「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


学校の屋上。一段高くなった貯水タンクの設置台。
恋次がいつものように半端に煙草をくわえ、空を見てた。

義骸だし制服だし、大体学校なんだから煙草はヤバイだろ。
それに容赦のない直射日光。
暑くねえのか?

だらりと投げ出した手足。
吸われることもなく立ち上っていく煙。
きっとフィルターは噛み潰されてぐちゃぐちゃ。
もう少ししたら燃え尽きる。

 

くわえる

 

「アチィッ・・・!」

近づいてきた俺に気がついた恋次は、
煙草を取ろうと口元に手をやって案の定、火傷してしまった。

「・・・バッカだなあ」
「るせー、ちくしょう」

火傷した指をぶんぶん振って恋次がこっちを睨む。
俺のせいじゃねーし、振った位で火傷の傷が冷えるわけもねーし。

「ほら、貸してみろよ」

そういって指を取ると、恋次はバツが悪そうに明後日の方向を向く。
そして残った手でまたゴソゴソと後ろポケットを探り、煙草の箱を取り出した。
器用に一本だけ取り出して、口に含む。

火傷は軽く赤くなっている程度。
申し訳程度にふうふうと息を吹きかけると、ものっすごく嫌そうな顔をして恋次が手を引いた。
いい加減、好意の受け取り方ってもんを学習しやがれ。

「これ、ちゃんと後で冷やしとけよ。水ぶくれになるかもしんねーぜ」
「んな掠り傷、放っとけよ」

面倒くさそうに呟いて、最近使い方を覚えたばっかりのライターを取り出した。
それが何かちょっと悔しくって、憎まれ口をつい叩く。

「・・・知ってっか? 煙草がやめられないのは、口寂しいからだってよ」
「んだよ、それ」

相変わらずの負けず嫌いは、揶揄られてムッとしてる。
やっと関心を引けた俺は嬉しくってつい、おっぱいが恋しいんだろ、とどこかで聞いた決まり文句を続けようとした。

だめだ。何言おうとしてるんだ、俺。
それは絶対に絶対に恋次には言っちゃいけないだろ。
つか俺も絶対に言われたかねえ、そんなん。

息を呑んだ俺を見て、恋次が眉をしかめる。

「・・・どうした?」
「いや、なんでもない」

ふーん、と恋次は煙草に火をつけようとする。
だから俺はその煙草を恋次の口から抜き取って、恋次の肩越しに投げ捨てた。
貯水タンクに当たってコン、と軽い音がする。

「何しやがんだテメー!」
一層深くなった眉間の皺に、とん、と親指を当てて、
「すげー皺」
と咎めると、恋次は気を取られて俺の指を見た。
その隙に軽くキスすると恋次は動揺して、
「な、何しやがんだテメーっ!」
とバカの一つ覚え。

「口寂しいんだったら、こっちにしとけ」
さっきの罪悪感が色濃く残ってるせいで、口調が殊更強くなる。
キレて殴りかかってこようとする恋次の勢いを借りて、頭を引き寄せ唇を合わせた。
俺のこと殴ろうとした拳が宙に浮いてるのを横目で確認しつつ、
不意を衝かれて動揺しまくりの恋次の口腔に忍び込んで、いつものように舌を絡めた。

でもすげー苦い。
なんだこれ、銘柄変えたのか?
つかいつから何本吸っていやがった。

恋次の口に未だ残る煙草の煙がキツすぎて、 反射的に引いてしまった。
それに気がついた恋次は、得たとばかりに積極的に舌を絡めてくる。
握り締められてたはずの拳はすっと開かれて、俺の後頭部を鷲掴みにする。
あっさり立場は逆転。
逃げようにも逃げられない。
息も出来ないぐらいの勢いで、口を塞いで舌を突っ込んで掻き回してくるから、
俺の口の中まで煙草の苦さとヤニ臭さで一気にヘンになってしまう。

唇と掌越しに伝わってくる軽い振動。
ちくしょうテメー、何笑ってやがる!

でも予想を裏切る舌の動きとか、
妙に荒くなってしまう息とか、
唾液も何もかも混ざってしまってることとか、
どこからどこまでが俺なのか恋次なのか分からなくなってしまう感じとか。
そんなんで手一杯で、抵抗一つできやしねえ。

嫌いなはずの煙草までイイ感じで刺激になって、
そのままとろりと溶けて、場所とか経緯とか状況とか、
周りのことが全部分からなくなったときに、恋次がやっと唇を離した。
案の定、バカ赤死神は余裕綽々、笑い含みに見下してくる。
いかにも愉しげな紅い瞳。

俺で遊ぶな、クソッタレ!
気を取り直し、口元の涎を制服の半そででぐいッと拭いながら

「何てキス、しやがるんだよ」
と文句を言うと、
「それ、俺のセリフだから」
と涼しい顔した恋次は速攻、たばこ、俺のたばこー、と鼻歌交じりに呟きながら背後をゴソゴソと探り出す。
テメー、まだ煙草のこと忘れてなかったのかよっ。

「おー、あったあった。さて、口直しの一服といくか」

上機嫌で煙草に付いた泥とか払って咥えなおす。
ビンボー臭えよ、副隊長だろ!
つか何の口直しだよ!

「学校で煙草吸うなっつってんだろ!」
「見つかったら記憶消せばいーじゃねーか」
「そういう問題じゃねーんだよ、バカ」

煙草ばっか吸うんじゃねーよ。
空ばっか見てんじゃねーよ。
俺の胸の辺りがキツくなんだよ、咥えるだけの煙草なんてよ。
やめちまえよ、じゃなきゃ、

「俺も吸う!」

そう言って恋次の口の煙草を奪い取って口にくわえた。
俺が煙草嫌ってるって知ってる恋次はぽかんとした顔してたけど、
火を付けようとしたら、あっさり煙草もライターも奪い取ってしまった。

「バカ。止められなくなるぞ?」
「ってそれをテメーが言うのかよ?」
「だから言うんだろ、このバカ」

割りに真剣な目つきで、いいことなんて一つもねえぞ、なんて言いながら煙草を咥えなおす。

「じゃあテメーも止めろっ」
「俺はオトナだからいいの」
「大人の方がジジィなんだから止めた方がいいだろっ」
「ジジィの楽しみを奪うんじゃねえの」

ちらり、と恋次が俺を見遣る。

「邪魔するとまたするぞ?」
「な、何をだよ」

恋次の紅い眼が、太陽を反射して悪戯っぽく煌く。

「腰砕けて授業行けなくなっても知らねえぞ?」
「・・・・!」
「して欲しいのか?ん?」
煙草咥えたまま、にじり寄って来たから、

ガスッ!!

思いっきり鳩尾に一発蹴りをくれて煙草とライターを奪い取る。
また不意を衝かれた恋次は体を二つに折ってうげぇと呻いた。

「本当にそんなんで副隊長やってんのか?隙、ありすぎだろ、あァ?」
「・・・・ってえ、何しやがるクソ一護!!」

ひらり、と貯水タンクの設置台から飛び降りて遁走を計ると、
待ちやがれクソッタレ!と怒鳴る声と駆け出す音が背後に響く。
簡単すぎるぜ副隊長!

「ほーら、取れるもんなら取ってみな!!」
「待ちやがれ!今日という今日は絶対許さねえっ!!」

そうやって高々と掲げた煙草とライターがあっさり教員に見つかって、
記憶置換する暇もなく二人揃ってコッテリと絞られたのは、また別の話。
 


避ける>>

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