「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


嗅ぐ



くん、と恋次が鼻を鳴らした。
そして動きを止める。

「・・・なんだよ?」

けど恋次は応えない。
眉間の皺を深くして、視線さえ明後日の方向。
なんなんだよ。
けど制服姿の義骸入り恋次を見るのは久しぶりで、
死覇装とは違うその色合や肩の線なんかに見入ってしまう。
丁度、二人してベッドに腰掛けてるってのも状況的にかなりヤバい。
まだ日も高いし、恋次も来たばっかりなんだけど、いいかな。
肩ぐらいだったら触ってもいいかな。

そんな俺の迷いを他所に、唐突に恋次のほうから距離を詰めた。
そして俺の首筋に鼻先をくっつけた。
冷たく濡れたような感触に、ひゃっと声を上げそうになるのを必死で堪える。

「な・・・、恋次?!」

けど恋次は、俺の動揺など構うことなく、くんくんと鼻を鳴らしながら、 今度は肩先から胸のほうへと移動してそこへ顔を埋めた。
尖った鼻の先に突かれてくすぐってえ。

「ちょ、待てよ・・・!」

言葉を失ったケダモノのように、恋次はひたすら俺の体を嗅ぐ。
くすぐったいのと恥ずかしいので焦ってしまうから、余計に顔に熱が集まる。
何だよ、これ。
新手の誘惑かよオイ?!
さっきの恋次の様子からそんなわけじゃねえのは分かっていても、もう止められない。
ごくりと喉が鳴ったが、構いやしない。

「・・・恋次」

意を決して、俺の胸に顔を埋める恋次の両肩を掴んだ途端、がばぁっと恋次が顔を上げた。

「わかった・・!」
「うおっ・・?!」

危ねえ!
思いっきり顎、恋次の後頭部にぶつかるところだった。

「れ、恋次・・・?」
「オマエ、これ、脱げ!」
「は・・・・?」

マジで?
マジでその気になってる?

「いいから早く魂魄になれって!」

あ・・・、そういう意味?
危うくベルトにかけるところだった手を、ベッドの端にかかってるはずの代行証へと方向転換。
ズボンから脱ぎ始めなくてヨカッタとほっと息をつく暇もなく、 死覇装姿になった俺は、恋次の両腕にガッシリと捕らわれた。
そして恋次は、今度は袷のところに鼻を埋めた。

「れ、恋次?!」
「やっぱなあ!」

顔を上げた恋次はなぜか晴れ晴れとした顔つき。

「なんなんだよ、訳わかんねえよ! 犬かテメーは!!」
「テメー、なんか妙なもん、つけてるだろ?」
「妙なもん?」
「死神んときと人間のときだと、匂いが違うんだよ」
「匂い? 俺の?」
「香とかじゃねえんだけどよ」
「香? ってかシャンプーとかぐらいで、別に何も匂いのするようなもんはつけてねえぜ?  ・・・つか脱がすな、オイ!」

袷から忍び込んだ恋次の片手が、死覇装を内側から剥いだから肩が剥き出しになる。

「シャンプーとかがどうこうじゃなくて、テメエの匂いがしねえんだよ、人間のときはよ」

裸になった俺の肩口に恋次がこつんと額を当てて、ぼそりと呟く。

「あ・・・、もしかして」
「心当たり、あるみてえだな」

ていうか現世じゃ身だしなみっつーか常識だろ、制汗剤の類とかはよ。
でもまあ死神になったときは、そんなもんつけねえよな。
考えたこともなかったぜ。

「汗臭いのがいいのかよ?」
と問うと、
「汗臭いののどこが悪ィんだよ?」
と色交じりの視線が投げつけられる。
「匂いがしなきゃテメエだって気がしねえんだ。目ェ瞑ったときは特にな」
そういって恋次は両の瞼を閉じる。

途端に記憶に甦る二人分の汗の匂い、ぬるりと肌に滑る感触。
まだ今日はろくに触れてもいないてのに、まるで事後のように生々しく感じ取れる。
だから俺は、いや悪くねえよと呟き返し、汗まみれになる行為に突入しようとしたが、 計ったようなタイミングで、 恋次の伝霊神機がけたたましい音を立てた。

「はい、阿散井っス」
「え、オイ、恋次!」

何事もなかったかのようにあっさりと俺の腕を擦り抜けて伝霊神機を取った恋次は、 思わず抗議した俺をしーっと唇に指を当てて制して話し続けた。
ハイ、そうっすか、で、状況は、と続ける事務的な声に空気がしぼんでいく。
挙句の果て、
「悪ィ、俺、行くから」
と恋次はあっさりと窓枠に手をかけた。

って俺、どうすりゃいいんだよ!
煽られるだけ煽られて、死神姿にまでなって、しかも一人だけ半裸で!
仕事なんだから分からないわけじゃないけど、 けど、あまりといえばあまりの流れに、憮然とするのを止められない。
そんな俺を見咎めたのか、恋次は窓枠にかけてた手を戻して振り向いた。

「また後で来れると思うからそう拗ねんな」
「だ、誰がっ!」
「だから今日は風呂上りに何も付けるなよ。じゃあな」

「・・・は?」

その言葉がどんな意味をもつのか理解して、顔が一気に熱くなった時には、恋次はもう視界の外。
火照る顔の熱さに、これが顔が火を噴くってやつなんだな、見られなくてよかったと思いつつも、 どうしようもない不満が消えるわけもない。

「くそったれ!」

恋次の消えた後の空に毒づいてはみたものの、 今にも暴発しそうなこの熱をどうやって堪えたらいいものか。
夜までの長い時間を思って、俺はがくりと頭を垂れた。
あつらえたようなカーブで俺の背中にくっついたままの恋次の体が軽く揺れた。


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