「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


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「・・・俺ァ知らなかったぜ。結構テメー、弱ェのな?」
「そりゃテメーだろ。そのガタイでその弱さ。ありえねー」
「んだとコラ」
「やんのか、あァ?!」

雑魚ども相手のくだらない喧嘩の帰り道。
苛立ちに流されて、互いに拳を構えてみたものの、
左頬と口の端を切って血塗れの一護のツラ見て虚しさ倍増。
俺だって口の端や目の辺りがズキズキと痛んでる。
ってこたぁ、大方、似たようなツラしてるんだろう。
一護も小さくため息つきながら、拳を引いた。

手加減してケンカするってえのは性に合わねえ。
大人数とは言え相手は人間だし、霊力が使えるわけもねえ。
致命傷を与えないようにそっと殴り合いなんてバカバカしいったらありゃしねえ。
しかも力の加減が難しい義骸にはいってたせいで、ずいぶん喰らってしまった。
あー、カッコ悪ィ。

けど横を行く一護も、似たようなもんだったらしい。
人間の体のままでも体術は相当のモンらしいが、かなり気を使ってた。

最初会った頃の、あの死に急いだ感じの戦い方とは相当違ってきてる気がする。
まあ絡んできただけの雑魚を相手しただけってのもあるんだろうけど、
相手を叩き潰すような戦い方も、獣染みた眼の光もすっかり息を潜めてた。
冷静とは程遠いとはいえ、熱くなりそうな自分から一歩引いたやり方。

コイツはコイツなりに成長してるってことか。
アタリマエだけどな。
その急な変容が嬉しいような、悔しいような。

不意になんだか取り残されたような気になって、
「・・・クソ一護が」
と一発、眼下のオレンジ頭に食らわせると、
「イテッ、何しやがんだこのクソ死神ッ!!」
と案の定、噛み付いてきやがった。
年相応のガキ臭い表情と反応。
それを見て相変わらずだなと少し安心した自分に戸惑い、
一護の目が悪戯っぽく輝いたのを見逃したのはまずかった。

「隠してんじゃねえよっ」
一護の手が、俺の片目を覆っていた帽子をめくり上げる。
「あ、クソ、やめろって」
「うっわ、すげえ痣!!」
「やかましいっ」

くそ。
せっかく止まっていた血もまた流れてきやがった。
血止め代わりの帽子を引き下げ、俺は一護に背を向けた。

大体、俺の方が傷が酷いってのが気に食わねえ。
それに義骸とはいえ、こんなツラ見られたら、
一角さんたちにも散々バカにされるだろうってのも気が滅入る。
はーっと漏れでそうなため息を堪えていると、一護が俺の肩に手をかけた。

「おい、恋次っ」
「・・・んだよ」
「ちょっとその目、見せてみろ」
「うぉっ?!」

襟首つかまれて引き下ろされ、目を覆っている帽子がそっと外されて、目が宙に晒される。
傷がちりりと痛んで、流れ込んでくる血に目が細まるが、構わず一護は覗き込んでくる。
至近距離の、薄い薄い茶色の眼。
その真剣さに、中腰で膝と腰が痛えと憎まれ口を叩くことも忘れて魅入った。

けどそんなのは一瞬。
だってココは天下の公道。
人通りがほとんどないとはいえ、いつ誰に見られるかわかんねえ。

おい、離せと、俺の襟首を掴んだままの一護の手を乱暴に外した。
わざと見下して睨みつけると案の定、一護はむっとしたけど、にやりと不敵に笑いやがった。
そして、
「こんなの舐めときゃ治るだろ」
と頭が鷲掴みにされたと思ったら、一護の口が視界いっぱいに広がった。

ざらりとした一護の舌が目の辺りを舐め上げる。
吐き出された息は温いというのに、熱を奪われてひやりとする。
傷と血が舐め取られるなんともいえない気色の悪さ、一護の熱い舌。

「う、うぉぅっ!!」

耐え切れず、一護に蹴りを食らわして飛びのくと、
「・・・・・まずい」
と、俺の蹴りをあっさり避けやがった一護は、すげー不満そうに口元を拭いている。

「ま、まずいじゃねーだろっ!! 舐めんな、ひとの目ン玉ッ!!」
「・・・・・煩えなあ。そんぐらいでギャーギャー騒ぐんじゃねえよ」
「つか、舐めるか、普通っ?! テメーはヘンタイか?!」

俺の剣幕に即、言い返してくるかと思ったけど、一護は眉間を更に顰めて考えて、一言。

「んー、やっぱ・・・、愛?」

含みのある笑顔ととんでもねえセリフ。
それと口の端に覗いた舌を妙に男臭く感じて、絶句。
ついでにいえばケンカの最中に背中合わせになったときにも、
妙に頼りがいがあるもんだなとか思っちまったことを思い出して、
ああ、完全に悪循環に入っちまったなーと、度を外れた自分のマヌケさにため息をつくしかなかった。



駆けつける>>

2007.11.29 いわずと知れた、本誌301話の中表紙萌え。 あんなのを見たら誰だって目ん玉、舐めたくなる!という主張。一恋というよりむしろ恋一(たぶん)。
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