「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)
隠す
「どうした?」
訝しげな一護の声に、あらぬ方向に意識をとばしてたことを気づかされた。
顔に動揺が出てしまってたんだろうか。
一護は音も立てずにベッドから降りて俺の真横の床の上、片膝を立てて腰を下ろした。
こころもち眉間の皺を緩くして、俺の髪を括ってる紐に手を伸ばしてくる。
「もう眠てえのか?」
解かれてはらはらと落ちて顔を覆った髪の向こう、一護の顔が見える。
意識したわけじゃないんだろうが、穏やかに口元が緩んでいる。
めずらしい。
普通の奴ならともかく一護に関しては、四苦八苦して近づくきっかけをつくろうとするのが常で、
こういう自然な距離の取り方ができるのはコトの後、つまり離れていく過程でだけ。
今日はまだ来たばかりで、指先さえ触れてなかったというのに。
ちゃんと目があったのもほんの先刻だったというのに。
珍しいこともあったもんだ。
だが内心の疑念とは裏腹に、口をついたのはいつもと同じ言葉。
「別に」
うそぶく俺の声はいつもどおりの空々しさ。
顔に少しは出たかもしれないが、感情の揺れを押し隠してるのはいつものこと。
仏頂面に似たそれがいつもの俺だと一護は思ってるだろう。
もしバレてたとしても気に病むことはない。
ほら。
どっちにしろ
一護はすぐに眼を逸らして俺を自由にしてくれる。
横目で盗み見ると、その横顔はもう定番の表情に戻っていた。
正面を睨みつけ、眉間の皺もすっかり元に戻っている。
けれど少しだけ傾いたままの首筋が困惑を隠しきれてない。
両腕で抱えられてしまった片膝も、きつく折りたたまれている。
伸ばされた片足の先は靴下の中、居心地悪げに動いてる。
誘惑と変わらぬ頼りない風情に、手を出したくなるのを寸前で堪えて俺も同じ方向を見てみた。
すると窓の外には雪。
街灯の仄暗い光を浴びて一瞬煌めき、また闇へと溶けてていく。
その姿に、今日の任務で失ってしまった部下たちの命の儚さが重なり合って消えていった。
「・・・今年は雪が早えなあ」
呟く一護の視線は、自分の吐いた言葉を素通りして、舞い散る雪の遥か遠くへと投げられる。
「なあ、どうしたんだ恋次? 何か今日、ヘンだぜ?」
一護が顔を窓の外に向けたまま問うてきたが、オマエもなと言い返したくなるのをぐっと堪えた。
だって、
いつもの一護ならあっさり超えてしまう僅かな距離がそこにそのまま残ってる。
さっき髪紐を解いた指先も引き戻されたまま膝の前で硬く組まれ、
放って置かれた俺の髪は物欲しげに空に垂れている。
普段なら当の昔にその指に絡まりついているだろうに。
身の置き場がないとはこのことだなと俺は内心、苦笑する。
こんな風に落ちてるとき、自分から求める気は起きない。
求められても受け入れる気もない。
けどガキで無鉄砲で考えるより先に体が動く一護なら、突破してくれるだろうととどこかで期待していた。
一向に伸びてこないその手に焦れつつ、こんな甘えは一護なら見抜けずにいるだろうと舐めてもいた。
全く困ったもんだ。
隠していた感情も甘えも、ここぞとばかりに主張しだすのに辟易とする。
だが、いつまでもこうしてるわけにも行くまい。
気を取り直して、肩にぐっと力を入れる。
さて、どう出ようか。
帰っちまうのは簡単だが、こんな空気を残していけば一護がいらぬ勘繰りをしてくるだろう。
さっきの一護の勘違いに乗って居眠りでもしてみるか?
一護はたぶん、そっと布団をかけてくれるだろう。
薄暗がりの中でぬくぬくと、机の周りだけ明るくして勉強をする一護の背中を眺めるのもいいだろう。
だが本当に眠り込んでしまったら無様なことこの上ない。
ならば押し倒して色に逃がしてしまうか?
最初は戸惑うだろうが、若すぎる身体は少し突いてやるだけで走り出す。
うんと喘いで喘がせて、全部忘れちまうぐらい思いっきり汗をかくのもいいだろう。
いや、だがそれもだめだ。明日も一護は学校だろう。
今日来たときも必死に勉強してて俺が来たのにも気がつかなかったぐらいだし、試験でもあるのかもしんねえな。
人間の子供相手は面倒くせえなあ。
せめて一護が酒を飲める年だったらまだマシなんだろうけどと思って初めて俺は気がついた。
なんで現世に来ちまったんだろう?
いつものとおり、尸魂界で死神仲間と酒を飲んで大騒ぎして、また明日に備えればよかっただけなのに。
相当、参ってたのかもな、今回は。
情けねえもんだ、全く。
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