「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)
駆けつける
「悪ぃッ、待たせた!」
殴られるの覚悟で恋次に駆け寄ると、
「急に冷え込んだもんだなあ、おい」
銀杏並木の下、恋次はぼーっと上を見上げたまま、そう言った。
俺はずいぶんと長い距離を走ってきたから、息が切れて汗だくで、それどころじゃなくて。
でも朝早くこんなに待たせたのに何で恋次は怒ってないんだろうと、
恋次の視線を追って見上げると、雲ひとつない蒼天。
その蒼を揺らして降ってくるのは黄色く色づいた銀杏の葉。
恋次の上に大きく枝を広げた木から、絶え間なく落ちてくる。
まるで雪のようにひらひらと、後から後から舞い降りてくる。
「あれ? 風もないのに何で・・・」
「急に冷えたから凍ったんだろ。さっき落ち出したんだ」
「へー・・・」
「珍しいよなあ。久しぶりだ、こんなん見るの」
俺は初めて見るけど、と言いかけたけど、
木を見上げたままの恋次の横顔見てたら、なんとなく口にし損ねた。
そういえば、秋の訪れが遅くって、紅葉がやっと来たと思ったらこの冷え込みで一気に冬に突入。
今朝は霜まで降って、そういえばあちこち真っ白だった。
銀杏の木もビックリしただろーな。葉っぱも落ちるってもんだ。
見上げると、俺をめがけて銀杏の葉が落ちてくる。
ひょいっと上手い具合に避けたと思ったら、
「ほら、凍ってるんだぜ」
と突然冷たいものを喉に当てられた。
驚いて、うひゃっと妙な声を立てて飛び上がった俺に、
「バカみたいに口開けて上、見てっからだ」
と恋次が笑い出した。
「くそっ、冷てーだろうがっ!」
張り付いた葉を剥がすと、白い霜の縁取りはもう溶け出していて、
冬の冷たい太陽の光を弾いて透明に光っている。
恋次が不意に、こっち来いよと、肩を摑んで俺のこと、引き寄せた。
滅多にこんなことないから少し動揺したけど、
そういうんじゃなくて、さっきまで恋次の居た場所に移動しろということだけだったらしい。
慌てた俺がバカみたいじゃねーか、ちくしょ。
足元の枯れ葉がからかうようにガサッと鳴った。
恋次の指し示すほうを見ると、銀杏の葉がキラキラと煌きながら落ちている。
葉の表面の霜が光を弾いて、光が落ちてくるみたいだ。
見上げると、紅葉したような紅い髪が光を受けてやっぱりキラキラ光ってる。
俺の視線に気がついた恋次は、いつものように喧嘩越しじゃなくて、
「なんかテメーの髪も同じ色、してるぞ」
と穏やかに笑って、デカい手で俺の頭をポンポンと叩いた。
「・・・んだよ、じろじろ見んじゃねえよっ」
「太陽のせいかな。銀杏の黄色に溶け込んで髪が無いみたいに見える。これじゃあハゲ一護だ。ヘタなし苺」
「んだと?!」
「あ、ギンナン、拾って行こうぜ?」
「マジかよ、臭くなるぞ?!」
「マジ、マジ。あっちの方にいっぱいありそうだ。人が結構いる」
「つか時間ねえぞ?!」
「あァ? そりゃテメーのせいだろ。つかギンナン旨い」
「そうじゃねーだろ!! ギンナン持って街をうろうろするわけには・・・、おい、ちょっとこら、ひとの話、聞けって!!」
銀杏の葉を蹴り上げてギンナン探しに先を歩きだした恋次の顔の辺り、白く息が見えて煙草の煙みたいだ。
そういえば煙草の煙は、落ち葉の香りと不思議と合うだなんてことを知ったのも、この秋のこと。
来年の今頃は、俺たち、どうしてるんだろう。
「何ぼーっとしてやがる! 一護、テメーも拾え!!」
「絶対ヤだね!」
積もり重なっていく銀杏の葉のように、俺たちが一緒に過ごす時間も、そして共通の思い出も、
もっともっと増えればいいと、遠ざかっていく恋次の背中を見ながら、そう思った。
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2007.12.08 初冬デート待ち合わせ一恋/恋一。
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