寒さに強ばった義骸はうまくコントロールできなくて、
このどうしようもない焦りを、隠し通せそうにない。
「・・・じゃあ、そんなとこより、もっと違うところをあっためてくれ・・・って、イテッ!!」
焦りを隠すように近づけた唇は、一護の反撃に会って、あっけなく顔ごと叩き落とされた。
「・・・ッテェ、何すんだっ! このクソ一護!」
「見えてんだから義骸んときに外でそんなことすんなっつってんだろ。それに指が先だ、このバカ」
いってぇと呟きながら、割と冷静に返してきたなと一護を見遣ると、
擦って息を吹きかけて、俺の手を温めるのに忙しい。
けど、耳が真っ赤だ。
その事実に、なんだ、コイツも焦ってるんじゃねえかと、少し落ち着きが戻ってきた。
だから塞がった両手の代わりに、口でそっと耳朶に触れてみた。
急襲に驚いた一護が、うわぁっと大げさな声を上げて飛びずさる。
すると温まりかけてた俺の手に寒風が吹き付けて、思わず両手を見つめた。
そして
唇に残るのは、一護の耳の氷のような冷たさ。
照れじゃなくて、冷え切って赤くなってたのかと、先走った自分の考えに苦笑が漏れる。
こいつもずいぶんふてぶてしくなったもんだ、とも。
けれど、
「き、急に何しやがるこのエロ死神っ!!」
と怒鳴る一護の顔は薄く赤くなってはきている。
頬が緩みそうになるのを精一杯抑えて、俺は何事もなかったかのように言い返す。
「・・・なんだ、テメーの耳も冷え切ってんじゃねえか」
「っせえ! 耳はどうしようもねーだろうがっ」
そりゃそうだ。
だから、距離が開いていたのを一歩詰めて、
「あっためてやろうか?」
と耳に吹き込んだら、
「だから外でそういうこと言うなって言ってんだろっ!!」
と、今度は首筋まで真っ赤になった。
「あ、顔も首も冷えてきたんじゃねえのか? 赤くなってるぞ?」
「・・・クソッタレがっ!! ニヤつくなっ!!」
無理だ。
この状況で、もう何を隠せるわけもない。
冷風で強ばっていた義骸の顔の筋肉も、すっかり緩んでしまった。
「・・・・クソっ、笑うなっ! テメー、覚えてろ!! 絶対後で泣かす」
「テメーがか?」
「絶対だっ!! 泣いて謝っても絶対許さねえからなっ!!」
「おうおう、楽しみにしてるぜ」
「んだと?!」
焦る一護を更にからかってはみたものの、
自分の言葉で、帰った後の暖かい部屋での先行きが思い浮かび、
体中に熱がゆっくりと巡りだすのが止められない。
だから俺は、すっかり温まって自由が利くようになった両手で一護の頬を包んで、
「楽しみにしてるって言ってんだよ」
と妙に潤んだ薄茶の眼を覗き込んだ。
その途端、ぼっと今にも火を噴出しそうな感じで一護の顔に朱が走った。
お、クリーンヒットだ、と思って顔を近づけると、
一護はものすごい勢いで俺の手を振りほどいて、背を向けた。
「おい、ちょっと待てって! 冗談だから、冗談っ」
「・・・・泣かす。冗談じゃ済ませねえ」
「いや、マジで悪かったって!」
こうなると、怒り狂った一護が背を向けたまま歩いていくのを追いかけていくしかない。
だから俺は、両手をポケットに突っ込んで、その温もりを失わないように、
真っ赤な耳のまま歩き出した一護の後に続いた。
喰らいつく>>