「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


じゃれる

 
「あ、ふうせん」

俺の言葉に一護が反応して、木の枝に引っかかった風船を取ろうとした。
ぴょん、と跳んでみても、指先は風船を掠めるばかり。背が足りてない。

「ちょっと貸してみろ」
「邪魔すんな。俺がとるっ!」
「意地になってんじゃねーよバカ。タッパ足りねーんだから仕方ねーだろ」
「・・・!」

おうおう、イジけやがって。
口がとんがってんぜ?

「ほら、取れたぜ」
「別にいらねーよ、風船なんか!」
「はぁ・・・?」

テメーが欲しがったから取ってやったんだろと怒鳴りかけて、一護の視線にその意味を悟った。

アレか。
俺が欲しがってると思ったのか。

ちょい、ため息が出る。
俺はオンナじゃねーっての。
欲しいものがあったら自分で取るっての。
現世のオンナ相手のマニュアルだか、ただのおせっかいだか知らねーが、いい加減にしとけよ?

腹立たしさとは裏腹に、笑いが込み上げてくる。
ったく、可愛いもんじゃねーか。
そんな俺の笑いがカンに触ったらしく、一護がますます拗ねる。
だから風船を押し付けて、追い討ちを掛けてみた。

「・・・ほーら、風船だぜえ? ほらほらほら!」
「やめろっ、このクソ死神っ!!」
「クソって何だ、クソって!」
「クソだからクソっつったんだ、このウドの大木がっ!!」
「ウドってテメー・・!」
「背ェばっかり伸びやがって、中身スカスカじゃねえか、あァ?」
「んだとォ?! 大体テメーが・・」
「あれ?」

不意に一護が動きを止め、頬にくっついた風船を見遣った。

「なんかこれ、何かを思い出す・・・」
「あァ?」
「なんだっけ、この感触・・・」

一護が弄ってるのは、風船の口の結び目。
ふにふにと指でつついて押して捻って、そんで口に含んでコリ、と軽く噛んだ。
で、一気に赤くなる。
テメー、もしかして・・・!

「・・・わかった。これ、テメーの」

俺の胸の辺りを見つめる一護の視線で、何が言いたいのか分かってしまった。

「だだだ、黙れっ!!」
「イテェッ!! 何で殴るんだよっ! 何も言ってねーだろっ!」
「言わなくても分かるんだよ、こんのエロガキがっ!!」
「んだよ、ソレ! 似てるモンはしょーがねーだろ!! 大体、俺がエロガキならテメーはエロ死神だ!」
「んだと??」
「やる気かテメー、あァ?!」

一護が風船を投げ捨てて、戦闘態勢に入った。
前かがみの癖にやる気か、この逆切れ野郎! 今日こそボコボコにのしてやる!!

「ねえちょっとー!そこ、何やってんの!」

路地に響いた聞き覚えのありすぎる明るい声に、俺も一護も動きが止まった。
嫌な予感に振り返ると、数メートル後方、
一護の投げ捨てた風船をぶんぶん振り回しながら、乱菊さんが含みのある笑顔で近寄ってきてた。

「なーにこんなとこでじゃれてんの、妄想少年たちは」

「俺は妄想少年じゃねーっ!!」
「って何っスか!俺もそれ、入ってるんスかっ!」

「 どうせ二人して真昼間からヘンなこと、考えてたんでしょー?」

違う?と極上の笑顔で乱菊さんが急接近してくる。
風船と同じぐらいの胸が押し付けられて、つい顔が赤くなる。
ちくしょう、コレじゃ風船が三つだ!

「ちょ、ちょっと乱菊さん近すぎ・・!」
「はーいはいはいはい、そこまでー!」

眉間の皺、一段と激しくして一護が割り込んできた。
やめろ、その嫉妬丸出しのツラ!!バレるだろ!!

「なーにぃ? 一護、一人前に嫉妬してんのぉ?」

バ、バレた・・・?
よりによって乱菊さんに俺たちのこと、バレた・・?
冷や汗がつーっと背筋を落ちる。

「だーいじょうぶぅ! ちゃんと一護にもしてあげるわヨォ」

語尾を延ばすな、語尾を!!
つか勘違いしてくれたのか。よかった・・・。

「性少年は大変よねー。風船って胸みたいだもんねー」

そういって風船を手にした乱菊さんがにじり寄るから、一護は逃げだそうとする。
乱菊さんはどんと胸を叩く。
ああ、何でこの人はこう無駄に漢らしいんだ。

「どーしたの妄想少年! どーんと乱菊さんの胸に飛び込んできなさいっ!!」
「い、いりませんっ!!」

ビビってるビビってる。
あ、遁走した。
まあ、わかるがな、その気持ち。胸はともかく、本体は乱菊さんだからな。
脱兎のごとき後姿を見送って腕を組んでうんうんと頷いていた俺を
一護を捕獲できずに機嫌を損ねた乱菊さんが睨めつけた。

「何、恋次。ほっとしてんの?」
「いや別に、・・・って何で俺がほっとしなきゃなんないんっスか!!」

あ、しまった。墓穴だ。
さらっと流しときゃよかった。

「ふうううん、あーやしーい」
「い、いやだから乱菊さん、む、胸がちょいほらっ・・・」
「恋次も結構、アレなんだー」
「いや、だから離れてくださいって・・!」

「何がアヤシイんだっ」

あ、一護が戻ってきやがった。
つか息切れてるぞテメー。
何を無駄に全力疾走で行ったり来たりしてやがんだ、このバカは!

「テメー、胸に釣られてんじゃねー!」
「痛え、やめろこのバカッ」

動揺すんじゃねえ、ばれるだろっ!!
乱菊さん、すっげーカンがいいんだぞっ!

「うわー、一護って情熱的」
「もう訳わかんないこといって混乱させんの止めてください! 一護。オマエもちょっとこっち来いっ!!」
「な、何しやがんだ、まてって、んんっ、フゴッ」

これ以上、墓穴を掘られちゃたまんねー。
口を塞いで襟首掴み、ずりずりと引き摺って移動して、十分距離をとったところでこそこそと説教。

「テメー、少しは落ち着け!乱菊さん、すげーカンがいいんだぞ?!色事のプロだぞ?!」
「つかテメーが赤くなったりしてるからじゃねーかっ!!」
「デカい声出すな! つかあんな胸押し付けられて赤くならないオトコがいるか、バカっ!!」
「だからそれが気にいらねーつってんだよっ」
「本能なんだから仕様がねーだろっ、つかテメーはどーなんだよっ!!」
「お、俺は大丈夫だ。理性のオトコだからっ!」
「どこに理性があるんだ、あァ?! 下半身ばっか成長しやがってっ!!」
「・・・んだとぉ?」
「いつでもドコでもおったててんのは誰だ?!」
「・・・テメー、誰のせいだと思ってんだ、誰のっ」
「俺のせいじゃないことだけは確かだ」
「いーや、絶対テメーのせいだろっ、あっちこっちで・・・」
「あっちこっちで俺がなんだ、あァ?!」

「はーいはいはい、そこまでーー」
「うおおいっ?!」「ら、乱菊さんっ」

いつの間にか乱菊さんが背後を取っていた。
瞬歩だな? 霊圧、完全に消したな?
そういやこの人、こういうときに実力を最大限に発揮する人だった。
ああ、目がキラキラ光ってる。ものっすごい笑顔だ。
今、かなりビミョーな会話してたよな?
どこまで聞かれてた?
あらぬ予感に悪寒が走る。

「恋次もねー、いいオトナなんだからオトコノコ、苛めちゃダメよ? この年頃は下半身だけなのフツーなんだから」
「・・・うぃっす」
「そりゃねーだろ、乱菊さん!」
「一護も余裕、なさすぎよォ」
「俺かよ! つか大体恋次がすぐ・・・ふごむぐっ」
「あー、乱菊さん、俺からちゃんと言い聞かせとくんで」

どこまで暴走する気だ、このバカ!!
慌てて一護の口を塞ぎ、両腕を背後から取って動きを止めると、えー、と乱菊さんは不満そうな顔。

「もうこれ以上子供苛めないでくださいよ、逆切れされちゃたまんねーんで。頼んます」

そういってペコリと頭を下げる。
姉御肌の乱菊さんは、結構こういう態度に弱いはず。
このクソガキのために頭下げるのは腹立たしいが、背に腹は変えられねえ。
ちくしょう。覚えとけよ、一護のくそったれ!
でもそんな俺の思惑を知ってか知らずか、乱菊さんはにっこりと、天使もかくやの極上の微笑。

「なーに言ってんのよ!
 青少年を正しい道に戻してあげようとしてる乱菊さんの思いやりなんだから、感謝しなさいよ!」

なんかその「正しい道」って言い方、すごく気になるけど、流す。
ここはさらっと流すに限る。

「でもほら、やりすぎはヤバいっすよ。ほら・・」

と、俺に両腕とられて口を塞がれたままフゴフゴと暴れてる一護を見せる。

「これ以上チームワーク崩れると、日番屋隊長も大変ですし」

えぇ、そこォ?わかったわよォ、とやる気なさそうに乱菊さんが頭の後ろ、手を組んだ。

「しょーがないわねえ。じゃー今日のところはこれでカンベンしてあげる」

何様だよ、と怒鳴りたいのをぐぐっと押さえつつ、ほっと胸を撫で下ろす。
とりあえず、バレたわけじゃなさそうだ。マジでよかった。

「ほらテメーもだ、もうちっと落ち着けよ」

そう言って一護を解放すると、

「なんだよ、テメーに言われる筋合いはねーよこのクソ死神っ」
「んだと?」

「ほらほら、じゃれるのはいい加減にして!!
 って恋次もイイ年なんだから焦ってんじゃないわよ」

そして悪魔さながらの笑みを浮かべて、乱菊さんは言った。

「コレなら当分、一護もオンナに目覚めることなさそうだしサ?」

凍りついた俺に、だから安心しなさいと更に微笑を深め、俺の鼻を突付いた。

って、え? えぇっ・・?
それはもしかして最初っからバレてたっていう、そういう意味か?!
ひたすら俺たちは、つか俺は、からかわれていたのか?!

「あー、恋次ったら赤いわよ?」
「・・・恋次」

流石に意味を悟った一護の冷たい視線と、爆笑寸前の乱菊さんの視線に晒されて、更に顔が熱っぽくなる。

「何、バラしてんだよ、バカ恋次っ」
「・・・・!」

そ、それをテメーが言うのか?!
つか俺のせいなのか?!
あまりのことにパクパクと口を動かすことしかできない俺を尻目に、乱菊さんは今度は一護を攻めはじめた。

「ねえ、あの恋次のどこがいいのよ?」
「別にアンタにゃ関係ねーし!」
「あー! 照れてる照れてる!!」
「うっせー!!」
「てことはやっぱ、そうだったんだー! 大当たりィ!」
「ってカマかよ、カマかけてやがったなテメー!!」
「カマじゃないもーん、オンナだもーン。で、カマはどっち? 一護?」
「んなわけねーだろっ」
「ってことは恋次なんだー? 意外だけど・・・、ま、意外でもないか。あの恋次だし!!」
「ってそれ、どういう意味だよ! なんかあるのかよ、他にもっ?!」
「んふふー、おっしえっちゃおっかなー、やっめようかなー?」
「教えろッ!つか教えてください、ぜひ!」
「あーのーねー・・・」

・・・やめろ。
頼むからもう黙ってくれ。

誘導尋問にまんまと乗って暴走し続ける一護を恨めしく睨んでも、何もかもがもう遅い。
例えようもない無力感に苛まれた俺は、
超短いスカートをわざとらしく翻らせながら流し目を送ってくる乱菊さんの後をとぼとぼと追った。





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